Long Goodbye 2       
  
 クワイ=ガンは弟子が非常に、予想以上に動揺したのを目の当りにし、眉をひそめた。
堅くシールドを築き、張りつめていた無表情なオビ=ワンの表情が揺らぐ。見開かれた瞳の色が変わっていく。

オビ=ワンは必死に言葉を探していた。
「私は――、マスター、私は……」
もとよりクワイ=ガンを偽れるはずもない。
無言で只自分を見つめている師に、オビ=ワンは声を絞り出した。
「私は、自分の弱さ、心の弱さを恐れています」

「何が、あったのだ?」
クワイ=ガンは僅かに身を乗りだした。
「落ち着いて、ゆっくりでいい。話してくれるな」


「――マスターと離れた時、自分がどうなるか恐いのです」
クワイ=ガンは心底驚いたようだった。
「オビ=ワン?」


「トライアルの準備が出来ているのは嘘ではありません。一人立ちする心構えはできています」
「――ナイトになるには、技術ばかりでなく、心身ともに強く、フォースが安定していなければならない」
「ええ、そうですね。今の私では無理な話です。せっかくマスターが卒業させると言ってくださったのに……」
「私の知りたい答えにはなっていないな。パダワン」
「マスター……」
「卒業して師弟でなくなっても、私が新たな弟子を持っても、遠く銀河をへだてて離れていようと、私達の絆は変わらない。言うまでもないことだ」
「はい」
「お前が恐れているのは私達の絆ではないな」
クワイ=ガンの深い眼差しがオビ=ワンを捕えた。
「自分の感情を恐れることはない。お前がその気持ちを自覚している限り、フォースが良い方向に導いてくれる。そうすれば恐れは克服できる」
「……できません」

 弟子の言葉を聞いたクワイ=ガンは僅かに眉をひそめ、目の前のこわばった青年をみつめた。数秒の後、見返すオビ=ワンにとっては実に意外な事に、クワイ=ガンの厳しかった眼差しがゆるみ笑みが広がった。

「久しぶりに、お前からそんな言葉を聞いたな」
「マスター?」
「――最近は、どんな困難な任務も可能にしてきた優秀なパダワンが、久しぶりに弱音をはいたな」
「……」
「お前は不可能を可能にする。いや、始めからできないなどとは思わない。やり遂げるには何をすべきかと考える」
「それはマスターが教えてくれたことです」
「では、恐れを克服するためにすべきことを考えればよいのだ」

 再び口をつぐんだ弟子に言う。
「お前の精神は強い。何があっても決して屈しない。それこそがお前がジェダイたる証だ。恐怖から目をそむけずに意識を集中すれば、己の真の心が見えてくる」
クワイ=ガンの一言一言が心に染み渡る。
「恐れを無理に押さえつけず、捕われもせず、ただ心を通り過ぎるに任せるのだ。恐れは必ず去っていく。わかるな」
オビ=ワンは小さく息を吐いた。
「フォースはあまねく宇宙に満ちている。時間も空間も意識も超えられるものだ」
オビ=ワンは、もう一度つめていた息を吐き出した。
「――私は親しい者の、おそらくは未来のビジョンをかいま見たり、肉体の終りを迎えてフォースに還ったジェダイを感じたりしたことがある」
「それは――」
「どんな出来事があったとしても、長い目で見なければわからないこともある。我々は皆いつかはフォースに還るのだ」
「――はい」


 星図室を出た後も、二人は必要なこと意外口をきかなかった。食堂で食事をすませ、住いに戻ってからも変わらなかった。

 師が遠い他人のような、側にいても息が詰まるような緊張は解けたが、オビ=ワンはシールドを解かなかった。どうしてもクワイ=ガンには知られたくない事を胸にかかえていたのだ。


 それは夢というかたちでオビ=ワンに訪れた。
ある惑星の調停にこぎつけ、任務を終えた直後の夜だった。少なからず犠牲者を出した内乱の収拾はかなり困難で心身をすり減らす任務だった。

 オビ=ワンは床に倒れたクワイ=ガンを腕に抱えていた。息絶えようとする師の口許が僅かに開き、何かを伝えようとする。オビ=ワンは聞き取れず、必死で師の名を呼ぶ――、そこで目が覚めた。

 短い時間のはずなのに、いやな汗をかいていた。
『マスターっ――!?』
隣りのベッドにいるはずのクワイ=ガンの姿を目で探す。
「どうした?」
弟子の異変を察したクワイ=ガンが身体を起こして弟子をみた。
「ああ、いえ、何でもありません……」
肩で息をしているオビ=ワンの声は低かったが、クワイ=ガンの姿を確かめた安堵が溢れた。

「夢を見たのか?」
サイドテーブルの明りを付け、側に来て弟子の様子を伺う。
「汗をかいているな」
オビ=ワンはあわててシーツで額をぬぐった。
「すみません。起こしてしまいました」
「疲れているんだろう」
クワイ=ガンの温かい手がオビ=ワンの頬に触れた。
「マスターこそ、お疲れのところを、私が邪魔してしまって」

 激務をものがたるおもやつれした弟子の顔を見下ろしたクワイ=ガンは前髪をかき上げ、静かに自分の額をオビ=ワンの額に触れ合わせた。
「あぁ……」
クワイ=ガンのフォースが流れ込み、全身が温かく心地良いものに満たされる。大きな胸に抱かれると、自分が何の苦しみも悲しみも知らなかった無垢な子供に戻ったような気がする。

 同じベッドに横たわり、すっかり気持ちが落ち着いたオビ=ワンは、師の腕の中で引き込まれるような眠りに誘われた。柔らかい髭が頬に触れ、額に優しく口づけが落される。
「おやすみ。オビ=ワン」
ベルベットのような囁きを聞きながら、オビ=ワンは眠りにおちた。


 だが、悪夢は終わらなかった。むしろ、この時から始まったのだった。

 何度か同じ夢は訪れた。息絶えようとする師を抱きかかえる自分、今生の際に何かを言おうとするクワイ=ガン。そしてきまってそこで夢は終わるのだった。

 実際に夢というかそのイメージが訪れるのは一瞬だろうとオビ=ワンは思う。うなされたのは始めに見たあの時だけだったので、以降はクワイ=ガンに気づかれ、起こしてしまうということはなかった。
オビ=ワンは自分に予知能力があるとは思っていなかったが、繰り返し同じ夢をみるからには何か意味があるかと考えた。クワイ=ガンには、やはりどうしても言えなかった。

 メンタルヒーリングに長けたヒーラーに、知っているジェダイが死ぬ夢を見た、と相談してみた。
「死の夢は、多くの意味がある。何かへの恐れが死と言う形で表されることが多い」
だが、とヒーラーは続けた。
「――ジェダイにとっては、特に絆が強い相手の未来をかいま見るケースもある」
「警告ということですか?」
「確かに危険への警告もある。しかし、予知が現実になった場合もあった」
オビ=ワンの不安は消えなかった。
通商連合との平和交渉という任務が決った晩、オビ=ワンは又その夢を見た。

 倒れるクワイ=ガンを抱く自分、最後に何かを伝えようとする師――。が、夢はそこで終わらず、息を引きとろうとするクワイ=ガンの最後の声がオビ=ワンの脳裏に響いた。
「アニーを頼む」と。

 聞き覚えも心当たりもない名前だった。そしてあの日、宇宙船の修理の為偶然立ち寄った辺境の惑星で、クワイ=ガンがフォースセンシティブとして連れて来た子供、に会ったとき、オビ=ワンはわかった。この子がアニーなのだ!


 いやな予感がした。いや、夢が予知に近づいているという不安は、コルサントに向っている宇宙船の中でも刻一刻と増していた。クワイ=ガンは金髪の小さい少年、タトィーンの奴隷だったアナキン・スカイウォーカーを解放し、只一人の肉親の母親のもとから連れてきた。クワイ=ガンのリビングフォースは少年を選ばれし者と告げ、テンプルでジェダイになるべく訓練を受けさせようとしていた。

 オビ=ワンは珍しく師の考えに同意しなかった。ジェダイの訓練を受けさせるには9歳のアナキンは育ちすぎていた。ほとんどのジェダイ候補生はごく幼い時、家族との思い出や情もほとんど生じないうちに親元を引き離されテンプルに来ていた。はっきりと母親を恋しがり、過酷な環境で世俗に染まって成長してきたアナキンはまったく異質だった。

 クワイ=ガンは弟子の意見をあっさりと聞き流した。
「お前は修業が足りない」
自分の不安を用心深く隠しながら、オビ=ワンはそれでもまだどうにかクワイ=ガンの気持ちを翻せないかと思っていた。が、それもあの一瞬で打ち砕かれた。

「私が鍛えます」
そして
「オビ=ワンはもう卒業です」
悪夢が予知に繋がっていく。
師は倒れ、アニーを私に託して逝ってしまう。
オビ=ワンは叫びたかった。
あなたは自分で死に向っているんです、と。


続く


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