古美術商   −My Shining Star−2

 箱の中を全部出してずらりと並べてみたが、その天使は見当たらなかった。
「店に持っていった後は開けてない」
「僕もそうです。知らないうちに落とすか紛れたりしたのかな」
「まさかとは思うが――」

 クワイ=ガンが木箱を置いたキャビネットや少し移動させた家具のあたりを覗き込む。
オビ=ワンもラグを反して床を見たりしていたが、思いついたように箱を持ち上げて傾けてみた。と、中からぱさりと落ちたものがある。

「あれ?」
「箱の底敷みたいだな、厚紙を布で包んである。もう一枚何か――」
「写真みたいですね、だいぶ昔の」
オビ=ワンはクワイ=ガンが拾い上げた写真を横からのぞき込んだ。セピア色の写真には、クリスマスツリーを背にした神父と行儀良く並んだ数人の子供が写っていた。
「日付はないが、昭和30年代頃だろうな」

 木造の質素な教会の内部、坊主頭の男の子やおかっぽの女の子。今と違って写真に慣れないのだろう。緊張したり誇らしげだったり、照れくさそうに笑っていたりする。神父は亡くなったとき80過ぎということなのでこの写真では30歳くらいだろうか。彫りの深い顔立ちに意志の強そうな顎。短い前髪をゆるく七三に分けている。

 長身を心持ち猫背気味にかがめ、一人の女の子の肩に手をのせ優しい眼差しで穏やかに微笑んでいる。女の子は小学校の低学年ぐらいだろうか、スカートにセーター、おかっぱの他の子と違って肩にかかる柔らかな巻き毛、はにかみながらも口許に笑みをうかべていた。

「……懐かしい光景だな」
「クリスマスの頃に記念写真を撮ったんですね。神父は背が高くって、少しクワイ=ガンに似てません?」
「私に!?歳が合わないだろう」
「年齢じゃなくって、えと雰囲気が、笑った感じとか――」

 当時の珍しい写真が出てきて神父の若い頃やツリーの様子もわかったが、結局天使の飾りは見つからなかった。

お茶を飲み終わる頃、予定通りにツリーの配達の者がやって来た。

 ツリーを運び入れた男性は店長も来るはずだったんですが都合でと詫び、店からのサービスといってポインセチアの鉢植えを差し出した。
「それから、めったにないオーナメントなので差し支えなければ飾った後でツリーの写真をメールで送っていただけないだろうかと言うことでした」
「おやすい御用です。こちらこそ鉢植えまでいただいてありがとう。宜しくお伝えください」

二人はツリーの飾り付けに取り掛かった。
「樅の木って何ともいえない良い匂いがしますね、」
「そうだな。こんな木の香をかぐのは久しぶりかもしれん」
料理や工作が好きなオビ=ワンは楽しそうに手を動かした。意外だったのはクワイ=ガンが大きな手でけっこう器用に細かい糸結びなどすることだった。
オビ=ワンが感心すると満更でもなさそうに口の端をあげた。
「商売柄、手先を使うのに慣れてる。それに昔は何でも手造りしたからな」

 オーナメントを吊り下げた後、雪に見立てた綿、色とりどりの紙テープやリボン、お手製のジンジャークッキー、糸を通したポップコーンetc、と作業は順調に進んだ。

「これでどうですか?」
「いいだろう、後はないのか?」
「終わりですね。あとこれで最後です」
オビ=ワンはツリーの頂点に飾る星型を持ち上げた。
「これだけ後で色を塗りなおしたみたいですね。僕には高いのでお願いします」
クワイ=ガンが渡された星を手にとって見ると、それは確かに他のオーナメントと違って表面は金色に輝いている。
「輝ける星、か」
クワイ=ガンは腕を伸ばして、園芸店でしたようにツリーの天辺に星を乗せようとした。


『ベツレヘムの星だよ』
『ベツレヘムの星って何?リーアム神父様』
黒い僧衣の神父が身を屈め、見あげる巻き毛の女の子に語りかける。
『イエス・キリストがベツレヘムの地でお生まれになった時、夜空に明るく輝いて救世主の誕生を告げた星だ。だからツリーの一番上につけるんだよ』
『クリスマスのお星さま?』
『そうだね、さ、持って』
渡されて女の子はきょとんした顔で神父を見あげる。ツリーの頂点ははるかに高く、とても手が届かない。
その時、身体がふわりと浮いた。
『神父さま!?』
『これなら届くかな、どう?』
空高く抱き上げられ、見ると、ツリーの先はすぐ目の前にあった。
『すごく高い』
『ちゃんと支えてるからね、ゆっくりでいいから、付けてごらん』
『は、い』
終わって静かに床に下ろされた女の子の表情は輝いていた。
『クリスマスの星を捕まえたの!』


「……むしろ、君の瞳のほうが星のようだな」
「は?」
気付くと、二人は顔が付きそうなくらい近くで見つめ合っていた。
「って、クワイ=ガン?!」
いつの間にかクワイ=ガンの両手はオビ=ワンを支えるように腰と胴に回されている。
「共同作業でツリーの仕上げをしたようだ。神父と女の子みたいに」
オビ=ワンがクワイ=ガンの視線の先を辿ると、既にツリーの頂には星が輝いていた。
「つまり僕達二人は――」
クワイ=ガンが肯く。
その時、電話が鳴った。

 園芸店の店長だった。
「ちょうど今飾りつけをしていた。いやいや、鉢植えまでサービスしていただいてありがとう」
『こちらこそありがとうございました。それより、お詫びしなきゃいけないことがあります。――実は天使のオーナメントをひとつお預かりしています』
「そういえばひとつだけ見当たらないが、落としたのを拾ってくださったのかな?」
『いえ、それが――エプロンのポケットから出てきたんです。いつ入ったのか覚えがなくて、母の病室で見つけてびっくりしました。そしたら母がとても驚いて子供の時見たものと良く似ているって、どなたが持っていたか知りたがっているんです』
「落ち着いて話してくれますか?」


「神父はアイルランド系アメリカ人で名はウィリアム・バーナードだが、家族はリーアムと呼んでいたそうだ」
「リーアム神父ですね。それであの女の子が店長のお母さんですか?」
「今あの写真を携帯で撮って店長に送った。見てもらえばはっきりするだろう。店長の母親は外国人の血が入ってるんだ。今風にいえばクォーター、お祖母さんが明治に横浜に来たイギリス人の娘だった。赤みがかった巻き毛だから子供の時はいじめられたそうだ、今なら考えられないが、あの頃は進駐軍との混血児がけっこういたからな」
「進駐軍って、第2次世界大戦後のアメリカ軍でしたっけ?そういえば、店長も彫りが深いと思った」
「友達がいなくて、クリスチャンではないがよく近くの教会に行ってたそうだ。リーアム神父が誰にも分け隔てなく接してくれたんだな。只――」
呼び出し音にクワイ=ガンは携帯を手に取った。電話の向こうから興奮しているらしい気配が伝わってきた。


 電話と終えて、クワイ=ガンは向き直った。
「やはり間違いない。あの女の子だった」
「良かったですね。けど入院してるってどこが悪いんですか?」
「深刻な病気ではなくて手術で治るそうだ。今日は手術の予定日が急に変更して、まあ病院の都合だそうだが、店長や他の家族も呼ばれたそうだ」


「母は今年定年になるまでずっと仕事してきて、今まで病気らしい病気をしたことなくて、とても弱気になってたんです。いくら大丈夫といっても悪いほうへばかり考えてしまって。家族は、とにかく出来る限り明るい気分になるよう励ましてたんです。そしたら私のカバンを見てそれ何?って言うんです。
 見たら、仕事用のエプロンをまるめてカバンに入れてたんですね。いつもは店に置いてくるのに急いでたから無意識に持ってきたんだわ、と思ったらポケットから天使が顔を出してる。先日のお客様のオーナメントだってすぐわかったんですけど、いつの間にエプロンのポケットに入ったかまったくわからなくて、どうしようと思ったら、母が見せてちょうだいというので仕方なくて、お客様の者をお預かりしちゃったからお返ししなきゃと言って、渡したら――」


「お母さんは子供の頃の教会のツリーを思い出したと」
「そういう事だ。特に神父は次の年に転勤というか、教会本部の意向で数年ごとに別の教会へ移動したから、この教会では最後のクリスマスだったそうだ。子供だし、今と時代が違うから電話やメールもない。連絡とることも思いつかなかった」
「リーアム神父と女の子のラストクリスマスだったんですね」
「古き良い思い出だ」

「……オーナメント、その方が受取ってくれたらいいですね。病室じゃツリー飾るのは無理でも」
「明後日手術して、経過が良ければ年内には退院できるかも知れんということだ」
「じゃ、退院してツリー見るのを楽しみにしたら励みになるんじゃないですか?」
「そうだな、家族が承知してくれればだが」


 店長は始め辞退したが、クワイ=ガンの元にオーナメントがあるのも偶然で、引き取り手を捜している。出来れば縁のある人に譲りたいという申し出を喜んで承知した。退院が決まれば引き取りに来ることになった。

「結局、うちでツリーを飾るのは今回きりになるらしい」
「そうじゃないかと思ってました。あなたに似合わない物が舞い込んだところで」
「まあ確かに畑ちがいだ。西洋骨董は多少見られても、こんな品では商売にならん」
「クワイ=ガンにも苦手があったんですね」
オビ=ワンがからかうとクワイ=ガンは苦笑気味に眉尻を下げた。
「君は私と係わると不思議なことが起きると思ってるだろうが、その反対もあると思わないか?」
「え?」
「どうも最近君と一緒にいると余計にこういった事に出くわす」
そう言われてもと思うが、オビ=ワンも即座には否定できない。
「入り込み易いというか、あの時も女の子の気持ちがわかったんじゃないか」
あの時って――背の高い神父に抱き上げられた時のまさに天に昇った心地、そして神父への淡い想い。
「好き、だったかも……」
「何だって?」
「多分7,8歳ぐらいでしたよね、だったらおかしくないし、あんなに可愛くてまるで天使みたいな女の子だったし」
「君が女の子をか?」
「ち、違いますっ!僕はロリコンじゃないし、だいたい入り込むって言われたってクワイ=ガンといる時に限るんですから、そんなこと言われたって困る――」
我ながら辻褄の合わない事を口ばしってるとオビ=ワンは思う。

「わかったわかった、この話はこれまでだ」
「クワイ=ガン」
「ところで、君が作ってくれるケーキだがどんなのだ?」
「――まだ決めてないです。希望ありますか?」
「そうだな、クリスマスといえば白くて苺がのってるやつか」
「定番のホワイト生クリームですね。あとクリームをチョコレートにするとか。好みでデコレーションをフルーツやモンブランにしたり、甘さ控え目ならシフォンケーキやチーズケーキでもいいし、アップルパイも美味しいです。見た目が楽しいボンブ型やブッシュ・ド・ノエルは盛り上がりますよ」
「……ケーキは全面的におまかせする。私はとびきりのワインとシャンパンを用意しよう。多分最後だしな」
「ああ、そうですね」
クリスマスをした事がないというクワイ=ガンと過ごすクリスマスはこれが最初で最後。

「来年は温泉にでもいくか、君はホテルのほうかいいのかな?」
「え、あの?!」
「いや、来年のことを言うと鬼が笑うな。もうこんな時間だ、どこか食べにいこうか」
とっさに言葉が出ないオビ=ワンに楽しそうな笑顔を向け、クワイ=ガンはゆっくり立ち上がった。



End


ラストじゃないラストクリスマス(笑) 骨董屋さんの本分は和物ですので。
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