古美術商   −My Shining Star−1

 信号待ちでふと上を見あげると、正面のビルに大きなツリー型のディスプレーが輝いていた。
この前秋になったとばかり思ってたのに、急に寒くなってもう冬が近い。オビ=ワンはジャケットの襟元を引き寄せた。けれどクリスマスと聞くと何かしら心が浮き立つ気がする。特別な予定がなくても。

 普段気に止めなくてもたまに違った場所を歩くと目に付く事がある。ここは都心に近い再開発区域で話題のスポットも多い。ウィンドウの飾りつけも華やかなのに洗練されていて見て歩くだけで楽しそうだ。

 けれど表通りを抜け一歩後ろへ入ると雰囲気は一変する。東京とは思えないほど、いや時代をさかのぼったかと錯覚するほどの街並みが姿を表わす。江戸の風情を思わせる木造の料理屋や店舗、そして「時代堂」と縦看板が掛かったクワイ=ガンの店。
 
 学生のオビ=ワンは、遺言で譲られた器を古美術商――自分は骨董屋のオヤジと言っているが――のクワイ=ガン・ジンに見てもらったのがきっかけで、ちょっと変った付き合いが続いている。

 仕事では和服やスーツを着ることが多いが、今日のクワイ=ガンはブルーグレーの柔らかなカシミアのハイネックのセーターに黒のブレザージャケットだった。オビ=ワンを親しげに迎え入れたクワイ=ガンはまず茶を出してから、やや唐突に聞いた。
「君の家は何宗だ?」
「は!?」
面食らった青年を見て、クワイ=ガンは目尻を下げた。

「すまん。家は代々日蓮宗なんだが」
「ああ――確か禅宗で曹洞宗だったかな。けど何か?」
「いやひょっとしてと思ってな。誰かクリスチャンに知り合いとかいないか?」
「知ってる人では――、聞いてみれば見つかるかも知れませんけど。何かあったんですか?」
「ふむ」
そう言ってクワイ=ガンが奥から持ってきたのは小ぶりな木箱、年代を感じさせる色褪せた表面に渦巻きの浮き彫り模様が施してある。けれど美術品というより素朴な手造り、アーリーアメリカン風とでもいうか、何より日本の古美術を扱うクワイ=ガンに似つかわしくない。
「アンティークのオルゴール、ですか?」
「いや」
蓋を開けて中から現れた物にオビ=ワンは水色の瞳を見張った。

 いずれも手の平に納まる大きさで、色とりどりの星やソリやベルや雪だるま、木馬、くまのぬいぐるみ、機関車、それにバイオリンを弾く天使、ラッパを吹く天使、歌う天使、祈る天使。
どうやら箱と同じく木彫りらしい。そして表面に彩色をほどこしてある。
「これは?」
「クリスマスツリーの飾りだ。オーナメントというそうだな」
クワイ=ガンは木彫りのテディベアの頭についている紐をつまみあげて目の前に垂らした。
「古い物だがこわれる心配はなさそうだ。手にとって見てくれ」
言われて、オビ=ワンも両手を合わせた天使を手に持ってみた。

 年月を経た木製の天使はとても軽かった。大きな瞳にふっくらした頬、金の巻き毛のあどけない顔の天使はずいぶん触られたのか、よく見るとところどころ色がはげ木製の地肌がみえる。細工は丁寧だがやはり素朴な趣があって、つい笑顔を誘われる。
「可愛いですね。どうしたんですかこれ。売り物じゃなさそうですけど」
「まあな」
クワイ=ガンは僅かに眉を寄せた。
「別に何処から頼まれた訳でもないが、これを喜んでくれるとこがあったら譲りたいと思っている」
クワイ=ガンの話はこうだった。


 同業者から一括して品物の引き取りを頼まれた。聞けば長年日本に住んでいた外国人の神父が亡くなった。独身なので相続人はなく、趣味で集めた日本の焼き物や美術品は処分して収益を教会に寄付して欲しいと遺言があったという。
「特別高価な物はなかったが趣味が良くてそこそこの値段になった。けどどういうわけかこれが紛れ込んでいた」
「その神父さんの手造りじゃないんですか?」
「でもなさそうだ。神父が最後に務めていた教会に聞いたら来日した時持ってきたか、本国から送ってきたらしい。だが古くなって最近のツリーには合わないからと、神父がずっと手元に置いて私物に混じっていたそうだ」
「それでどこも引き取り手がいないと」
「何とも畑違いだが、私が行く先を見つけるしかないだろう」
「家に飾ったらどうです?」
「おそよ似合わない」
「――それはまあ、そうですね」
オビ=ワンは何気に周りを見わたした。

 店の奥の畳敷きの和室には箪笥や木製の違い棚が置かれ、その上に品物を入れた木箱が整然と並んでいる。クワイ=ガンの住まいはすぐ裏手の瀟洒なマンションだが、そこにさりげなく置かれた品もすべて日本のものだ。

「君のうちはどうなんだ?」
「子供の時買ってもらって何度か飾ったけど、そのうち出さなくなって、母親がもったいからって知り合いの子供のいるうちへ譲ったみたいです」
「子供でもいないとそうなるんだろうな」
「けどケーキは僕が手作りするんです、こう見えても」
「ほお!?」
「もともと食い意地はってたから、売ってるより大きいの食べたくて。6年生のとき公民館のケーキ作り教室に参加したんです。うまく出来たから気を良くして何度も作るうち上手くなって、家族も喜ぶし、そのうち、他のケーキも作るようになりました」
「それは思わぬ特技だな。手際がいいから料理に慣れてるとは思ったが」
「学生になってもクリスマスには帰ってケーキ焼いてくれっていうんです。もっとも材料費は親が出してくれるから、良い材料使うと美味しくできるんです」
「では材料費は出すから食べてみたいもんだな私も」
「クワイ=ガンが!?クリスマス、するんですか?」
「今までやったことはない」
「――それに甘いものは苦手だと聞いたような」
「たまには良いだろう。それに手造りなら甘さも加減できるんじゃないか?」
「そうですけど」
「せっかく年代物のオーナメントがあるんだ。ツリーを飾って君のケーキでクリスマス気分を味わってみようじゃないか、それに――」
クワイ=ガンは声を落とした。

「ここではいごこち悪そうだ」
「は?」
「実はな、君の壷、「鳳凰」は元々の品位も高いがこの店の品物の中で隠然たる力がある」
「えぇ?」
「別に偉ぶるわけでないが、西洋の古い物を店に置くのは気に入らないと思ってるようだ」
「そうなんですか!?でもそう言われても」
「譲り先が決まるまでマンションへ置こう。それならちゃんとツリーに飾ったほうが良いだろう。慕っていた神父の為にも」
「まあ、ここに来たって事は多分――」
オビ=ワンがちらと見あげると、クワイ=ガンが苦笑している。

 これまで何度か不思議な体験をしているオビ=ワンは承知していた。ここへやってくる古い物達は故あってクワイ=ガンの助けを得てあるべき元へ納まる。
「どうも箱の中でひそひそ言ってるみたいだが聞き取れなくてな、小鳥でも鳴いてるみたいなんだ」
「小鳥ってチュンチュンとか」
「それはスズメだろ。似たようなもんだが、君が来てくれてちょうどいい。ちょうど時期だから木も手に入るだろう」
「そうですね、おもちゃ屋とかホームセンターなら、デパートでもありますね」
「よし」
クワイ=ガンがさっそく出かけるつもりなのを察してオビ=ワンは何気なく手に持ったままの大きめの星型の飾りを箱に戻した。
その時、屈んで蓋を閉めようとしたクワイ=ガンの手がオビ=ワンの指先を掠めた。
「!?」
「……」
二人は同時に脳裏に浮かんだイメージに目を見合わせる。

 樅の木の側に立つ黒い僧服の背の高い姿と柔らかな巻き毛の子供。
「顔はわからなかったけど、その神父さんと子供は――」
「日本に家族はいないはずだから教会に来た子供かも知れんな」
「あの、ツリーは本当の樅の木のほうが良いと思いませんか?」
「そうだな。どこで手に入る、花屋か?」
「あ、園芸店でバイトしてる知り合いがいるんで聞いてみます」


 二人は連絡をとってその園芸店を訪れた。クリスマスには間があるので、まだそれほど客は多くない。オーナー夫人の若い店長が迎えてくれた。オーナメントに合う木を探していると告げたら、それを持参して選んだほうがいいと言われていた。
「まあ可愛い!」
長い黒髪をきりっと束ねた店長は顔をほころばせた。

「セットのツリーが多い中で本物の木にしたいという方はご自分のイメージがおありで、オーナメントにもこだわる方が多いようです」
「元は教会で使われてたんだが、ここしばらく使われなかったそうだ。私は始めてなので見てくれませんか?」
「かしこまりました。古いようですがとても保存状態がいいです。大事にされてきたんですね」
店長はツリーを置く場所の広さなどをたずね、オーナメントの大きさなどを考えてそれにふさわしい木をすすめてくれた。

「ご家庭用で屋内に飾られるならこの大きさでいかがでしょう。実際にお部屋に置かれると、回りのスペースも取りますからここにあるよりずっと大きくみえます。木の高さは150cmですが台座のバスケットも含めて30〜40cm高くなります」
「ちょうどと同じくらいの高さかな」
オビ=ワンが顔を上げて樅の木とクワイ=ガンを見比べる。
「そうか」
「――そういえば、同じくらい」
中背の店長も長身のクワイ=ガンを見上げて微笑んだ。
「それとツリーのトップに星を着けるとその分高くなりますね。オーナメントにもあったんじゃないでしょうか」
見てみると、確かに他と違って提げ紐のない大きめの星型があった。
「これかな」
「どれ」
ひょいとクワイ=ガンの手が伸び、オビ=ワンの手からそれを取り上げて樅の木の頂きに乗せる。

『ベツレヘムの星だよ』
オビ=ワンの頭上から声がした。
「何ですか?」
「うん?」
「ベツレヘムって?クワイ=ガン」
「何も言ってないが」
「あれ、確かそう聞こえたのに」
じゃあと店長を見ると彼女も怪訝そうにオビ=ワンを見返している。

「――気のせいかな……」
クワイ=ガンは木に乗せていた星を戻し、手に持って思案気に見て店長に聞いた。
「教会にいった事がおありかな?」
「お店の配達で何度か伺ってます」
「個人的には?」
「そうですねえ。友達の結婚式に呼ばれて行ったことはありますけど、個人的にはありません」


 結局、その木に決めて後で配達してもらうことにした。さらに店長に相談にのってもらい、他の飾り付けの品も購入した。

「神父の年齢からしたら以前は今みたいに電飾とかなかったから、このオーナメントの他は手造りしたんじゃないかな」
「どんなものですか?」
「多分、綿を雪に見立てるとか色紙で鎖を作るとか」
「ああ絵本で見たことあります。ポップコーンやクッキーを糸でつるしたり、確かに手造りだ。楽しそうですね」
「どうせならそれもやってみるか、」
ずいぶん熱心ですね、と言いかけてオビ=ワンはハッとした。
「クワイ=ガン?」
オビ=ワンの青緑の瞳に浮かぶ問いに答えるようクワイ=ガンは頷く。
「乗りかかった船だ。出来るだけやってみよう」
「お手伝いします。けど、日本の古い物だけじゃなくてこういった物まで――」
「さあな、いずれにしろ国内にあった古いものには違いない」
クワイ=ガンは苦笑した。


 ツリーが届けられる日、オビ=ワンは早めにクワイ=ガンの家にいってジンジャークッキーを作り始めた。
「いい匂いだ」
リビングを片付けていたクワイ=ガンがキッチンに入ってきた。
「しかし君は器用なもんだ。クッキーは店でも売ってるんだろう」
「ケーキに比べたらずっと簡単ですよ。それにここのオーブンにも慣れておいたほうが良いし」
「ケーキ作りに必要なものは材料の他に道具も全部言ってくれ」
「いつもごちそうになってるから偶にはお返ししなきゃ」
「律儀だな。だが遠慮は無用だ。立て替えなくていい」
「ありがとうございます。後で見ておきます。さ、出来ました。本当は飾るには一晩おいて冷ましたほうがいいらしいですけど。味見します?」
「ひと休みしてお茶にしよう」

 クワイ=ガンが茶器をのせたトレーを運んでいくと、オビ=ワンがリビングのツリー用に空けた場所でオーナメントの箱をあけ、ラグの上に並べていた。
「おかしいな」
「どうした?」
「天使がひとつ足りないんです。手を合わせて祈ってる姿の」


続く

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