Chameleon 4

「オビ=ワン」
そこに立っていたのは、忘れるはずも無いクワイ=ガン。名を呼ぶ声音さえもそのままだ。
唯一残しておいた亡き師のローブを纏った立ち姿。オビ=ワンを見下ろす上背も、堂々とした体躯も、銀髪の混じる亜麻色の長髪、柔らかな髭、窪んだ眼窩の濃い青の瞳の眼差しさえ、甦ったかと錯覚しそうになる。オビ=ワンは目を大きく見開き、呆然と立ち尽くした。

「――お前のそんな顔をみるのは実に久しぶりだな、マイ、ヤングジェダイ」
低く籠もった、心の奥深くに染み入るような亡き師の声音とは僅かに異なるかもしれない。が、クワイ=ガンに非常に似ていた。
声が震えるのをどうしようもなく、オビ=ワンは声を絞り出した。
「君はまったく素晴らしい。フォースさえも――」
「それは良かった。ところで名を読んでくれないのか?」
「ええ、マスター」
オビ=ワンは懐かしさを込めて呼びかける。

「――クワイ=ガン、にそっくりなティーノと、最期まで私たちを戸惑わせたゲッティに感謝すべきでしょうね。知ってました?あなた方はカメレオンと呼ばれていること」
「お前のやんわりとした皮肉は相変わらずだな」
そう言って笑う目尻にうかぶ皺もクワイ=ガンそのもの。

「どうぞお掛け下さい、マスター。お茶でも、それとも酒がいいですか?」
「ありがたいが、化けた時は酒はご法度と師に言われたんでな」
「それは残念ですね。あなたには及びませんが、私のコレクションもちょっとしたもんですよ」
「お前の胃袋だけは、弟子の時からとうに私を越えていた」
「胃袋だけ、は心外ですね。それに酒量はさすがにマスターを超えられません」
「ああみえてもゲッティは下戸だったんだ。弟子もおかげで付き合い程度だ」
「それは意外ですね」
ティーノ扮するクワイ=ガンは苦笑を浮かべて手を伸ばし、オビ=ワンの肩に手を掛けた。
「マスター……?」
「ゲッティはこう言った。お前の師の扮することを承知したら、抱きしめてやってくれと」
その言葉がおわらないうちに、オビ=ワンの身体は伸びてきた腕にふわりと抱き寄せられ、すっぽりと大きな胸に納まった。
オビ=ワンは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

「……フォースまであなたを思い出させてくれます」
「見かけ程似せるのは無理だが、なりきると、フォースの特徴はつかめる」
クワイ=ガンそっくりの低い声が心地良く耳に響く。
「お前は私が育てたと誇れる立派なジェダイになった、マスター・オビ=ワン」
「マスター……」

 弟子が一人前のジェダイになる姿を見るのが叶わなかったクワイ=ガン。ゲッティが何を思って最期にティーノにこの言葉を託したのか。亡き師の遺言でアナキンを育てたオビ=ワンへのねぎらいだと思うのが自然だが、まったくゲッティらしい、風変わりな思い付きだ。けれど今は何も考えずに、師の胸でただ懐かしさに溺れたかった。


「オビ=ワン」
耳元で囁かれ、オビ=ワンは瞬きして瞳をあげた。
見つめる深い青い瞳が笑い、額へ唇が触れる。そして頬へ。柔らかくなでるような毛先のくすぐったい感触も懐かしくて、オビ=ワンは笑顔になった。と、慈しむように見つめていた海色の瞳が近づき、とっさに瞼を伏せた瞬間、優しく唇に唇が重なった。

 しっとりと包み込むような温かい唇が、決して強引でなく優しく触れている。オビ=ワンはいつしか自分からも口づけを返していた。誘うように薄く口を開くと、待ちかねたように、舌が忍び込んでくる。オビ=ワンも口を開き、絡め取られる熱い舌に夢中になって応えていた。

 擦れた声で呼ばれ、オビ=ワンはうっすらと目を開けた。
「――残念だが、これ以上はフェアじゃないな」
「マスター……」
「名残り惜しいが、これまでだ」
クワイ=ガンそっくりに口の端をあげ、ティーノは優しくオビ=ワンの髪に口づけて身体を離した。


 クワイ=ガンの長いローブを翻してバスルームに消え、やがて扮装を解いたティーノが姿を表した時、疲れているのは一目瞭然だった。

「大丈夫か?」
思わず聞いたオビ=ワンに、ティーノは力ない笑みを浮かべた。
「――すまないが、強めの酒を一杯もらえるか?」

 コニャックを一口含んで、ティーノはソファの背にもたれかかった。もはや、先ほどの面影は微塵もない。

 ティーノの身長はオビ=ワンより高いが、実際のクワイ=ガンには及ばないし、肩幅や骨格も逞しいわけではない。やや長めの濃茶の髪、濃い灰色の瞳。顔立ちもクワイ=ガンとは全然違う。顔の筋肉を自在に操れるというが、別人になりきるという事は見事を通り越して凄みさえ感じる。

「君の扮装はすさまじいほどだな。なるほど消耗するはずだ」
「――短時間だからましなほうだ。だが、あのクワイ=ガンだからね。こんなに気を使うのはめったにない。一般人相手だと、マインドトリックまでいかなくても、思い込みの錯覚を利用するんだが、ジェダイ相手だとそうもいかない。本人のローブがあったから良かった」
「まんまと騙された、このマスター・ケノービが」
オビ=ワンは楽しそうに笑った。

「本当にクワイ=ガンに逢えた気がする。君とゲッティに感謝する」
「それを聞いて安心した。初めゲッティは何を言いだしたかと思ったが、」
ティーノは微笑んで、ゆっくりとグラスを口に運ぶ。
「――それに、役得もあった」
悪戯っぽい目でオビ=ワンを見る。
「ティーノ」
「成りきると、頭で考えるより自然に身体が動く。君をハグしたらキスするのは当たり前におもえた。それに、君も返してくれた」
「あれは、その……」
「実を言うと、慣れてるというか反応が良かったんで少しおどろいたが」
うつむいたオビ=ワンの頬が赤らんでいる。
言葉に詰まった友人を見て、ティーノが続けた。

「――ナイトになりたての頃、へましたことがあって」
ティーノは飲み干したグラスをテーブルに置いた。
「最後の詰めが甘かったんだな。見破られてもう駄目かと覚悟した。連絡も出来なかったのに、ゲッティが駆けつけて助け出してくれた。カウンシルに連絡をとって、私の任務を逐一聞いていたそうだ」
「卒業させても案じていたんだな」
「あのゲッティがだ。過保護だと思わないか、オビ=ワン?」
「弟子を持つと、その気持ちはわかる」
「そうだ、私も今になってわかる。マスターはその時、だいぶ自信を亡くした私に言ったんだ。人を騙そうと扮装するのではなく、成りきって、自分がその人と信じ込むことだと」
「なるほど」
「君の目を見たら、どうしてもああなる。あれ以上は、本物のクワイ=ガンに叱られると思って止めたが、理性を総動員した」
「それはどうも――」
「お互い型破りな師を持ったもんだな、オビ=ワン。幸か不幸か」
一拍間があり、意味を悟ったオビ=ワンの目が大きく見開かれた。
そして、昔クワイ=ガンが言った事を思い出した。
――ゲッティとティーノも私達と似たようなもんだ――

「君達は……?」
「信じ込むものだ言われたとき、私はマスターに言ったんだ。一人の男としてずっと慕っていたと思い込むから口説かせて欲しいと。その時、彼どうしたと思う?」
「……」
小さく笑ってティーノは目を細めた。
「泣き笑いみたいな、初めてみる顔で、――叶わないと思っていた夢が本当になってパニックになってる人物になりきってみせるって言ったんだ」
「……ゲッティ、らしいな」
「で、私達はお互い愛し合う恋人に成りきることにしたんだ――任務を離れた時には」
初めて会った時、労わる様にゲッティに寄り添っていたティーノの姿を思い出す。

「まれに任務の為寝ることもあるが、その時は経験が役に立つ。師ゆずりと言うか、仕込まれたのかな、――私も君も」
淡々と話す静かな口調に、自分と同様ティーノも深く師を愛していたことを知る。偉大な師であり、親代わりから友人へ、そして最期は恋人だった。けれど、互いに今それを口に出す必要はない。

「残念ながら、そんな任務に就いたことがなくてね」
「わかってる。君はマスター・オビ=ワン・ケノービだ。それにアナキンを弟子にしてかた他に目を向ける暇などなかったろう?」
「まったくね。弟子を育てるのは命がけだと思ったほどだ」
「確かにあの弟子ならそうだろうな」
「――師からすれば、私達などまだまだ未熟だろうな、ティーノ?」
「ああ。それに、フォースになってもあの二人は相変わらずのような気がしないか?」
「そうだね、私達を見て笑ってる姿が目に浮かぶようだ」
オビ=ワンは、思わずティーノが見とれる輝く笑顔を浮かべた。

「君の瞳はミステリアスだとゲッティが言っていたが――まさにそうだな」
「変り易いとはいわれるけど、あいにく自分ではわからない」
「光りを映して変る湖水色の瞳、か」
「この歳でそう言われても気恥ずかしいだけだ」
「では言い方を変えよう。湖の深さを知る者だけが、真の美しさに触れられる」
「ティーノ……!?」
「クワイ=ガンはそう言っていた」
「マスターが、そんなこと?」
「つまり、惚気られたんだ」
愉快そうに笑う友の前で、オビ=ワンは再び赤面した。



End

この後、いったいマスターはどこまでばらしたんだと、オビは心配になったと思います……
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