The Slip Trip1 −落っこちたら君がいて −

 宇宙にはいくつかブラックホールがあるらしい。らしい、というのはいくら学問的に推測しても、実際に見たり、経験したり、行って帰った者がいないから。時間も空間も歪めてしまう超高密度の重力発生源になぞ、誰も近寄りたくはない。が、原因不明で行方不明になったり、不思議な現象が起こる宇宙空間は、要注意地域としていくつか知られている。


 まずいな、とクワイ=ガンは思った。このままでは、その危険な要注意宙域を通ることになる。大体、次の任務地まではあと数日はかかるはずだった。が、数時間前にジェダイが用いているの極秘通信信号をキャッチしたのだ。それも暗号化された認識コードで、つまりはクワイ=ガン宛に発信されたものだ。

 発信元はクワイ=ガンの知らないコードだった。通常ありえない。名指しして呼びつけておいて、自分が誰だか言わないのと同じだ。訳ありなら、緊急事態だ。クワイ=ガンはとにかく最短航路をセットし、その信号が発信された惑星へ急いだ。

 まもなく20歳になるジェダイナイト・クワイ=ガン・ジンは弟子を卒業して間もなく1年になろうとしていた。グランドマスター・ヨーダの直弟子のマスター・ドゥークーに師事し、トライアルを優秀な成績でパスして一人前になってから、新米ながらも実績をあげつつあった。

 クワイ=ガンは操縦席のモニターを見つめた。要注意宙域を避けて、目的地を目指すには、コンピューター任せではロスが多い。ここは手動操縦でギリギリ際をかすめるとするか。手動に切り替え、モニターを睨みながら小型宇宙船を進ませたクワイ=ガンは、行く手を確認するため、モニターを目視に切り変えた。

 目の前には、相変わらず砂を撒き散らしたような宇宙空間が広がっているはず、だったが。
「――?」
行く手に、黒いシミのようなものが浮かんでいた。シミと言うか、形はちょうど布地に刃物で切り込みを入れ、縦に裂けたような形、とでもいえばいいか。そして、それは黒一色なのだった。

 眼を凝らしてみても、それが何か判別できない。宇宙空間を漂よう岩石か、未知の生物か、宇宙船か。

 クワイ=ガンの背筋を悪寒が走った。ヤバイ!リビングフォースが危険を告げている。近寄るな。ぐっと握りなおした操縦桿は、が、動かなかった。そして、コックピットの計器がいっせいに点滅を始めた。アラーム音が鳴り出す。

 くそっ、クワイ=ガンは懇親の力を込めて握りなおした。が、固定されたかのように動かない。全身に、感じた事のないぴりぴりした刺すよう感覚が走る。

 宇宙船はコントロールを失って、あの黒い裂け目に向っていた。いや、向うから近づいて来てるのか?

「うわっ!!」
その黒い裂け目に船が衝突するっと思ったが、衝撃はなく、突然、闇に襲われた。何も見えない漆黒の空間。その時、がくんと機体が傾いた。操縦席に固定していた身体が宙に浮いた、と思った瞬間、船が急降下を始めた。強烈なGに襲われ、クワイ=ガンは叫んだ。
「なんなんだ、いったい――」



 気がつくと、船は停止し、宇宙空間に浮かんでいた。意識を失っていたのは一瞬か、それとも長時間か。明るくなった機内を見渡すと、目立った損傷はない。クワイ=ガンは操縦席に押し付けられていた姿勢から序々に力を抜き、深呼吸した。目の前には変らない宇宙空間の眺め、黒い裂け目は消えていた。

 低い電子音が響き、モニターにクワイ=ガンのコードが現れた。呼ばれているのだ。現在位置を確かめると、いつの間にか危険区域を脱し、発信先の惑星へ近づいていた。
 
 着陸目標地域は夜だった。信号を頼りに、低空飛行で着陸場所を探す。人気のなさそうな物陰に着陸すると、危険を察した。ライトセーバーを起動し、ハッチをあけると、途端に耳をつんざく銃弾が飛んできた。

『こちらへ――』
それははっきりとクワイ=ガンの意識に飛び込んできた。ライトセーバーで弾丸を弾き返しながら、クワイ=ガンは呼ばれた方向に走った。

 疾走するクワイ=ガンの行く手に黒い影が立っていた。容姿は判別できないが、濃い色の長いローブが揺れる。何よりもフォースを感じる。ジェダイに間違いない。人影もやはりクワイ=ガンを認め、案内するように裾をさっとなびかせ、振り返って走り出した。

『身体を低く』
またも指示が頭に響き、クワイ=ガンはとっさに背をかがめて走った。
足元は土から固い瓦礫になっていた。崩れた建物か何かのようだ。目の前の影を追ってクワイ=ガンは瓦礫の山を越えていく。背中で聞こえる銃声は遠くなったが鳴り止まない。

 巨大な壁のまえで影は止まり、追いついたクワイ=ガンを待って、手で下をしめした。くずれた柱が蓋になっている下にぽっかりと暗い穴が見えた。
「深くはありません、飛び降りてください」
その人物は今度ははっきりと口に出していった。抑えているが、若々しい張りのある男性の声だ。丁寧な命令の言葉だが、物言いはむしろ親密に感じた。クワイ=ガンは軽く肯くと、ためらわず、暗い穴に身を躍らせた。

 足元にフォースを集め難なく着地する。せいぜい数メートルの深さらしい。
「いいぞ」
暗闇の中から上を見上げ声をかけると、ふわりと、白い影が飛びおりてきた。思ったとおりローブの下はジェダイの白い装束なのだろう。
脇へよけたクワイ=ガンの側へ、ほとんど音もなく膝を折り曲げて軽く着地した男はすばやく立ち上がり、暗闇の中で安堵したように笑った、とクワイ=ガンは感じた。確かにこちらを向いて。

「こちらです。もうすぐ明るいところへ出られます」
クワイ=ガンが男の後をついていくと、行く手に微かに灯りがもれていた。そこに着くと、男から鮮やかな青い光が立ち上った。このジェダイのライトセーバーは青か、とクワイ=ガンは思った。とても澄んだ、声同様、若々しい感じのする光だ。

 その青い刃を脇に差し込むと、重い物がきしむ音がし、壁の一部が開いた。すると、明るいというほどではないが、暗闇に慣れた目には充分判別できるほのぐらい場所が現れた。トンネルのような長い通路が続いていた。

 男は先に通路へ降りた。そうして、すぐ続いて降りたクワイ=ガンを振り返ってフードを外した。
「!?」
「……?」
二人は互いに目の前の男を見つめ合った。

 クワイ=ガンが始めてみるジェダイだった。
ヒューマノイドの若い男性で歳の頃はクワイ=ガンと大差なさそうだ。だが、金褐色の短い髪と腰まで届くブレイドがパダワンであることを示している。背はヒューマノイドでは標準だろうが長身のクワイ=ガンと向き合うと、目線を落とさねばならないほどの高さ。鼻筋の通った整った顔立ち、秀麗な眉、秀でた額。何より目を引くのは両の瞳だった。

 クワイ=ガンを見上げる瞳は大きく見開かれ、青と緑の混じった複雑な色合いはわずかな明るさの中でも見て取れる。それが驚愕の色でひたとクワイ=ガンに注がれている。

「……クワイ、ガ、ン――?」
俺はそんなに驚くほど珍しい顔でもしてるのか、と思うが、初対面なのでクワイ=ガンは努めて穏やかに聞いた。
「そうだ。私を認識コードで呼んだのは君か」
「――ナイト・クワイ=ガン・ジン?」
相手は自分に言い聞かせるように小さく繰り返した。
クワイ=ガンは頷いた。

「君の名前と用件を聞きたいものだな」
すると、瞬きもせずクワイ=ガンを見つめていた若いジェダイの眉間がぐっとせばめられ、困ったような怒ったような表情で、唇を噛んだ。
「まさかと思いますが、確かめさせて下さい。あなたの認識コードは×××××××××で生年月日は銀河標準歴で×××××××××ですね。年齢は?」
「間もなく20歳になる」

 とたんに、相手はクワイ=ガンの顔を見て、それから本当に穴が開くんじゃないかと思うほど上から下まで眺め回した。そして一瞬遠い目になり、再びクワイ=ガンの顔を――このパダワンらしきジェダイの態度の不可解さに眉を寄せた――見つめ、大きく息を吐いた。
「人違いか?どうも招かれざる客だったみたいだな」
「ああ、申し訳ありません。そういうわけではありませんが――」
『何て事をしでかしてくれたんです、マスター』
心中の呟きがクワイ=ガンの意識に入ってきた。
『まったくよりによって……』
 

「君のマスターは何処なんだ?」
「え?」
「見たところパダワンのようだが、任務中ならマスターと一緒だろう?」
パダワンの青年はとても複雑な表情を浮かべてクワイ=ガンを見上げた。

「――マスターは今、一人で近くの惑星へ交渉に行っています」
「一人残されて、別のジェダイへ応援を頼んだわけか、マスターの指示か?」
「……そう、です」
「今の状況、君とマスターの名前を教えてくれ」
「――マスターは、トニック、わたしはベンと呼んでください」
「マスター・トニック?聞いた事あるような気もするが、テンプルでは見かけたことがないぞ」
「私も弟子になってからしばらくテンプルへ行っていません」
「ベンはいくつなんだ?」
「22です」
「は!?年下かと思った」
ベンははにかんだような笑みを浮かべた。
「本当です。童顔だからよく下に見られます」
「こっちは反対にたいてい上にみられる。――ふけ顔だから」
ベンは上目遣いにクワイ=ガンを見て、にっこりした。
「そんなことはありませんよ」


 ベンは並んで歩きながら、説明した。この辺境の惑星はヴァイス星系の第五惑星ヴァイスX、通称V―Vという。元は同じ一族が、長年北と南に分かれて争ってきた。先ごろ北の国が星系の主惑星ヴァイスT・通称V―Tと同盟を結んで南の国に戦いを仕掛けてきた。トニックとベンの師弟は和解調停へ派遣され、師はV―Tへ赴き、弟子はV―Vで政府と交渉を開始したが、すぐにベンは狙われ、ここに身を隠し、師の指示を待っているところだ、と言う。


「着きました」
ベンは迷路のような通路を通ってクワイ=ガンを奥まった小さな部屋に連れて行った。ここは昔戦争のシェルター用に作られた場所だが、今は一部倉庫で他は放置されていると言う。
剥き出しの壁、スチールデスクと椅子、ベッド替りらしいマットレス。
ベンはクワイ=ガンに椅子を進めた。そしてデスクの上に置かれた小型の照明を操作して部屋を明るくし、マットの奥に隠したデータパッドを取り出した。

「保存食ですけど、腹ごしらえしましょう」
ベンはそう言って、こんどは部屋の隅の壁のくぼみから、二つのボトルとパックされた包みを取り出してクワイ=ガンの前に置いた。
「どうぞ」


「何日ここに潜んでいる?」
「3日目です」
「襲ったのは?地上はどうなっているんだ?」

 マスター・トニックとパダワン・ベンと聞いても、クワイ=ガンは素直に納得しかねた。ベンは自分で22歳と言ったが、クワイ=ガンとほぼ同年代のはずなのに、まったく見覚えがない。長期に渡って任務でテンプルを離れるジェダイもいるが、通常パダワンはマスターに付く以外に、テンプルで講義やトレーニングを受けるはずだ。だが、ベンがジェダイなのは疑う余地が無い。任務を説明する態度や物腰。感じるフォースは澄んでいて強く、先ほど顔を会わせた時に感じた乱れも今はなかった。綺麗な青色のライトセーバーだった。そう、ちょうどベンのフォースに相応しい。しかし、自分を見て、何故あれほど驚いたのか?

 謎は山ほどあるが、今は任務が優先だ。無事終えたら、判明するかもしれないし、任務の為言えない事もあるのかもしれない。
『大体、ベンという名前だって怪しいもんだ――』

 すると、デーダバッドの画面を指して説明していたベンの手が止まった。そうして、またあの大きな青緑の瞳でクワイ=ガンの顔を見た。
気付かれた?今度はクワイ=ガンが不思議な目でベンを見る。
『シールドを張っているのになんで……?』
今度はベンがさりげなく視線をそらした。

しかし、二人とも何も口に出すことはなく、再び任務の話を続けた。


 「北の国は将軍が実権を握り、首相はいいなりです。南の国は首相始め非戦論者が多く、和解調停に持ち込みたいと願っています。V―Tさえ手を引けば北もあきらめて調停に持ち込めると思います」
「襲ったのは北の将軍の手下か?」
「遠隔操作のアサシンドロイドでした。さっき着陸地点で襲ってきたのもそうです」
「マスター・トニックはいつ戻るんだ、連絡は付くのか?」
「わかりません。今私が、いえ私達がここですることは」
オビ=ワンはデータパッドに建物の見取り図らしい画像を表示させた。
「これは北の軍司令部の内部です。私達は数日ここに滞在していました。上の階がホテル並の設備の高官用個室や客室です」
オビ=ワンがデータパッドを操作すると、図面にいくつかのマークが現れた。
「山ほどカメラや盗聴器が仕掛けられていました。マスターはわざと瞑想する姿見せつけたりしてましたが」
また画面が切り替わった。

「これが、他の部屋に仕掛けられたカメラや盗聴器の周波数を操作して、こちらからも見られるようにしたものです」
「おいおい、ジェダイが覗き見か?」
オビ=ワンはくすりと笑った。
「――マスター曰く、軍人の覗き見など、まったく面白くもないしうんざりするばかりだが、情報収集の為我慢するとの事です」
「マスター・トニックは頭の固いカウンシルと違って世知に長けた人みたいだな」
オビ=ワンはクワイ=ガンを面白そうな目で見、黙って微笑んだ。


「で、その情報収集から得たことですが――」
ベンは軍隊が配備された位置、その役割分担、装備。さらには指揮系統まで調べ上げていた。クワイ=ガンは舌を巻いた。
「これ全部覗き見と盗聴で調べたのか?」
「――その言い方はちょっと、人聞きが良くないですね」
ベンは苦笑した。
「任務前の調査と、軍司令部にいたとき判った事を総合した結果です」
それにしても、よほど経験を積まないとできない技だ。クワイ=ガンだってこれほどは無理だ。
『――22歳というのは伊達じゃないんだな』
「え?」
ベンがまたクワイ=ガンを見た。
「いや、ところで今の時間はどうなんだ?」
「夜中ですから、当直以外は寝てるでしょう。もう一度チェックしてから、私達も少し休みましょう」
「わかった」
「コムリンクの周波数をこの数値にあわせてくれます?」
クワイ=ガンはベンが差し出したイヤホンを耳に当てた。
「この周波数だな。お、音が入ってきた」

「……」
「何?」
「この声は、何だ?」
「何処?」
「この周波数だ。話し声じゃないが――」
どれ、とベンはモニターを見た。
「確か司令部の周辺の部屋、ここは音声だけですね」
次いでスピーカーをオンにし、微かに眉を寄せ集中したベンの表情がみるみる変った。
「これって――」



続く

 
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