The Bridal Rose 1 | |
荒野の住まいから久しぶりにモス・エスパに出かけたオビ=ワンは、何時もと違う騒然とした雰囲気に気づいた。理由はすぐわかった。貨物と客を乗せた大型の宇宙船が事故でもあったか、街のはずれに不時着していた。ざわざわと野次馬が取り囲み、不安げに寄り添う乗客らしい人々に乗務員が説明している。 単調なタトウィーンの暮らしではこんな出来事でも格好の話題になりそうだが、自分には関係がない。深くフードをかぶり、オビ=ワンは必要な品を仕入れようと路地へ足をむけた。ふいに、後ろから強くぶつかられ、少しよろめいた。 走ってきた乗務員姿のエイリアンは軽く舌打ちし、前方に大声で呼びかけた。 「2時間後に出発だ!」 先にいた数人が振り向いた。ローブ姿の一行の中の一人がうなずくと、別の一人が乗務員に近づいてチップらしきものを渡す。乗務員はオビ=ワンを無視して急いで行ってしまった。 「お怪我はございませんか?」 久しぶりに聞いた正当な銀河ベーシック語、しかも上流階級で使われるような言葉づかい。歳の頃は30過ぎだろうが、金色に近い茶色の髪と深い青い瞳の美しい女性だった。 女性は、無言で肯いて顔を上げたオビ=ワンを見て、ほんの一瞬、目を見張った。 少し離れた一行から女性に声が掛かった。 「どうしたの?」 女性の白い華奢な手が伸びた。 「まって、あなた」 その手が逃さないとでもいうようにオビ=ワンのローブを掴んだ。 「少し話しませんか。お手間はとらせません」 オビ=ワンは、女性を見やって眉をひそめた。 「いえ、用事がありますので」 女性の連れの一行も急ぎ近づいてくる。主人らしき身なりの年配の婦人と、使用人らしい若い女性。さらに、はっきりと警護役とわかる体格のいい二人の男達。 オビ=ワンはたちまちこれらに囲まれる形になった。 「――危害は加えません。お茶を一杯さしあげたいの」 唇を結び、一行を伺うオビ=ワンに女性は静かに言った。 近くの、日差しと砂ほこりを防ぐ布が廻されただけの店の隅のテーブルに女性とオビ=ワンは腰を降ろした。 他の女性達は別のテーブルに座り、警備の二人は立ってあたりを伺っている。 女性はフードをはずし、オビ=ワンを覗き込むように見た。強い日差しで白茶けた短い金髪、無造作にのばした柔らかな顎髭と口髭。ジェダイだった頃の精悍さは影を潜めているが、湖水色の瞳は昔と変わらない。 「以前、お会いした事があると思います」 「誠に申しわけありませんが、覚えがありません」 「会ったのは20年ほど前の惑星アドリア。今は、帝国からの難民同然です」 「20年前、アドリア……?」 「マルグリットと言います。結婚式でお会いしました。それに、あなたがコルサントを拠点に活躍されていたこともよく存じています。見間違えるはずはありません。」 それから唇で囁くように続けた。 「私は味方です」 オビ=ワンは瞳をあげて女性を見た。地味な旅行着姿だが、明らかに身分ありげな言葉使いと物腰。 「……あの時の花嫁、アドリアの王女?!」 女性はうれしそうに頷いた。 「無事でいらしたのですね」 思い出は20数年前を一気にさかのぼる。 扉を開けたオビ=ワンの目に飛び込んできたのは一面の白、一瞬頭の中が真っ白になったかと思ったほどだが、現実に目の前は白以外の色彩はほとんどなかった。それでも一拍おいてようやく理解できたのは、室内の壁も天井も床も柱も白一色で、幾重にも吊るされた薄衣の幕がふわりと動いたので、やっと事の次第がわかりかけてきた。見失った師を追って入った部屋を間違えてしまった、ということも。 「どなた?」 奥から女性の声がした。 とっさに返事もできず、かといってこのまま立ち去ってしまうのもためらわれてオビ=ワンが突っ立っていると、白一色の室内に少し目が慣れたところに、紛れもなく人が現われた。黒髪をきっちりと結い上げた女性は長い薄緑色の服を着ている。 「時間ですか。……お嬢様のお身内の方?」 「いえ、私はジェダイです。部屋を間違えました。申し訳ありませんっ」 深く頭を下げ、あわてて部屋をでようとした青年を女性は引きとめた。 「ジェダイ!?でもその衣装は、ちょっとまって!」 「ばあや、どなたがいらしたの?」 はりのある子供のような声が聞こえて、衣擦れの音が近づき、幾重もの白い幕の中から声の主が姿を見せた。 それはまるで、早春の花の精が現われたようだった。小さな白い顔にほっそりした肢体をひらひらと幾重にも花びらのような布が包んでいた。肌に触れる部分は純白なのに良く見ると、裾や縁にはうっすらと薄紅がはいっている。まさに咲きかけた可憐な薔薇のよう。そして少女はオビ=ワンと似た色の波打つ金色の髪と深い青の瞳をしていた。 「プロスの国王陛下!?」 少女はオビ=ワンを一目見ると顔を輝かせ、大きな瞳をさらに見開いて、とっさに上体と腰をかがめて礼をとろうとした。 勘ちがいにあわてた乳母がすぐに声をかける。 「いえ、違いますよ。ジェダイの方だそうです」 「ジェダイ……?」 「コルサントから見えられた来賓の方です。お部屋を間違えられたそうです。お嬢様」 あら、とこころもち残念そうに少女は声を落とした。 「でもその格好は――?」 二人に言われ、オビ=ワンは自分の衣装を見直した。 今朝、式典用にと届けられた衣装は豪華なものだった。白色なので一見それとわからないが、前の打ち合わせや袖はジェダイの服に似ていた。生地は上等な薄手のシルクで丈が長く、縁は良く見ると淡い緑色。それを何枚か重ね着し、最後まとった長いマントは銀糸で家紋の刺しゅうを施したうえ、縁に真珠をちりばめてあった。 それはたしかに少女のドレスと対をなしているようにも見える。 「花嫁様のご兄弟とかお身内の若い殿方の式服でございます。ご来賓に特に用意したのでしょう」 それに、と乳母は少女に言い聞かせる口調で言った。 「花嫁の親族の男性が白、花婿様だけが青と申し上げましたでしょう」 「そうだったかしら……」 「お嬢様が何を思ってか、式の前に花婿様のホロは見なくていいなどとおっしゃるから、人違いなさるのです」 「だって、顔をみて好みじゃなくても断れないのですもの、それならいっそ式で始めてみたほうがましなような気がするのよ」 「まったく、変なところで頑固なんですから。国王陛下はご立派な容姿の方だと皆おっしゃっていますでしょう」 「15歳年上で側室が何人いるとかも――」 「お嬢様っ!」 「――あの、失礼致します。本当に申し訳ありません」 必死に動揺を隠して去ろうとするオビ=ワンに、少女はまだあどけない笑みでにっこりと見返した。 「お名前と歳を伺っていいかしら?告げ口なんてしないから安心して」 「ジェダイのパダワン、オビ=ワン・ケノービと申します。19歳です」 少女は小さな溜め息をついた。 「歳も見た目もずっと私と似合いなのに残念だわ」 「何て事を、お嬢様」 「今だけよ。アドリアの王女の名にかけて不名誉などおこさないから安心して」 少女は乳母に向っていった後、背筋を伸ばしてオビ=ワンに向き直った。 「はるばるコルサントからお役目ご苦労、ジェダイパダワン、オビ=ワン・ケノービ殿。良き滞在になりますように」 うってかわった威厳に満ちた少女の声にオビ=ワンも居住まいを正した。 「無作法にもかかわらず、ご寛容なお言葉を賜わり、篤く感謝申し上げます、プリンセス」 オビ=ワンは長いマントを優雅にさばき、テンプル仕込みの、いや、多くの高貴な人々をも圧倒してきたクワイ=ガン仕込みの優雅な所作で深々と礼をとった。 「では、ごきげんよう」 改まった口調で別れを告げると、オビ=ワンが頭をたれて入る間に、ドレスの裾をひるがえして向きをかえ、花嫁は乳母をしたがえて奥に去っていった。 そっと扉をしめ、オビ=ワンは息を整えた。まさかよりによって花嫁の控え室に迷い込むとは。警備が手薄ではないはずなのに、と思って気づいた。そう云われれば、親族の男性用のこの衣装のせいかもしれない。 オビ=ワンは急いで部屋の前を離れ、師を捜した。フォースをたどってクワイ=ガンを、探し当てた時、向うも弟子の姿を見つけ心配げに近づいてきた。 「どこに行っていた、パダワン。迷ったか?」 「――図星です」 「まあ、いい。まだ時間はある」 クワイ=ガンが弟子を連れて行ったのは、来賓用の控え室らしかった。 広い室内には数組の参列者がそれぞれのテーブルに掛けていた。 「案内がくるまで、待機だ。何だ、私の服装がどこかおかしいか?」 弟子は、アドリア貴族の正装らしい長い装束をまとった師をまじまじと眺めた。 「いえ、あの、とてもご立派です」 クワイ=ガンの長身と堂々とした上品な風貌にその装束は確かによく似合い、誰にもひけをとらない、オビ=ワンは内心感嘆を覚えながら、はにかむように付け加えた。 「でもマスターと私では少し違いますね」 確かに型は似ているが、クワイ=ガンのは薄い絹でなく、落ち着いた生成り色の絹の長い衣装で、まとったマントも刺しゅうの縁取りがあったが、真珠などはついていない。 「お前の衣装は若者用だろう。なかなか似合うぞ」 「どうも、花嫁の親族用らしいです」 「うん?」 オビ=ワンは一部始終を話した。 「急な任務で下調べができなかったのですが、惑星アドリアの貴族の令嬢と惑星プロスの国王の結婚式でしたね」 「ただ式に顔出しすればいいからな。ジェダイなら誰でもよかったんだ」 「花嫁があんなに若かったなんて驚きました。それに明らかに政略結婚でしょう」 「王族では珍しい事ではない」 「王女も納得ずくだからいいんでしょうけど――」 あれ、とオビ=ワンは首をかしげた。 「この惑星アドリアは共和国ですよね。王族はいないのに王女と言ってました」 「それは特別な女性にだけ許される称号だ」 クワイ=ガンは弟子に説明した。 もともと惑星アドリアは商人が自治政府を行っていた。有力な商人達が貴族となり、惑星元老院を組織して政治を行ってきた。元首も元老院内の選挙で選ばれる為、決まった王族はいない。が、アドリアの政治力と経済力、さらに軍事力は強大で、銀河中をアドリアの商人が行き来し、コルサントの元老院にも多大な影響力をもっている。 その中でも、アドリアがある惑星と強力な同盟を結ぶ為に婚姻を行うことがある。アドリアの有力貴族の令嬢から選ばれた女児は、徹底した花嫁教育を受ける。嫁ぐ事が決まった娘はアドリアを代表する存在として、アドリアの王女という特別な称号を与えられ、莫大な持参金と多くの従者を従えて嫁いでいく。 「アドリアの経済力と文化水準の高さは、そのへんの王家など比較にならないほどだ。実際、王女がくれば文化水準は上がるし、経済的にも潤う」 「花婿のプロス王家も小さな惑星ですしね」 「アドリアは交易の要所のプロスを長年配下にしたかった。切り札として花嫁を送ることにしたんだな」 オビ=ワンはクワイ=ガンが差し出した婚礼式典の資料をみた。 「花嫁の名前はマルグリット・コルネー。まだ13歳ですか。祖父や伯父も元首を努めたことがあり、父親は元老院議員。母親も名門。兄達や一族も皆有力者だ。典型的なアドリアの娘ですね。男性だったらさぞ銀河中を飛びまわって活躍できたんでしょうが」 「お前の話からすると、意志の強いお姫様らしいな」 「気丈そうでしたが、まだ子供に近いのに何だか痛々しいですね。見ず知らずの15年上の男性に嫁いでいくなんて」 「王女という称号はだてじゃない。政治家も及ばない第一線の外交官としての役目もある。ただのお姫さまでは務まらんぞ。アドリアの強力な後ろ盾があるしな。それに――」 クワイ=ガンは声を落とした。 「おそらく、今日の婚礼には当の花婿は出席しない」 「え?」 続く |
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