Occationally2  − 恋人達のバレンタイン − AU設定 マスター生存&ナイト・オビ=ワン
「え?」
「この、表面の白い粉だ」
「――これは、パウダーシュガー、飾り用の粉砂糖です」
「砂糖にしては変った味だな」

 オビ=ワンは片眉を上げ、クワイ=ガンが示した白い粉のごくわずかな部分を指先ですくい、舌に乗せた。無味無臭だが、射すような刺激を感じる。寄せた眉が険しくなり、黙って踵を返し、すぐに隣りの部屋から、小さな機器を手に戻ってきた。
「分析をかけてみましょう」

 結果は、二人の予想通り、通常は出回るはずはない人体に害を及ぼす物、毒性の強い麻薬だった。
「……ジュディは予想外でした。どこも不審な点はなかった」
「お前の正体はわれていないはずだったが、これは警告か」
「さあ、とにかく彼女に接触してみなければ」
「ふむ、だがこれは奇妙だな。薬が検出されたのは私が食べたこの部分だけだな」
「そうですね。あとは全部、本物の砂糖です。他はどこも普通のケーキです」
オビ=ワンは、かつて無いほど真剣に、ジュディのケーキを調べながら残らず食べたのだった。

「まず、連絡をとってみましょう」
オビ=ワンは通信機をとりあげた。

「ハイ、ジュディ?オビ=ワン・ケノービだけど、先ほどはありがとう」
通信機の向うで、息を飲むのがわかった。
「今食べてたんだ。すっごく美味かった。さっきは、ろくにお礼も言えなくてすまない。ここでこんな素敵なものを貰えるとは全然思っていなかったから驚いてしまってね。手作りなんて初めてだよ!」
通信機で小さく応える声にオビ=ワンはおおげさと思えるほど畳みかける。
「嘘じゃない!本当にこんな美味しいケーキをもらったのは初めてだ。実は甘いものに目が無くてね」
相手に合わせ、オビ=ワンも楽しそうに笑い声を立てる。
「とてもいい思い出が出来た。残念だけど来月はいられないし、お返しと言うほどじゃないけど、よければ食事でもどうかな?」


 通信を終えたオビ=ワンは、クワイ=ガンに向い直った。
「ジュディはまったく疑わしい感じはしません。これでクロだったら凄腕のプロですね。とにかく、よく話を聞いてきます」
「どこで逢うんだ?」
「近くのレストランです。通信機はあなたも聞けるようにオープンにして話します。それと、これがジュディのルームナンバー、1時間あれば仕事は済みますよね、クワイ=ガン」
「充分だろう」
では、とオビ=ワンは上着をとりあげ、外から見えないよう腰にライトセーバーを付けた。


 オビ=ワンがお菓子作りの知識を駆使したさりげない質問にも、クワイ=ガンの室内捜索にも、ジュディは何ら疑わしい点はなかった。だが、事態は意外な展開をみせた。
ジュディは部署は違うが、同僚で友達のヘザーと一緒にチョコレートケーキを作ったのだという。

「彼女、最近ボーイフレンドとうまくいってないので、今年は頑張ったの」
初心者のヘザーのため、調理器具なども貸してやった。
「ヘザーはすごく一生懸命で、私の都合が悪いときは、自分一人でも練習してたわ」
「それほど好きなんだ。君はヘザーのボーイフレンドを知ってるの?」
「ええ。だって、住まいは同じ社員宿舎内だけど、彼女と一緒に暮らしてるようなもんだから、それが、最近よそよそしいんですって」
「その、一度彼女が男性といるところ見かけたことあるけど」
オビ=ワンは声をひそめた。
「ひょっとしてヘザーのボーイフレンドは――」
ジュディはこくりと頷いた。


 ジュディを笑顔で見送ったオビ=ワンはクワイ=ガンに連絡を入れた。
「彼のルームナンバーです。私はこれからヘザー達が予約したという店に向います」
オビ=ワンがカップルでにぎわうお洒落なレストランへ行ってみると、ヘザーが一人でぽつんとテーブル席に座っている。しばらく外で様子を伺っていても、いっこう連れは現れない。まちぼうけをくっている若い女性はそれでもじっと前をみつめ、ときどき、物音に顔をあげ、すがるように入り口を見る。

 振動にしていた通信幾が鳴った。
「――それらしい通信記録はみつけたが、証拠物件は出てこない」
「もしかして、彼女の部屋に隠してあるかもしれません」
オビ=ワンは今の状況を告げた。
「男の風上にも置けないやつだな」


 しばらくして、再びクワイ=ガンから連絡があった。
「見つけた。ごく少量だが、戸棚の調味料の中にまぎれこませてあった」
「何かで、ジュディの貸した器具に粉が付着したようですね」
「奴は来たか?」
「いえ、気の毒にすっぽかされたみたいです」
「お前はいつまでそこにいる?」
「もしかすると、彼は仲間と会ってるかもしれません。場所は――」
「わかった。ではその前で」



 数時間後、二人は白み始めた宇宙港にいた。
あの後、オビ=ワンが目星をつけていた人物の住まい近くの酒場で二人を発見した。抵抗したが、所詮ジェダイの敵ではなかった。二人以外にも芋づる式に関与している者がわかった。中には研究所の大物もいた。

 クワイ=ガンは初期の目的を終え、オビ=ワンは引き続き、惑星政府の警察と協力して全容の解明にあたることになった。

「任務のめどはついたが、ジュディとヘザーには気の毒だったな」
「ええ、でも次はいい人が現れますよ。ジェダイや犯罪者じゃなくて、普通に彼女達を思ってくれる男性が」
「バレンタインに一生懸命手作りするけなげな女性だ。今にいい事があるだろう」
「手作り品が好きでした、クワイ=ガン?」
「気持ちがこもっていれば、こだわらん」
オビ=ワンは懐かしげな眼差しでうすく微笑んだ。
「――弟子だったころは、いつもどうしようかと考えたものですが、最近のバレンタインデーはほとんど任務でしたね」
「それに、私は甘いものは苦手だ」
「今度テンプルで逢えたら、あなたの好物をつくりましょう」
「そうだな、そのうち」
「時間のようですね」
クワイ=ガンの乗る客船が搭乗を始めたのを眺め、オビ=ワンが告げた。

 身長差のある元師弟は、軽く抱き合って、頬を寄せる。
「オビ=ワン」
「え?あんっ、む――」
低く囁かれ、素早く押し当てられたクワイ=ガンの唇はオビ=ワンの唇を押し開き、するりと何か口移しされた、と思う間もなく、甘い味が広がった。
『マスター……』
「たまには私がやってもいいだろう。もとはお前の部屋にあったものだが」
大きな瞳を見開いて、齧るか飲み込もうか迷っている青年にクワイ=ガンはにやりと笑って見せ、長いローブを翻し、客船に乗り込んで行った。



 あれからいくつかの任務を終え、ナイト・オビ=ワン・ケノービは久しぶりにテンプルに戻ってきた。評議会への報告や留守中の連絡や処理など、一連の用が済んでようやくオビ=ワンは通信機を手にとった。
「クワイ=ガン?今戻りました、オビ=ワンです」
「ご苦労だったな、部屋までたどり着いたか?」
「リフトです。もうすぐ着きます」
「食事はどうする?」
「一旦荷物を置いてから食堂にいくつもりです。よければいっしょに――」
「わかった」
「って、マスターッ!クワイ=ガンッ!」

 唐突に切れた通信に軽い吐息をもらし、オビ=ワンはリフトを出た。
歳のせいで元師はせっかちになったのだろうか。大急ぎでシャワーをあびて食堂にいかなくては。そんなことを思いながら自室の前についたオビ=ワンが手を触れようとしたとたん、扉は音もなく開いた。

 誰もいないはずの部屋の中にあたりまえのような顔で座っているのは、まぎれもなく元の師だった。
「おかえり、オビ=ワン」
「マスター……、驚かせないでください」
「案外早かったな」
「ただ今戻りました。クワイ=ガン」
「怪我はないか、よく見せてくれ」
「この通り、どこも――」
後は、広い胸に抱きこまれ、言葉にならなかった。

 頬を染め、ようやく暖かい腕から身体を離したオビ=ワンがテーブルに目をやると、一本の見覚えのないブランデー。
「これは?」
「ヴィンテージ・アルマニャックだ。お前が私宛に取り寄せてくれたものだろう」
「ああ、そういえば」
「今年のバレンタインデーに届いていた。二人ともテンプルにはいなかったがな」
「そうでした」
「私の元弟子は律儀だな」
「習慣というか、忘れたら後がこわそうで」
「――まあ、いい。食事は手製じゃないが、今暖めている、量もたっぷりある」
「ありがとうございます。さすが、マスターですね」
「さっさとシャワーを浴びてこい」
「はい。ええと、あの、クワイ=ガン」
「なんだ」
「愛しています」
クワイ=ガンはオビ=ワンを振り返った。

 唐突にそんな事を言った本人は、よわい30過ぎの立派なジェダイナイトだ。が、うなじにかかる柔らかな金褐色の髪、うっすらとのびた金色の無精髭。そして思わず見入ってしまう大きな湖水色の瞳。照れをにじませて見つめてくる笑顔は少年のようだ。

 自身の歳などめったに意識することはないが、師弟であったころより衰えているはずの自分を変らずに愛してくれる恋人を心から愛しいと思う。

「告白か?バレンタインはとっくに過ぎたぞ」
「これまでも、そしてこれからも」
「顔を見ればわかる」
「そうですね」
オビ=ワンは心底嬉しそうな綺麗な笑顔をみせた。
「私もあなたの顔をみればわかります」
「――カンが鈍ったな、オビ=ワン」
「はい?」
「そんな顔をするとこのままベッドへ引きずり込みたくなる」
「!!」
「無事に食事したかったら――」
オビ=ワンは、驚きとあきらめの混じった複雑な青緑色の瞳で長身のクワイ=ガンを見上げ、くるりと背を向けてバスルームに消えていった。



End

書いてて、オビ=ワンも強くなったけど、マスターってお年を召してもあいかわらずだなぁって思いました(笑)
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