− 国 王 −  (2)

 一面に大きく国王の写真、見出しは『皇太子殿下ご婚約!?』
夜会服姿の国王と皇太子が、それぞれロングドレス姿の女性をエスコートしている。
『かねてより噂のあった皇太子アナキン殿下とナブー国のパドメ姫が近く婚約を発表する模様。申し分のない縁組で国王一家も関係者もこの結婚を喜んでいる――』

 夜会服の国王は煌びやかな勲章をつけ、アナキンの母である前王妃をエスコートしている。それはどうみても完璧な王室一家の肖像で、まるでおとぎ話のような、自分とは無縁の夢の世界。ほんの一筋も自分の入る余地などあるはずもなかった。地位も名誉も望まなかった祖父や、つい先日まで祖父のように生きたいと考えていた自分の住む世界とは、あまりにも違う。
オビ=ワンはくいいるようにその写真を眺め続けた。

 それから間も無く、オビ=ワンは返事を書いた。書き出しは、国王陛下、と綴った。

 自分に仕事を得る機会を与えてくれて本当に感謝している。だが庶民の生まれで、まったく上流生活に縁のなかった自分が王宮で勤まるとは思えない。やはり家族の意志を次いで法律の道に進みたい。末永く陛下とご家族の幸せを願っている。

 あなたの臣下、と書きかけてペンが止まる。王宮で働くことになれば、文字通り、生涯オビ=ワンは王の臣下でしかなかった。自分は何を望んでいたのだろう。天涯孤独な自分はクワイ=ガンに父や兄を見ていたのだろうか。それとも友情だろうか。いくら身近に仕えても、許しがなければ側にいくことも話をすることも出来ない。王の家族や友人とは決定的に違う。

手紙の最後に、あなたの昔の隣人、とオビ=ワンは書いた。


 翌年、オビ=ワンは大学を卒業した。卒業後はある法律事務所で働くことにした。しばらく経験を積んだ後、大学へ戻ってさらに勉強しようと決心していた。
卒業の日、クワイ=ガンから祝いにとペンが贈られた。それを届けた執事はオビ=ワンのガウン姿に目を細め、主人にその姿を見せたいからと、連れてきたカメラマンがオビ=ワンを撮影していった。

 オビ=ワンが忙しく仕事で飛び回っている頃、アナキンが結婚した。ハンサムで精悍な若き皇太子と、美しく才媛の誉れ高い王女の結婚に国中がわきたった。オビ=ワンもひとごみにもみくちゃになりながら、この日だけ一般の出入が許された王宮の庭から、新夫妻と王族がバルコニーで人々の祝福に応える姿を見た。久しぶりに見るクワイ=ガンは少し白髪混じりに見えたが、その笑顔はいつも写真で見る儀礼的は表情と少し違い、本当にうれしそうだった。


 祝事があった数ヵ月後、オビ=ワンに思いがけない知らせが届いた。オビ=ワンが祖父と暮らしていた家の土地の管理をまかされた弁護士だった。
その土地の持ち主が亡くなった後、あの家はベン・ケノービが所有しており、現在の権利は相続人のオビ=ワンにあることがわかった。隣の土地の所有者、すなわち王家の持ち物だが、地続きの土地を購入したいと希望しているという。
ついては、適正な価格で建物を買いたい。その後の建物の管理や処分は新所有者に一存され、オビ=ワンは一切関知できないのを承諾願いたい、とあった。


 オビ=ワンは懐かしい沼辺の家に立っていた。長年無人なのによく保存されているのは、以前祖父に世話になった管理人夫婦が日頃から手入れをしているという。カバーをかけたいくつかの家具だけが残るがらんとした室内を通り、オビ=ワンはバルコニーに通じる大きな扉を開けた。

 幼い時の記憶も、あの時も、そこから見る水辺の向こうによく手入れされた庭と森が広がっていた。そしてあの時、クワイ=ガンはそこから姿を表した。が、今日はどこにも人影はない。多忙な国王は、いつも週末休めるわけではないのだろう。密かな期待が外れたことに内心苦笑して、オビ=ワンは大きく背伸びし、すがすがしい空気をいっぱいに吸い込んだ。

 未だはっきり決めていなかったが、出来ればこの家を手放したくなかった。維持費がかかっても、週末や休暇にこられればいい。――自分で断ったはずなのに、胸の奥深く、いつかはクワイ=ガン逢えるかもしれないという一縷の望みを抱いていた。ここでなら、二人を隔てる世界の遠さを感じさせない。

 日暮れにはまだ早いが、乗り物の時間が迫っていた。扉を閉め、玄関の鍵を掛けていたオビ=ワンの耳に犬の鳴き声が飛び込んできた。それは次第に近づいてくる。

 オビ=ワンは建物を離れ、とっさに塀の影に見を寄せた。隙間からそっとうかがうと、やがて小さく見えた姿は、犬達と共にまっすぐ此方へ向って歩いてくる。オビ=ワンには、顔が見える前から長身のその姿が誰かわかった。たった今まで逢いたいと願っていた人だった。


 近づいてきたクワイ=ガンは沼の反対側の岸で立ち止まり、犬達に声をかけて足を止めた。そうしてわずかに目を細め、向う岸の窓が閉じられた家を見る。すぐには立ち去らず、草の上に腰を下ろして長い脚を伸ばした。しばらくそうしていたが、ジャケットの内ポケットから手帳のようなものを取り出し、何やら書きつけ始めた。それから筆を止めて書いたものを読み返し、小さく息をついてそのページを破り、再び手帳に挟んだ。

 オビ=ワンは何故か出て行くのも気が引け、動いたら音を立てそうで、クワイ=ガンの十数メートル背後の塀に身体をつけ、出来る限りじっとしていた。
その時、人に気付いた犬が、塀の向うから吠え出した。クワイ=ガンは犬達に声をかけた。
「何かいるのか?」

 犬はこの塀をこえられない。オビ=ワンは身をすくめ、何とか鳴きやんでくれるように祈る。クワイ=ガンが不審そうに眉をひそめ、立ち上がった。そのひょうしに手に持った手帳が開き、はさんであった紙片がこぼれ、風に吹かれて湖面のほうに飛んだ。

「おっと!」
その紙片はひらひらと舞いあがり、オビ=ワンの目の前を通りすぎ、水面におちていった。
クワイ=ガンが慌てて後を追い、岸から手が届かないと見るや、当たりを見わたして枯れ枝を一本むしり、紙片を寄せようとした。それでも届かないと知ると、上着を脱ごうとした。
オビ=ワンは、塀の端から飛び出した。

「いけないっ、クワイ=ガン!」
「……オビ=ワン!?」
「僕がとってきます」
 叫びながら、オビ=ワンは上着を取り、靴を脱ぎ捨てる。唖然とするクワイ=ガンを一瞥し、一瞬ためらったが、オビ=ワンはシャツとズボンも脱いだ。前だけを見、水の中に足を踏み入れた。春先の沼の水は身を切るように冷たい。それでもオビ=ワンは唇をかみしめ、足をすすめた。

 記憶ではそれほど深くはないはずだったが、腰まで水につかった。紙片に注意しながら近寄り、腕を伸ばして掴んだ、と思った瞬間、体が傾き、オビ=ワンはざぶりと胸まで浸った。
「オビ=ワンッ!?」
「拾いましたー」
オビ=ワンは白っぽい紙片を手にして掲げ、振り向いてクワイ=ガンに笑いかけた。
「大丈夫か?」
「心配ないです」
自由なほうの手で水をかきながらオビ=ワンは岸に近づいてきた。クワイ=ガンが岸すれすれに呆然としたまま立っていた。

「君はいったい……」
クワイ=ガンは複雑な表情をうかべてオビ=ワンを見ている。
オビ=ワンは濡れた紙片を差し出した。
「大事なものかと思ったものですから」
「……ああ、どうもありがとう」
我に返ったように、クワイ=ガンがオビ=ワンに手を差し伸べた。

「うわっ!」
「あ、ああー」
手を貸してオビ=ワンを引きあげようとしたクワイ=ガンは湿った水辺ですべり、バランスを失って水の中に倒れ込みそうになる。オビ=ワンはとっさに腕で支えて止めようとしたが、体格の差はどうしようもなく、派手な水しぶきをあげ、青年は大きい身体の下敷きのような格好で、二人とも浅い水辺に横倒しになった。


「――水遊びには少し早いと存じますが」
二人を見た執事は、開口一番眉をあげて言った。

 全身びしょ濡れというよりは、よくみると奇妙だった。クワイ=ガンは上半身はたいして濡れてないが、ズボンや靴は水浸し。一方の青年は、濃い金髪も長い睫も頭から水にもぐったように濡れ、身体中凍えたらしく白蝋のような肌色だった。だが、上着やズボンは濡れていない。クワイ=ガンは眉尻を下げ、言った。
「私が彼を巻き込んで水に落としたんだ」
「すぐに熱い風呂を用意させます」

 大急ぎで二人分の風呂が仕立てられ、やがてよく暖められたオビ=ワンは、着替えの後、奥の一室に通された。大きい暖炉にたっぷりと薪が燃やされた居心地よさそうな部屋だった。シャツとズボンにウールのガウンを着込んだクワイ=ガンが椅子から立ち上がった。オビ=ワンも執事が用意してくれたガウンとセーターを着ていた。

「大丈夫か?」
「あなたこそ」
「まったくすまなかった」
「僕こそ、かってにご迷惑をかけたような気がします。――大事なお体なのに」
「ああ、私なら心配ない」
椅子をすすめながら、なおも心配気な青年を安心させるように笑顔をむける。
「子供のときはしょっちゅう水に落ちたり、木登りして執事を悩ませたもんだ」

「本当でございますよ、ケノービ様」
そこへ熱い茶を運んできた執事が言う。
「ご主人様はほんとうにやんちゃで、私どもはいつもはらはらさせられましたが、お体だけは丈夫で、たいした怪我も病気もされませんでした」
「ありがとうございます」

 カップを差し出され、遠慮がちに礼を言う青年に、執事は穏やかに言った。
「かえって巻き添えになった私や召使いのほうが大変でございました。今度もケノービ様のほうがお風邪を引かないかと心配でございます」
「よく気をつけて、お世話してくれ」
「いえ、そんな……」
「かしこまりました」
うやうやしく、執事は退出していった。

 戸惑い顔のオビ=ワンを安心させるよう、クワイ=ガンが言った。
「まかせておけばいい。彼は君が好きみたいだ。書斎に置いた君の写真を見ては早く連れてこいと目で訴えていたからな」
「え?」
「やっと君を連れてきたんだ。これまで何週間も私の仏頂面につきあわされた彼もホッとしてるだろう」
不思議そうに見上げるオビ=ワンに、クワイ=ガンはあの水から引き上げた紙片を差し出した。水に滲んだ紙片に目を凝らすと、それは『親愛なる昔の隣人さんへ』で始まっていた。

「あの家の入り口へ差し込んでおくつもりだった」
「何故そんな?」
「君に逢いたかった」
「今回のこと、あの家を僕から買いたいという話はご存知だったんですか?」
「執事が知らせてきた。買収を申し込んだら、きっと君が姿をみせると思った」
「だって――、じゃあ、今日は偶然じゃなくて」
「もちろん、毎週出来るだけ来ていたし、君の管理人にも頼んでおいた」

 平然と言い切った男をオビ=ワンはまじまじと見つめた。以前恩師が言った事を思い出した。国王はしたたかで、意志が強く慎重――。

「――どうして、私のようなものを」
「さあ。私にもわからない。只、君を抱え込むのではなく、気を使わない立場で話したかった」
「友情というようなものでしょうか?」
クワイ=ガンは眉間にしわを寄せ、言葉を搾り出した。
「……わからない。だが、もし君が女性だったら絶対プロポーズしていたと思う」
「はあぁ!?」
「幸い君は男性だ。身分違いの正式な結婚はいかに困難かとか、かといって愛人にはしたくないし、その前にいつ他の男に浚われるかと心配することもない」
「おっしゃる意味が」
「君に逢いたい。側におきたい。職員になってもらえばそれが叶うと思った。だが、君に断られて落ち込んだ」
「え?」
「もっと強引にすれば良かったとかいろいろ考えた。――そして気がついた。何故こんなに君が頭から離れないのか」
「……」
「……つまり、私は君を――」
「クワイ=ガン」
「愛しているんだ」

 一瞬オビ=ワンの息が止まり、目の前の、緊張で顔をこわばらせた男を見つめた。が、すぐにその顔がゆっくりとほころび、花のような笑みが広がる。
眉を開いたクワイ=ガンはオビ=ワンの手をとり、大事そうに口元に運んだ。
「初めて君の笑顔を見たときから」
「祖父を愛していましたが、こんな気持ちは始めてです。逢いたい、そばにいたい。それが叶わないならせめてひと目姿をみたい――この気持ちが愛というなら、……私も、愛しています」
「オビ=ワン!」
感極まった声があがると同時にオビ=ワンは大きな胸に抱き寄せられていた。
力強い鼓動が聞こえる暖かく逞しい胸、久しく失われていたすっぱりと包まれる安堵感。
痛いくらいしっかりと抱きしめられ、オビ=ワンは腕の中で幸福そうに息を付いた。
「ああ、すまない」
腕をゆるめたクワイ=ガンはオビ=ワンの顎を指で捕らえ、薄いばら色の唇に今度はとても優しく唇を重ねた。


 短い口づけの後、顔をあげたクワイ=ガンは、腕の中で恥ずかしげに伏せた瞼からそっと見上げるオビ=ワンの青緑の瞳を見つめ、低く呟いた。
「今までさんざん待ったんだ。もう少し待つことにしよう」
「待つって?」
ちょっと口許をあげクワイ=ガンはオビ=ワンを腕から放し、目を細めて青年を見た。
「立派な弁護士になったな。オビ=ワン」
「……あなたのご好意に応えられなくて、本当に申し訳なく思っています」
「いや、あれは一方的な申し出だった。今では君のキャリアを邪魔せずに良かったと思う」
「実務を学ばせていただいたので、そろそろ大学に戻ろうかと思っています」
「昔からの意志を貫くわけだ。素晴らしい」
「ありがとうございます。あの、遅くなりましたが甥御さんの御結婚おめでとうございます。王宮へお祝いに伺いました」
「ありがとう。それにまだ内緒だが、来年には彼らに子供が生まれる」
「本当におめでとうございます!」
「ああ、そろそろ甥夫婦に家業をまかせてもいいと思っている」
「……それは」
「もちろん正式に退位するには時間がかかるし、一線を退いても仕事を引退できる訳ではない。オビ=ワン、大学教授は定年があったかな?」
「いえ、殆どの方がご自分から退職されるまで大学におられます」
「国王と教授か。地味な仕事だな」
「クワイ=ガン?」
「百年前ならいざ知らず、現在の国王は戦争で大勝利を収めたり、贅を尽くした宮殿を造ったりするわけじゃない」
「あなたは国を平和に保ち、鉄道を整備し、新たな産業を奨励し、病院や学校を増やしました」
「議会が決め、省庁が行った事だ」
「王室の方々が絶えず奨励されたおかげです」
「君がそう言ってくれると、すごく報われた思いがする」
「――それは光栄です」
「この仕事で良かったことは、忍耐を学んだことだ。君を身近に置けなかったが、あきらめず時期を待とうと思った」
「……」
「君はあの家を手放すつもりか?」
「いえ、少し手を入れて、週末や休暇をすごそうと思います」
クワイ=ガンは肯いた。
「現役を退いた男と大学の教諭が、隣合わせた週末の家で親交を深めてもいいんじゃないか?」
「そうですね。地味な組み合わせですが」
「いずれ、いっしょに休暇をとって旅行へ行こう」
オビ=ワンははにかんだ笑みを向けながら、そっと服の上からクワイ=ガンの腕に手を触れた。
「――ええ、いずれ」
「その前に、たまに夜を共にすごしてもいい」
「……夜を、共に過ごす?」
その意味をはかりかね、手を止めたオビ=ワンの水色の瞳が困惑に揺れる。

 予想通り、オビ=ワンは学問一筋で遊びの経験が少ないようだ。待ち続けてやっと己の手に止まった小鳥を怯えさせないよう、大事に育もう。
クワイ=ガンの口元が綻ぶ。
「飲みながら語り明かすとか、ゲームをするとか。それに、こうみえてもダンスは得意だ。舞踏会用に子供のころから練習させられた」
「――私は何も知りませんが、教えてくださるなら」
「喜んで」
クワイ=ガンは満面の笑みでオビ=ワンの背を抱き寄せ、金色の髪に唇を寄せた。



End

 二人のキャラが普段と違いすぎます…… 演じる!?二人も肩こったかも(笑)
せめて、濡れオビのサービスショットをご想像ください。
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