− 国 王 − (1)
 小さい時大人になったら何になりたかった?と聞かれたら、子供の憧れたのはオルゴール職人、そして王宮の警備にあたる騎乗兵。真紅の制服に身を包み、背筋を伸ばして逞しい馬をあやつる男達は、幼い少年には英雄のように思えた。

 年の離れた兄と何人かの姉妹がおり、クワイ=ガンは次男坊だったので家業を継がなくても良かった。10代の始めに寄宿学校へ入り、休暇や何かのときに帰省する意外は、卒業するまでけっこう気ままな生活を送った。卒業してから軍隊に入り、地方に数年赴任した。もともと都会より田舎が性に合っており、そのままで良かったのだが、突然家に呼び戻された。家業を継ぎ、家庭をもっていた兄が急死したのだった。

「勿論、あなたが王位を継がなくてはなりません、クワイ=ガン」
「しかし母上、兄上にはれっきとした王子がいるではありませんか」
「王子は幼すぎます。せめて10年、いえ王子が成人するまで、弟のあなたが王になるべきです」
「プリンス、クワイ=ガン。これは皇太后陛下のみならず、未亡人の王妃や議会のたっての願いなのです」

 数分間の沈黙の後、クワイ=ガンは心を決めた。大人になったらなりたかった仕事は生まれのせいで叶わなかった。軍隊にはいったが、当然王宮の騎乗兵にはなれなかった。そうして、この国では一人しか定員がいなくて、自分は決して就くことはないと思っていた職業、国王にならねばならなかった。

「わかりました。王子がふさわしい年齢になるまで国王を務め、国のために力をつくし、しかるのち王位を譲りたいと思います」
クワイ=ガンを凝視していた皇太后と重臣たちから、一斉に安堵の息がもれた。
「それと、私は王位にいる間結婚するつもりないし、隠し子もいない。公式の愛人も不用。必要な社交の外に割く時間はいらない」
周りは大きく肯き、一様に肯定を示した。

 こうして、クワイ=ガンは大陸でも由緒ある家柄を誇る小国の、何代目かの国王になった。もっとも絶対王政の時代はとうに過ぎ、政治は議会と内閣と省庁が国政を担っていた。それでも王家の存在は大きく、一旦王位につくと仕事は激務だった。

 クワイ=ガン・ウィリアム・ジョン――さらに、いくつか先祖から受け継いだ名が続き、最後にジン何世、で終わる長い正式な名前。クワイ=ガンが王になることを決意した次の日にまずしたことは、長い柄の羽ペンで習慣にのっとった国王の署名を練習することだった。

 執務室にこもりきりで書類に埋もれることもしばしば、その合間に、会議やら謁見やら行事やら、父や兄がそうしてきたように、クワイ=ガンは黙々と仕事に励んだ。



 目立たないように王家の紋章をつけた2台の大型車が静かに郊外を走っていく。やがてそびえるゲートをくぐり、見事に手入れされた庭園を抜け、歴史を思わせる邸宅の前にすべるように止まった。
「到着でございます。陛下」
少し背を屈め、長身の男は車からおりた。週末に国王が過ごす、離宮というよりはちょっと大きい別荘といった館は、クワイ=ガンが行事のない週末や休暇に一人きりで過ごす場所だった。といっても最低限の使用人や警備員はいる。

 一旦中でくつろいだ後、クワイ=ガンは2匹の犬を連れ、外に出た。夕暮れにはまだ早く、気持ち良い小春日和だった。敷地内の散歩には警備も張り付くことはない。もっとも訓練された大型の狩猟犬なら、不審者などすぐに捕まえてしまうだろう。

 人工的な前庭と違い、館の裏には自然のままの森が広がっていた。小川があり、小鳥やりすが姿を見せるクワイ=ガンの気に入りの散策コースだった。
小川の先に小さな沼があり、ここまでが館の敷地で、表と違い低い塀がめぐっていた。そして沼の向うに一軒の小さな家が建っていた。聞いた話では隣の敷地の主は訪れることはなく、沼のほとりの家は以前その地主の知り合いが住んでいたが、10年以上も前に無人になっていた。

 が、その日クワイ=ガンはいつもと違うことに気づいた。はじめは何なのかわからなかった。しかし、いつもは窓を覆っていたカーテンがひかれ、ちらりと人影が動くのを見た。
クワイ=ガンは犬達を制し、高い草の陰に屈んで沼をへだてた家を伺った。すると、水辺に面したバルコニーの窓が開かれ、一人の青年が姿をあらわした。

 その姿を見たクワイ=ガンは静かに立ち上がった。伏せていた犬達も立ち上がり、指示を促すかのように低く唸った。青年がそれに気づき振り向く。クワイ=ガンと目が合った。瞳の色まではわからないが、金褐色の髪と整った顔立ちの青年は大きく目を見開き、瞬きもせずにまじまじとこちらを見ている。

「やあ、こんにちは」
「……」
「隣のものだが、週末にきたんだ。そこはしばらく無人だったからどなたかと思ってね」
「……怪しいものではありません。管理人に開けてもらいました」
青年は僅かに外国語なまりがあった。
「前にいたことがあるのかな。私はここ数年くらいしか知らなくてね」
「幼い時、しばらくいたことがあります」

 押さえ気味だが、やや高めのふくらみのある心地よい声だ。青年はクワイ=ガンが国王とは気づいていない。知られる前に、もっと青年を知りたくなった。
「私はウィリアム。君は――」
「オビ=ワンといいます」
「オビ=ワン、その、滅多に出遭えないご近所さんだ。できればもっと近くで話できないものかな」
背も高くなく、細身のオビ=ワンは大きな男をみてちょっとためらっているようだった。長髪に髭を蓄えた壮年のクワイ=ガンは、口調や服装から上流階級の紳士ということはわかる。だが、懐かしさで立ち寄ったこの地で、初対面の男に詮索されたくなかった。

 そんな青年の心情を汲み取ったように男は言った。
「ただ、普通に世間話がしたい」
「世間話、ですか?」
「ああ、天気の話でもいい」
ふと、オビ=ワンは笑顔になった。
その瞬間、まるでにわかに日が射し、まわりが明るく輝いたようにクワイ=ガンには思えた。

「私がロミオほど若かったら、泳いでそこまでいくところだが」
オビ=ワンはくすくすと笑った。
「以前はボートがあったと思うんですが、残念ながら見当たりませんね」
クワイ=ガンがここに来るようになってから、万一を考えた警備員がボートを撤去していた。
「塀をこえよう」
「え?」
驚くオビ=ワンにかまわず、クワイ=ガンは塀に向って歩き出した。蔦のはったレンガの塀はクワイ=ガンには腰よりやや上、少し遅れてやってきたオビ=ワンには胸ほどの高さだった。身長差のある二人がレンガの塀ごしに見つめ合った。

 オビ=ワンは不思議な目の色をしていた。始め灰色がかった薄い水色かと思ったが、澄んだ緑色にも見える。
「――君は北部の系統かな?」
「そうです。あなたは?」
「あちこちの混血だ」
実際、王族は代々他国の皇室との婚姻が多い。
「壁ごしでは味気ないな。私がそちらへ行こう」
もし、見つかったら、侵入した方が罪になる。まさかクワイ=ガンが隣へ忍び込んだとしても捕われることはないだろう。
この高さなら越えられそうだ。その前に、とクワイ=ガンは屈んで犬達を宥め始めた。
「待ってください。確かこの先の水辺で塀がとぎれていると思います」
「通れそうか?」
「こちらです」

 確かに、延々と伸びていた壁が沼を挟んだ水のほとりで途切れていた。
「その隙間から通れると思います」
「なるほど。ああ、お前たちは無理だ。水に落ちるぞ」
クワイ=ガンは目を見てよく犬達に言い聞かせ、途切れた壁につかまって足元に気をつけながら廻り込み、壁の向うにの岸辺に足を付いた。
オビ=ワンは安心したように微笑むと、先に立って歩き出した。岸に沿っていくとすぐにあの家に着き、側を通って先ほどオビ=ワンがいたバルコニーにたどり着いた。
「ほら犬達が見てますよ」
忠実な犬達はクワイ=ガンの姿を見て、前足を上げ吠え出した。
「私はここにいるから、安心してくれ」
身振りで示すと、犬達はおとなしくなった。
気づくと、オビ=ワンが部屋から椅子を運んできて、進めてくれた。

「どうぞ」
「これは、ありがたい」
「外には何もありませんが」
「充分だ。君も座ってくれ」
では、とオビ=ワンは少しおどけて言った。
「お許しをいただきましたので」
「年長者に敬意を払ってくれるとは、いい躾を受けてる」
「ありがとうございます。小さい時は祖父と暮らしていました」
「その、詮索するわけではないが、しばらく外国で暮らしていたのかな?」
「ええ、大学に入るため戻ってきました」
「それは素晴らしい。将来国を担ってくれそうだ」
「あなたは首都に御住まいですか?」
「ああ、せっせと働いて週末ここへくるのだけが楽しみだ」
「ご家族も一緒にですか?」
「いや、結婚はしていない」

 オビ=ワンはちょっと首を傾げた。
「働かなくてもよさそうなご身分に見えますが」
「家の仕事をしなければならないんだ」
「由緒のある家だといろいろあるんでしょうね」
「甥が成長したら私は引退するつもりでいる」
「今の仕事が好きではないんですか?」
「好き嫌いをいえる仕事でもないし、責任がある。小さい頃から父を見てきたから違和感はないが、正直いえば性に合わない」

 クワイ=ガンは不思議だった。普段は常に国王として他と接しているので、これほど率直に語ったことなど、学生時代の友人を除いては久しい。オビ=ワンという青年はごく自然に語れる雰囲気を持っていた。
「君は大学で何を学んでいるんだ?」
「法律です」
「好きで選んだのか?」
「祖父がそうでしたし、人間がつくった法ならば、それを生かして人々に役立てるのは法を学ぶ者の努めだと思っています」
「立派な心がけだ。お祖父上は業績のある方なのだろうね」
「いえ、平凡な教師でした」
オビ=ワンはそっけなく言って話題を変えた。
「正直いえば、子供の頃は歌い手になりたかったんです」
またもや、クワイ=ガンはこの青年に驚かされた。


 とりとめのない会話は続き、黄昏が近づいていた。聞こえてきた遠吠えに反応した犬が首を伸ばし、遠吠えで返す。
館で帰りが遅いクワイ=ガンを探し始めたのだろう。

「そろそろ戻らねばならないようだ」
「私も行かねばなりません」
「今晩はどうするんだ?」
「管理人の家に泊めてもらいます。ここは立ち寄っただけで明日は発ちます」
「とても楽しかった。ありがとう、オビ=ワン」
「こちらこそ、ミスター」
「君のファミリーネームは?さしつかえなければ」
「ケノービといいます」
「君に遭えてよかった。オビ=ワン・ケノービ」
「私も」
握手をし、クワイ=ガンは軽く青年を抱擁した。
細身の青年はちょうどクワイ=ガンの広い肩口に頬をよせるような格好になった。たがいの暖かい頬と髪が微かに触れ、息づかいさえ間近に感じる。
が、それは一瞬のことだった。

 耳に入った人声に、クワイ=ガンはオビ=ワンから離れ、軽く片手を挙げた。
オビ=ワンが目で挨拶を返す。その瞳は美しい湖水色だった。
急いで水辺の壁を廻りこみ、犬に迎えられたちょうどその時、近づいてきた護衛と犬の世話係がクワイ=ガンを見つけた。
「陛下、お戻りが遅いので心配しておりました」
「気持ちのいい天気だったのでつい長い散歩になった」
戻りながらちらと振り返ると、すでにあの家の窓は閉じられ、どこにも人影はなかった。



 王宮に戻ってからも、オビ=ワンの印象は強かった。ケノービという姓に聞き覚えがあり調べてみた。オビ=ワンの祖父は高潔な法律学者として名をはせた人物だった。首都の名門大学で教鞭をとっていたが、王制の変化の時、すなわち、クワイ=ガンの父王の代に大幅に王権が縮小され議会制民主主義になったとき、王家そのものの廃止を叫ぶ学生達の運動が起こった。
王族を狙った爆発未遂事件が起こり、真相がはっきりしないまま、運動に参加していた学生の一部が逮捕され、多くは大学を追われた。ケノービ教授は証拠が不明な学生達の処分に最後まで反対したため当局ににらまれ、終いには自ら大学を去ることになったのだった。

 教授の一人息子は将来を嘱望される弁護士だったが、若くして亡くなっていた。残された妻も子供を残して病死。幼い孫は教授に引き取られ、職を退いた祖父とあの家で暮らしていたが間も無く教授も亡くなり、親戚に連れられて国外へ去り、クワイ=ガンと同じように10代の初めから寄宿学校で成長したのだった。

 オビ=ワンの生い立ちを知ったクワイ=ガンから思わず呟きが漏れる。
「……何てことだ」
その頃、クワイ=ガンは恋人を失っていた。赴任していた街の商人の娘、美しく聡明なタール。当然国王一家はクワイ=ガンの結婚に反対した。仮に結婚しても正式な王家の一員とは認められず、生まれた子供は身分を継げない。クワイ=ガンが必死に家族を説得していた矢先、悲劇が起こった。大規模な列車事故に巻き込まれたタールが死亡した。

 その事故がきっかけとなって王族の暗殺未遂疑惑が起こり、王制廃止運動の一掃へと発展した。クワイ=ガンは突然恋人を失った衝撃で、国家警察が強引に進めた一連の操作や大学の混乱はほとんど知る事がなかった。



「それは本当ですか?教授」
身元保証人のメイス・ウィンドウ教授の部屋で、オビ=ワンは声をうわずらせた。
「ああ、今度の創立記念日に国王が御臨席される。その際、正式に当時一方的に処分された者の身分を回復するようにと仰せがあった。君の祖父上、ベン・ケノービ教授は自ら大学を去ったのだが、同様に身分を復し、業績のあった名誉教授の一員に加えることに教授会で決定した」
「ありがとうございます」
「暗殺未遂事件そのものがでっちあげだったんだ。ようやく無念がはれる者も多いだろう。ケノービ教授が生きておられたら、ご自分のことより学生達の為に喜ばれただろうな」
「そうでしょうね」
オビ=ワンは壁に掛かった、祖父とメイスが並んで移っている写真を見あげた。

 短い白髪と髭をたくわえた小柄な祖父が、大柄な男の側で穏やかに微笑んでいる。オビ=ワンの瞳の色は祖父から受け継いだものだった。だがメイスもオビ=ワンもその不思議な湖水色の奥に、計り知れない強靭な意志が潜んでいる事を知っている。

「現在の国王は茫洋として掴み所がないが、あれでけっこうしたたかだ。慎重で意志が強い。敵ならやっかいだが味方にすれば信頼できる」
「……興味深いご意見ですね」



 記念式典の日、軍服姿の国王は学生達の歓声と学長以下に恭しく迎えられ、大講堂の記念式典で祝辞を述べた。オビ=ワンは、ウィンドウ教授のはからいで学生代表の一員として前列に座っていたが、間近に国王を見、驚きに目を見張った。半信半疑で、ぶしつけなほど国王を見つめ続ける。

それが確信に変ったのは、国王が祝辞を述べ出した時だった。雰囲気や服装は変っても、あの声、――もちろん、口調は全然ちがうが、ややこもり気味の低い声はあの日のウィリアムに相違なかった。

 祝辞の後、短い滞在を終えた国王が、見送る学生達の歓声に笑顔で応えた時、ほんの一瞬だけ二人の目が合った。オビ=ワンは瞬きもせず、男を見つめる。だが、もちろん何事もなく、長身の国王はすぐにオビ=ワンの目の前を過ぎていった。



「アナキンがパドメ王女と婚約した?」
「そう、ようやく王女が承知してくれたそうですよ」
「念願かなったわけだ。で、式は何時にします?」
クワイ=ガンは母親の皇太后と、アナキンの母で先王の王妃シミとお茶を伴にしていた。
「王子が大学を卒業してからでしょうね。王女ももう少し自国で勉強を続けたいと言っているそうです」
「結構。婚約発表も急がずに、時期を計りましょう」
「それにしても本当によかった事。彼女がついていればあの子も大丈夫だわ」
王妃は母親の感慨を滲ませてしみじみと言う。

「私も安心して二人に後をまかせられるというものです」
「陛下、退位を考えるのはまだ早すぎですよ。せめて二人の子供ができるまで」
クワイ=ガンが苦笑する。
「婚約したばかりでまだ早すぎませんか?」
「陛下もどなたか好ましく思う方がおられませんの?」
「私は結婚しません」
「息子が一生独身というのも寂しいものだわ」
「母上」
「それはともかく、何か息抜きをしたらどうです?」
「そうですわ。友人と会うとか、御好きな遊びとか、お気に入りの物を集めるとか」
「わがままを言ってもいいんですよ。自分の立場をわきまえてなされるなら」
「考えてみましょう……」



 オビ=ワンは学生寮の面会室で、ある館の執事だという老人の訪問を受けた。それはオビ=ワンが懐かしい家で偶然出会った人、紛れもなく国王からの招待を告げるものだった。
「この日のご都合がよろしければ、お迎えに参ります」
青年は驚きに目をいっぱいに開き、お受けしますと短く応えるのに精一杯だった。


 その日、迎えの車で到着したオビ=ワンは先日の執事に迎えられ、奥へ通された。
「ご主人様、ケノービ様がみえられました」
「やあ、よく来てくれた」
「――陛下、本日は御招きに預かり、まことに光栄でございます」
緊張したオビ=ワンの畏まった挨拶に、クワイ=ガンの眉が少し下がった。
「そう緊張しないでくつろいでくれ。ここでは称号を用いない」
クワイ=ガンはあの日と似たような、田舎風の紳士といったくつろいだ服装だった。
知らなければ、誰も国王だなんて思わないだろう。
「ありがとうございます。――陛下」
そう言われてもすぐに緊張が解けるわけでもない。オビ=ワンが出されたお茶を畏まって飲んだ後、クワイ=ガンは外に出ようといい出した。

 犬達をお供に、二人は外へ出た。
「中よりは君もくつろげるだろう。オビ=ワン」
「――そうですね」
クワイ=ガンの歩き方は速い。普段もそうなのか知れないが、長身の男の歩みについていくのにオビ=ワンは少し息を弾ませた。
それに気づいたクワイ=ガンは歩みを緩めた。
「すまない、いつもの癖で」
「いえ、おかげで身体が暖まりました」
二人は沼の見える場所で腰をおろした。向う岸に小さくあの家も見える。

「前はウィリアムと言ったが、できれはクワイ=ガンと呼んでくれないか?」
「クワイ=ガン、陛下――」
「名前のみで。近しい者はこう呼ぶ。私だってここで君をミスター・ケノービとは言いたくない」
オビ=ワンの頬が少し緩んだ。
いつしかオビ=ワンの緊張も解け、とりとめのかい会話になった。
オビ=ワンももう陛下とは言わなかった。時間は瞬く間に過ぎ、陽が傾いてきた。

「今日は残念ながら、君と食事の時間もとれなかった」
「あなたと食事なんて、多分緊張で味もわからないと思います。でもいただいたお茶はおいしかった」
「ここの執事の煎れる茶は格別だ。――必要があれば君も習うと言い」
「え、はぁ?」
「卒業後はどうするつもりだ?」
「大学に残ってもっと勉強を続けるか、法律事務所で働くか迷っています。あと1年もないのでそろそろ決めなくてはならないのですが」
「――王宮に勤めるというのはどうだ?もちろん正式な事務官としてだ」
「王宮、ですか?」
「あの大学出身の職員も多い。秘書官として私の近くで働く気はないか?」
「とてもありがたいですが、祖父のことでそれほどまでしていただく必要ははありません」
「いや、お祖父さんのこととは関係ないんだ」
「クワイ=ガン?」
「その、こんな風に話せる者が回りに少ないんだ。君といると心が落ち着く。もちろん立場上身分は違うが、君に感じているのは友情のようなものだと思う」
「恐れ多いことです」
「たまたま王の子供に生まれたから王になった。だが、考えることは同じだ。国政にほとんどの時間をとられるが、家族を愛し、友情を大切にしたいと思うのは君と同じだ」
「――ええ」
「若くて気ままな頃は女性とも付き合ったし、真剣に愛した女性もいた。身分を捨てても結婚したかったが、彼女は突然神に召された」
「それで結婚なさらなかったんですか?」
「それ以来、結婚したい女性と会わなかったというほうが正確かな。実際、個人的な付き合いにさける時間はない。国王なんて不自由なもんだ」

 またあの眉を下げた笑顔だ、とオビ=ワンは少しおかしくなって微笑んだ。
「――同情します、と申し上げたら失礼ですか?」
「君が側にいて私を助けてくれたら、有能な秘書としてとても助かるだろう」
「私にはまったく馴染のない世界です。勤まるでしょうか?」
「今返事は聞かない。よく考えて欲しい」
クワイ=ガンは小さなカードを取り出してオビ=ワンに渡した。
「どちらにしろ決心がつけば、ここの執事宛に手紙を出してくれ」
「わかりました」

 二人は立ち上がって館に戻った。既にオビ=ワンを送る車が待っていた。
クワイ=ガンは人目を気にすることなく、オビ=ワンを軽く抱きしめ別れの挨拶をした。
「一緒に食事したかったが、明日から忙しくなるのですぐに戻らなくてはならない。仕事というよりは親戚づきあいだ」
「お身体に気をつけて。――クワイ=ガン」
オビ=ワンはその名を他に聞かれないように囁いた。
「ありがとう、君も、オビ=ワン」
クワイ=ガンも低く囁き返した。



 いつもの狭い自分の寮の部屋に戻ってからも、オビ=ワンはしばらくぼんやりとしていた。夢のような心地がした。クワイ=ガンが、国王が自分を側近にと望んでくれるなんて。もちろん、普通に会話することなど叶わなくなるが、身近にいて姿を見られる。けれど自分の夢は祖父のような法律家になることだった。

 数日後、オビ=ワンは教授のもとに相談に赴いた。会議が長引いているメイスを待っている間、オビ=ワンは壁に掛かっている祖父の写真に近づいた。未だ心を決めかねていた。
――どうしたらいいでしょうね、お祖父さん。
オビ=ワンと同じ瞳の祖父はただ穏やかにこちらを見ている。微笑んで視線を移したオビ=ワンの目に、机の上の新聞が目に飛び込んできた。



続く
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