The Behind of the Moon 3 ― 君を捜して ―
 
「どうして言ってくれなかったんですか?」
翌朝、面会に現れたクワイ=ガンを見て、オビ=ワンは開口一番に言った。
その眼差しも、表情も、口調も、昨日とは明らかに違っていた。
そして、立ったままのクワイ=ガンを見上げる青緑の瞳はいくぶん恨めし気でもあった。

「記憶が戻ったんだな?」
「はい、今朝目が覚めたら、急にわかったんです。マスターはマスターだって」
「どういう意味だ?」
「だからマスターはマスターに決ってるじゃないですか!」
クワイ=ガンの眉間に皺が寄る。
「オビ=ワン、理解できるように話してくれるか」
「無理に思い出させないよう、様子を見ながらやさしく接するなんて回りくどいことしなくてもよかったんです」
喜ばしいはずなのに眉を寄せ、複雑な顔で見守る師にかまわず、オビ=ワンは一人でまくしたてる。

「まったく、あなたらしくもない。いくらドクターから言われていたって、時間の問題なんでしょう。私はお前のマスターだ、オビ=ワン思い出せってさえ言えば、記憶が戻ったんじゃないかと思うんです。だってマスターですよ、あのクワイ=ガンですよ。パダワンになる前から、とにかくあなたは偶にテンプルにいても存在感が強烈で、そうそうたるマスターの中でも特別でしたからね。フォースも凄いんだってこと、まさか自分でわからないはずないですよね。少し私にフォースを送ってくれたら絶対思い出してた――」
「わかった、わかった、オビ=ワン」
「いいえ、わかっていない。マスターはいつもそうです。ご自分で何でも決めてしまう」
「ドクターやカウンシルにはちゃんと相談したぞ」
「私には何もいわないで」
「どうやってお前に相談しろというんだ?」
「あ……」


「お取り込み中のところ、すまないが」
入口から声がかかった。薄い緑色の皮膚をしたエイリアンのヒーラーが立っていた。
「マスター・モーゼル、あ、あの遠いところおいで頂き申し訳ありません」
「くるまでもなかったかね?」
「とんでもありません!」
「深刻な病状ではないと聞いていたが、とにかく回復したのは喜ばしいことだ」
「モーゼル、とにかくオビ=ワンを看てやってくれ」


 ヒーラーはオビ=ワンの記憶が完全に戻っていると告げた。ドクターも自白剤の影響は残っていないと診断したので、オビ=ワンは退院する事になった。

 ヒーラーに会った後のオビ=ワンは気分も落ち着き、記憶を喪う前の状態に戻った。申し訳なさそうな表情で、心配と迷惑を掛けたことを丁寧に師に謝罪したのだった。そこには、歳の離れた友達のように接していた子供らしさは、どこにも残っていなかった。


 師弟とヒーラーは関係者に見送られ、テンプルに出立した。
回復はしたが、モーゼルはすぐに師弟が任務に復帰するのは無理と診断した。テンプルに戻って心身を整える必要があるとカウンシルに報告したのだった。


「どうした、クワイ=ガン?」
「――弟子に操縦室を追い出された。私がいても用は無いからお前と茶飲み話でもしてろと言われた」
エイリアンのモーゼルは薄い口を開け、クククッと笑った。
「オビ=ワンは優秀だし気が利く」
「ああ」
「君にはもったいないとうらやましがられているぞ、クワイ=ガン」
「わかっている」
「始めは大変だったようだが、オビ=ワンをここまで育て上げたのは君だ。充分自慢していい」
「私も弟子に育てられたと思っている」
「何だ、珍しく殊勝だな。今度のことで思う事でもあったのかね?」
「――タールにもよく言われたが、私は頑固で、過去を忘れられないそうだ」
「長い付き合いで君をよくわかっていたし、彼女は最後までジェダイらしく見事だった」

 ああ、とクワイ=ガンは一瞬遠い目をした後、ヒーラーに向き直った。
「私はオビ=ワンを弟子にしたとき、前の弟子の事を引きずっていた」
モーゼルがゆっくりと肯く。
「あれが任地に残りたいと言った時、説得も話をよく聞く事もせず、突き放した。再び弟子に裏切られた、そんな思いだった」

 クワイ=ガンは指を組み、己にも言い聞かせるように静かに言葉を紡ぐ。
「もう弟子ではないと思っても、いつも気になっていた。オビ=ワンを迎えにいって心が深く傷ついた姿を見たときも、なぐさめひとつかけてやらなかった。ジェダイに戻りたいなら、泣き言をいわずにやってみろ、そんな気持ちだった」
「あの時、カウンシルはオビ=ワンを試していたと思うよ。自ら欠点を克服すれば、大きく成長すると期待していた。無論、その通りになったがね」
「そうだな。私達には必要な回り道だったんだろう」
「フォースの意志だとは思わんかね、クワイ=ガン?」
モーゼルがからかうように言う。

 それはわからんが、とクワイ=ガンは苦笑した。
「後になって、あれが大人に成る頃気付いた。年下のパダワンや幼い子供達といるのを見たとき、オビ=ワンは実に自然に相手をしていた。ずいぶん、慕われてるようだった」
「オビ=ワンは実際子供達に人気があるだろう、とても暖かいフォースだ」
「私はあのようにオビ=ワンに接したことはなかった。少なくとも弟子にして何年かは。それに気付いたとき、――手を伸ばせば届いたものを、意地を張って拒んだ。手が届かなくなってから、悔やみ始めた、そんな気がした」
「それは、いま君達がとてもいい関係だからこそ思うのではないかね」
「そうかもしれん。ないものねだりだな。だが、今度のことで――」
クワイ=ガンは顔を上げ、穏やかな目でモーゼルを見た。
「置き忘れた、いや無くしたと諦めていたものが、思いがけず見つかったような気がしている」
「記憶の無い時の君達のホロ記録を見たが、オビ=ワンはとても自然で子供らしかったな」
「そうだ」

「マスター」
軽いドアの開閉音がして、オビ=ワンがリビングに入ってきた。
「すべて順調です。この空域を抜ければハイパースペースに入れますが、よろしいですか?」
「あとどれぐらいだ」
「1時間後です」
「よかろう」
「はい、セッティングが済んだらお茶をいれましょう。マスター・モーゼルは少しぬるめが良かったでしょうか」
「ありがとう。そうしてくれるかね」
オビ=ワンは肯き、微笑んでリビングを後にした。


 ハイパースペースを抜けた宇宙船は一路コルサントに向っていた。
「一眠りして起きたら、すぐコルサントに着きますよ」
オビ=ワンは二人の船室に入ってきた。
「モーゼルは休んだようだな」
弟子は肯いて収納式のスリーピングカウチを用意しだした。
まず師の寝台をセットして寝具を整え、ついで自分の分を組み立てクワイ=ガンのカウチと反対側の壁際に付けた。

 弟子の様子に、律儀なことだな、とクワイ=ガンは僅かに口端を上げた。
「なんです、マスター?」
「いや」
「だって、部屋が違うといってもマスター・モーゼルがいらっしゃるし、テンプルに帰ったら検査もあるし、私はその……」
「わかっている。ただ――」
「ただ?」
「私の弟子はいつからそんなに思慮深くて、我慢強くなったのかと思ったんだ」
カウチを用意し終えたオビ=ワンが向き直った。
「何をおっしゃりたいんです?」
「他意はないさ。我がパダワンもいつの間にか成長したと言ったんだ」
「以前は違っていた、と?」
「だから他意はない」
クワイ=ガンを見上げた弟子の顔にはなんともいえない表情が浮かんでいた。
「弟子にしていただいてからずいぶん経ちますし、私も大人になりましたから。今度のことでは子供返りしてマスターに迷惑をかけました」

 クワイ=ガンは弟子の謝罪の言葉を否定するかのようにゆっくりを手を振った。
「――正直にいえば、マスターではなく、子供に返って普通に接してくれる記憶のないお前といるのは悪くなかった。いや、楽しんだ」
クワイ=ガンの様子から、からかっているのではないと感じたオビ=ワンの眼がなごんだ。
「私も正直にいわせてもらえれば、あなたを最初みた時、何て大きい人かと思いましたよ。でもその割りに優しそうなので安心できました」
「初対面と同じだから、安心させて信頼してもらなくてはならん」
「ジェダイの交渉の第一段階ですね。それにマスターは御婦人や子供には特に親切です」
「オビ=ワン!」
「冗談です」
「お前のその、やんわりした皮肉は断じて私が教えたものではないぞ。まあ、いい。とにかく、お前に気に入られるよう、最大限気を使った」
「マスター……」
「そのかいあって、弟子にした当初に見逃したお前の子供らしさが見られて、思わぬ拾い物をした」
「……また、妙なものを拾ったものですね」
「捨てろと言っても無理だぞ。これは私だけのものだからな」
「私だって、マスターの思いがけないところを沢山みました」
オビ=ワンはそっとクワイ=ガンの胸に手をあてた。

「弟子になった時は恐れ多くて、任務の時意外は側に寄れもしなかった。それが、お土産だの、ブレイドを止めてくれるだの、今思うと、本当に思いがけないことばかり」
クワイ=ガンは弟子の長いブレイドを取って、その感触を楽しむかのように持ち上げた。
「私こそ、あなたと親しく過ごせてとてもうれしかったです」
「で、今は私をどう思っているんだろうな」
「ようやく、威厳も頑固も優しさも、皆あなたの一部だとわかってきました。マスター」
「お前は優秀な弟子だよ」
クワイ=ガンは金褐色のブレイドの毛先に唇を寄せた。
「あなたに育てられましたから、マスター」
クワイ=ガンはわざと大げさに溜め息をつく。
「大人になった弟子の減らず口を黙らせる方法は――」

 童顔だが、大人になった弟子は、背筋を伸ばし無言でクワイ=ガンの首に両手を回した。
そして青緑色の瞳をあげ、誘うように薄い口許をほころばせ、実に魅力的に微笑む。
その唇はすぐにクワイ=ガンに塞がれた。

 結局、その晩は2台のカウチを接続し、広くして寝ることになった。
クワイ=ガンに肩を抱かれて馴染んだ心地良いぬくもりに包まれ、オビ=ワンは幸せそうに目を閉じ、眠りに付こうとした。が、クワイ=ガンの何気ない一言が青年を眠気から引き戻した。
「この抱き心地はまぎれもなくお前だ」

 思わず肩を離し、頭を上げようとしたオビ=ワンを、クワイ=ガンが逃さないとでもするように両手ですっぽりと胸にいだいた。
「――やっと戻って来た」
この柔らかく深い声音こそ、まごうことなく、師にして何より愛しいクワイ=ガンの声。
「イエス・マスター……」
オビ=ワンはうっとりと微笑みながら目を閉じた。

End

 オビが記憶喪失になっても全然困らないマスター。反対だったらオビはすっごく心配しそうなのに……。いかん、いつかリベンジしなきゃって、というか私が反省しなきゃ、ですね(大汗)
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