Again 1    ― 再会 ―     
  
 あたりは闇に沈み、物音もほとんどしない。たまに聞こえるのもかすかな自然の囁き。長年否応なく慣れ親しんだ機械や電子音など、人工の物音はいっさいない。

 静寂の中でオビ=ワンは一人瞑想していた。大戦がはじまってから戦場を駆け回る日常を余儀なくされ、ジェダイにとって必要な瞑想の時間さえとるのに苦労したことなど、ずいぶん遠い日のような気がする。
 
 それは、つい数ヶ月前のことだ。いやもっと正確にいえば、こうして自分の住いと決めた場所で、当面外出の予定もなく思う存分瞑想できるのは、ここ数日前からようやく可能になったのだった。


 パドメが産んだ双子の赤ん坊の一人を連れ、オビ=ワンはアナキンの故郷の惑星にやってきた。パドメは生まれた子供に名前を与え、そのまま息絶えてしまった。レイアはベイル・オーガナが養女とし惑星オルデランへ。そしてオビ=ワンは男の子ルークをアナキンの義理の兄ラーズ夫婦へあずける為、ひそかにタトゥイーンに到着した。

 充分な養育費を申し出たとは言え、夫妻がルークをちゃんと育ててくれるか、すぐには判断できなかった。又、ジェダイの抹殺を企てる帝国軍の捜索がここまで及ぶ懸念もあった。オビ=ワンは夫妻に気付かれないよう農場の近くで様子を伺った。いつでも赤ん坊を守れるように。

 数ヶ月へても、追っ手はこなかった。子供のない夫婦は金色の髪と青い瞳の愛らしい赤ん坊を可愛がり、よく世話をしているようだった。夕暮れ時など、作業を終えた夫がルークを抱いた妻と共に、沈む二つの太陽を背に赤ん坊をあやしている姿が時おり見られた。ルークは母親代わりのベルーの腕で安心しきって寝ているか、小さな手足をさかんに動かしたりしていた。――そして、順調に育っているように見えた。

オビ=ワンはようやく愁眉を開き、ルークの家から少し離れた場所に住いを定めることにした。


 砂漠をこえた岩だらけの山中に場所を決め、住めるようにするまでさらに日数を要した。自分一人だけの何の気兼ねもない、しかし、待っている人もいない家。

 オビ=ワンのこれまでの人生においてホームはジェダイテンプルだった。血のつながった家族でなくても、物心ついたころからの知りあいや多数の友人がおり、任務を終えてテンプルに戻ると、必ず喜んで迎えてくれる仲間がいた。共和国の崩壊はオビ=ワンからホームと家族を奪った。

 残されたものは『選ばれし者』の血を引く子供への希望。そしてもうひとつ、この数ヶ月絶えず胸にしまいこんでおいた事があった。惑星ダコバへの隠遁を決めたヨーダが最後に告げた言葉。

 フォースと一体化した亡きクワイ=ガンとの交信。そんなことが本当にできるのだろうか?懐かしいあの人に会えるのだろうか?驚きと喜びで少年のように頬を紅潮させたオビ=ワンにヨーダは言った。
「あれがお前を導いてくれよう。ナイト・ケノービ」
笑いながらグランド・マスターは続けた。
「ジェネラルにして、評議員のジェダイマスター、しかるにかつてクワイ=ガンの弟子だったオビ=ワン」

 長年のジェダイの訓練でオビ=ワンは忍耐強くなっていた。したい事があっても優先せねばならない事を先にし、自分の希望はタイミングを図って後から実行する。この惑星で一番にする事は追っ手を警戒することと、ルークの健やかな成長だった。
それらが済んで初めて、オビ=ワンは自分の為に行動した。



 周りは闇と静寂に包まれていた。深く瞑想に入ったオビ=ワンにとっては、仮にどんな明りが射し物音がしても、それは無きことと同じでこの状態を妨げるものではない。
フォースに身をゆだね、一体となり、――そこまでは、これまでのジェダイの瞑想と同じだった。

「ただ強く願うがよい」
偉大なる叡智をもつグランドマスターは言った。
「準備ができておれば、フォースはお前の願いをきいてくれるじゃろう」

 オビ=ワンは只一人の人に会いたいと、いや、どんなささいな事でもあの人を感じられる感覚、声でも、鮮明に覚えているフォースでも、匂いでも、肌に触れる感触でも、自分が確信を持てるものならなんでもよかった。

 彼を失ってから長い間、事あるたびに願ってきたように、彼の師だったクワイ=ガンに呼びかけた。フォースと一体化した――ジェダイは死、すなわち肉体が滅んでも意識はフォースに融合すると教えられてきた――クワイ=ガンが直接オビ=ワンに応えてくれることはなかった。が、オビ=ワンは応えがなくても、どこかで師が自分を見守ってくれると信じていた。いつか自分も生身の人間としての役目を終え、フォースの一部となってクワイ=ガンの元へいくまでは。


 何かが呼んでいる。声とも意識ともつかないが、それは遠くから確かに自分を呼んで入る。
『…ワン。オビ、ワン……』
――クワイ=ガン?
だが、それは突然闇を引き裂いた。

『あんたが憎い』

アナキン!?

『あんたは俺を信用しなかった。裏切った。何もかもあんたのせいだ』

憎しみを込めた地を這うような響きがこだまする。
オビ=ワンはごくりと喉をならし唾を飲み込んだ。しかし、瞑想の姿勢をくずすことはなかった。

 圧倒的な憎悪のパワーが押し寄せてくる。オビ=ワンは目を閉じていたが、ありありとアナキンの姿を思い浮かべる事が出来た。まがまがしいダークアイズ。最後に目を合わせた時、アナキンは完全にダークサイドにのみ込まれていた。あれはもう私の知っているアナキンではなかった。アナキンの精神は肉体が無くなる前に死んでいた。

 そうだ、ジェダイだったお前は死に、私はお前を失ったのだ。

オビ=ワンは暗い憎悪に呑み込まれることはなかったが、代わりに氷河の海よりも冷たい喪失感が襲うのを感じていた。
私はお前に執着していた。そのせいで元弟子がダークサイドに墜ちたと信じたくなかった。

――そして私はお前を失ったのだ。

 アナキンとの戦い、パドメの死、タトゥイーンへの潜伏と、オビ=ワンは息詰まる日々を過ごす中で己の気持ちを振り返る時はなかった。いや、あえて胸の底に沈めていたのかもしれない。

 己の気持ちを開放せよ。何かがオビ=ワンに告げた。それがフォースかどうかオビ=ワンにはわからなかった。けれど、それが用心深く、硬く、冷たくなっていたジェダイの心に届いた。

 いつかアナキンが言った。
「自分が何のために生まれてきたと思います。マスター?」
「無限の悲しみをあじわうため、かな?」
オビ=ワンは微笑をうかべながら答えた。

――悲しみをあじわう?何かがオビ=ワンの凍えた心をやさしく包んで揺らした。

愛していたアナキン。私の弟子、弟、親友。私の一部。私はお前を失って、とても――悲しい。

 オビ=ワンはいつの間にか泣いていた。閉じた目から涙が溢れでる。いくらでもとめどなく流れてくる。
ときどきしゃくりあげながら、それでもオビ=ワンはぬぐうこともせず、ただ泣きつづけた。



 次の日、いつもより遅く目覚めたオビ=ワンは、貴重な水ではれぼったいまぶたを丁寧に洗い、日課を開始した。住いの手入れ、周辺の見回り、軽い運動。淡々とそれらをこなしながら、オビ=ワンは此れまでより身体が軽くなったような気がした。

いや、気持ちが軽くなったんだな。やや伸びた髭をさすりながら、オビ=ワンは一人で照れくさそうに笑った。

アナキンと彼が手を下したテンプルの壊滅はまだ気持ちの整理がつかない。だが、とオビ=ワンは思う。

 私はアナキンを愛し、ジェダイ騎士団を愛していた。そして真に憎むべきは――。いや、ジェダイは復讐にかられてはならない。いつでもダークサイドの罠が待っている。ジェダイは過去を振り返らない。少なくとも、今の私には希望がある。たとえ、どんなささやかでも。


 夜がきた。砂漠は一日の寒暖が大きい。日中は外に出られないほど照りつける太陽が沈むと、岩だらけのこの地はぐっと冷え込む。オビ=ワンはローブをまとって瞑想に入った。

 不思議と今晩の空気はやわらかく、わずかな風さえ心地良く思える。オビ=ワンは昨晩と違い、自分でもリラックスしていると思った。

いつの間にか、穏やかなフォースに包まれるのを感じて、オビ=ワンは静かにクワイ=ガンに呼びかけた。

だが、明らかな応えはなかったし、かすかな兆しさえも感じ取れなかった。しかし、オビワンは失望もあきらめもしなかった。

時間がかかるかもしれないし、準備ができていないかもしれない。――待つのだ。いつもしてきたように、オビ=ワン・ケノービ。

 ふいに、昔の思い出がよみがえった。忍耐が足りないといわれ続けた少年の頃、マスターにも周りにも言われたっけ。そのおかげで、どうやら人並み以上に辛抱だけはできるようになった。オビ=ワンは思わずくすりと笑った。

マスターとなり、評議員に推されても、オビ=ワンは、心の中ではまだパダワンのような気がしていた。いくつになっても、いや、弟子を育てるようになってからこそ学ぶことは多かった。
ときどきは自分がまだクワイ=ガンのパダワンだという夢すら見た。目覚めた後、軽い失望と懐かしさ。そしてやむなく受け入れねばならなかった痛みをそのたびに感じるのだった。

――マスター・ケノービ?
それは、不意打ちのようにオビ=ワンの意識に降ってきた。
「クワイ=ガン!?マスター!」
『マスター・ケノービにコンタクトするつもりでいたが、そこにいるのはパダワンかな?』
耳に届く声ではない。がこの声音と言えばいいか、とにかくそれは紛れもなくあの人に他ならない!

「あぁ、クワイ=ガン……」
オビ=ワンは声に出し、安堵の息を漏らした。
「あ、えーと、フォースを通じて話せば、しゃべらなくてもよろしいんですよね?」
『どちらでもいいが、私はお前の声が聞きたい』
オビ=ワンは子供のような笑顔を満面に浮かべた。
「では、声に出しましょう。ここでは隣人におかしなやつだと思われる心配もありませんから」

 13年ぶりの師!話したいこと聞きたいことがたくさんあったはずなのに、オビ=ワンはしばらく言葉がでなかった。そして、出てきたのは我ながら情けない言葉だった。

「私がわかりますか?」
クワイ=ガンは明らかに笑っている。

『ああ、髭も悪くないぞ。それに眉間の皺まで私をまねることはないだろう』
「あなたの元弟子は歳をとりました」
『そして私が育てたと誇れるジェダイになった。マスター・ケノービ』
「……もう、ジェダイはほとんど残っていません」
『いずれ、その時がくる。フォースがバランスをもたらす時が』
「アナキンの子供ですか?」
『おまえは道しるべなのだ。オビ=ワン』
「道しるべ?」
『テンプルの最後を見届けたお前が、これから来る者に新しい時代を示すのだ』
「でも、どうやって」
『ヨーダからタトゥイーンでするトレーニングを聞かなかったか?』
「聞きました。又あなたが教えてくださるんですね、マスター!」

 オビ=ワンの声ははずんでいた。13歳の直前、やっとクワイ=ガンのパダワンになれた時のように。そして、こよなくクワイ=ガンが愛した湖水色の瞳も少年のように輝いていた。



続く


2へ TOPへ戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送