Bitter and Sweet ― 苦くて甘い ―

 クワイ=ガンとオビ=ワンは任務を終え、約2ヶ月ぶりにコンサルトに戻ってきた。今回の任務地は、まるで誰かが二人が退屈しないようにと、わざわざ環境の異なる惑星を選んだのではと思いたくなるほど、変化に富んでいた。

 白い雪原が続く極寒の惑星、強烈な日差しが照りつける砂漠の惑星、じっとりと汗の滴る、高温多湿の熱帯雨林に覆われた惑星などで過酷な任務をこなしてきた。

 コンサルトは高度に文明化された星だ。気候は温暖で、見渡す市街は高層ビルが立ち並び、スピーダ―が行き交うクワイ=ガンは空港に降り立って、街の匂いを吸い込んだ。帰ってきた安堵感に包まれ、雑踏の中を歩みだす。

 と、ぞくりとした悪寒が背筋を走った。―オビ=ワンなら、悪い予感がするというところの―。ふいに立ち止まった師にオビ=ワンは怪訝そうに問い掛ける。
「マスター、どうかされましたか?」
「いや、――少し、寒いかもしれない。お前は何とも無いか?」
はい、と答えてオビ=ワンは再び歩き出したクワイ=ガンに続いた。


 昼過ぎにジェダイテンプルに帰り着き、任務の報告、雑務の処理などをしている間に、クワイ=ガンが先に感じた悪寒が次第に強くなってきた。どうにも寒くてたまらない。オビ=ワンは師がローブを強く掻き合わせ、小さく震えているのに気付いた。

 ようやく住まいにたどり着いたときには、頭痛もしていた。心配したオビ=ワンに早々にベッドに押し込まれ、眠りに着いた。


 目を覚ますと、オビ=ワンが心配そうに覗き込んでいた。頭痛が酷く、熱も高い。オビ=ワンは甲斐甲斐しく世話を焼き、飲み物を勧めながら言う。
「コンサルトで新種のウィルス性感冒が凄く流行っているそうです」
「昨日、帰ってきたばかりだぞ」
「空気感染ですからね。簡単な検査でわかるそうなので、医務室にマスターのデータを持っていって調べていただきます」

 間もなく戻ってきたオビ=ワンは告げた。
「しっかり、感染してました。体の抵抗力が落ちていたので、空港でかかってしまったのでしょうね」
「どんな症状を起こすんだ?」
「発熱、頭痛、筋肉通、消化不良、咳、など人によって、いろいろらしいです。ある症状が治まると他が出てくることもあります」
「それは――」
「つまり、一種の風邪です」
「風邪?!」
「ジェダイでも、マスターでも風邪はかかります。このウィルスは特に感染力が強くて症状も重いので、死亡者や重症者もいるそうですから油断はできません。薬をいただきましたので飲んで、治るまで安静になさってください」
 そう言われても、風邪などいつ引いたか記憶にないクワイ=ガンは素直に納得できない気がするが、とにかく具合が悪いのだから仕方なかった。


 クワイ=ガンはベッドに上半身を起こし、オビ=ワンが作ってくれたスープを何とかすすった。
「薬は食後にこの粉末一包みです。ただ――」
オビ=ワンは薬と水の入ったグラスを渡しながら言う。
「ただ?」
「とても、苦いそうです」
「当然じゃないか」
そう言って、包みを開けて粉末を口に入れた途端、クワイ=ガンの表情が歪んだ。口をあけてグラスの水を一気に流し込む。それでも険しい顔で眉を寄せたまま、オビ=ワンにグラスを差し出した。

 水を要求されていることがわかって、オビ=ワンはキッチンに飛んでいった。一番大きいジョッキに水を汲んで渡すと、クワイ=ガンは凄い勢いで飲み干した。
「―マスター、もう一杯汲んできますか?」
オビ=ワンは眉を顰めたままの師に小声で問い掛けると、クワイ=ガンは首を横に振る。
「―まだ、苦いですか?」
表情を変えずに頷く。

 唖然と見守っていたオビ=ワンは急に向きを変え部屋を出て行ったが、すぐに小箱を持って戻ってきた。
「角砂糖です。口をあけていただけますか」
さっきから一言も発しないクワイ=ガンの口に指で砂糖の塊を入れる。クワイ=ガンが口の中で角砂糖を砕いて味わっている表情を見ていたオビ=ワンはまだ足りないと判断し、もう一個口に入れる。―結局、5個の砂糖を舐めたところで、ようやくクワイ=ガンの眉が開いた。

「なんだ、この薬は!」
「そんなに…、苦いですか?」
「治るまで、これを飲まなくてはならんのか」
明らかに、声が怒りを含んでいる。
「医務室に問合せます」
オビ=ワンは急いで部屋を出て行った。


「砂糖、ミルク、バター、オリーブオイル、生クリーム、チョコレート…何だこれは」
「薬の苦みを和らげるものです。どれがいいですか?」
「他に薬はないのか?」
「罹ってしまった後はこの薬だけだそうです。
とにかく粉末を水で飲んだ後、何かで苦味を緩和するしかないそうです。罹る前でしたらワクチンが効くので、私も注射されました。テンプルでもヒューマノイドは皆予防接種を受けました」
「何時のことだ?」
「およそ二ヶ月前―、私達が任務に出たすぐ後だそうです」
「そうか……」
「お願いですから、薬を飲んでください。栄養をとって安静にすれば、すぐに回復しますから。
マスター、何か食べたいものはないですか?」

 オビ=ワンはブルーグレーの目を大きく見開いて、懇願するように見上げてくる。こんな目で見られては、薬を飲みたくないなどと、大人気ない事を言っては弟子を困らせるばかりだ。しかし、今の話で、皆予防接種を受けたのでは、この風邪を引いたのはごく小数。自分が寝込んでいると知れたらなんと言われるか、と思ったが致し方ない。薬が効いたのか少し頭痛がやわらいだクワイ=ガンはわかった、と力なく頷いた。


 危惧した通り、クワイ=ガンが風邪で寝込んでいるという事は、瞬く間にテンプル中に広まった。オビ=ワンが話した訳ではないが、一人で頻繁に医務室を訪ねたり、栄養のある食べ物を求めて、心配そうに駆け回ったりしては二人を知る者にとっては一目瞭然だった。

 オビ=ワンは知り合いに会う度に師の様態を聞かれ、見舞いを言付かった。自分の風邪が鬼の霍乱、もしくは珍しい物でもみるように見舞いになど来られては堪らない。クワイ=ガンは一切の連絡をオビ=ワンにまかせ、治るまで誰にも会わないことにした。


 オビ=ワンは任務の報告書で聞きたいことがあるとメイス・ウィンドゥに呼ばれていた。用がすむとクワイ=ガンの様子を尋ねられる。

「ご心配をお掛けしましたが、もうすぐ良くなります」
メイスはオビ=ワンが師に言われた通りに答えていると思うが、おくびにも出さない。
「それは結構。これは最近手に入れた珍しい茶と甘味料だが、よかったら飲んでみてくれ」
「ありがとうございます。甘味料もですか?」
「この茶は独特の渋みがあるので、少し砂糖を入れたほうが美味い。これは甘味が強いのでカップ一杯にごく少量で足りる」
オビ=ワンは手渡された物と、今の言葉でクワイ=ガンと長い付き合いのメイスの意を理解し、にっこりと微笑んだ。

「マスター・ウィンドゥ。どうもありがとうございます。戻ったら早速いただいてみます」
「礼には及ばないが、お前は大丈夫なのか?」
「すぐ予防接種を受けましたから、引いても軽く済むそうです」
「マスター・ジンはいつ感染したのだ?」
「コンサルトに戻った日から具合が悪くなりました」
「――そうか、大事にするよう伝えてくれ」
オビ=ワンは深くお辞儀をして退出していった。

 ということは、ここに戻った途端、引いたのだ。あの男も人並みなところがあったのか、それとも、よほど一連の任務がきつかったのかと、思い当たるところがあるジェダイの評議員は考えた。
だが、パダワンがあれほど親身に世話をしてくれるなら、偶には人並みに風邪を引くのも悪くないだろう、とも。


 熱はだいぶ引いた。だが、頭痛はとれない。身体がだるく、いまひとつ力が入らない。薬はオビ=ワンが目を凝らして見ているので、苦味を我慢して、出来るだけ顔に出さないように心がけ飲む。

 元々甘いものは好きではないので、バターも、ミルクも試してみたが、どれも格別他よりいいものはない。それでは試にと、とオビ=ワンが毎回違ったものを用意してくれる。

「是非、試してみてください。少量で効くそうです」
オビ=ワンがシュガーポットにスプーンを添えて差し出す。おそよ砂糖には見えない焦げ茶色の塊。見かけより柔らかくスプーンで突付くと細かく崩れた。
「どれぐらいでいいんだ?」
「そうですね。とりあえずスプーン一杯から飲んでみては」

 クワイ=ガンはいつものように薬の粉末を口に入れ、間髪を入れずに水を飲むが、やはり顔が歪む。
スプーンで焦げ茶色の粉末を放り込む。いつもならしばらく眉を顰めて耐えるところが、すぐに顔を上げた。
「苦味をあまり感じない」
「本当ですか?それはすごいですね!」
クワイ=ガンは確かめるように口の中で舌を動かしていたが、うむ、と頷いた。
「特別甘くは無いが、口の中で溶けると、苦味が消えていくようだ。」
「良かったですね。これから薬を飲むのが楽になります」
「お前も舐めて見ろ」
「それはマスターの為のものです」

 いいから、とクワイ=ガンに促され、オビ=ワンはスプーンで、焦げ茶色の粉末を掬ったが、少しためらい、口を開けていただけますか、と言って不思議そうな顔のクワイ=ガンの口にスプーンを運んだ。
そして、クワイ=ガンの顎に手を掛けて、顔を近づけ口づけた。唇を割り、ゆっくりと舌で口の中を探り、角度を変えて深く口づける。顔を離した時、久しぶりの口づけにオビ=ワンの息は揚がっていた。

「――確かに、今までに無い甘味ですね」
「風邪が移ったらどうする」
クワイ=ガンはオビ=ワンの唇をゆっくりと指でなぞった。
「予防接種を受けましたから。それに今まで移らないから大丈夫です」
「――これからは、いつも薬の口直しをしてくれるか?」
「喜んで」
オビ=ワンは少し照れながら応えた。


End


 風邪ひき話。いろいろと突っ込み所満載でございます。でも哺乳類は皆風邪ひくそうですから。
今回はマスターがダウンします。で、かいがいしく看病するオビ。この図はさまになっております。(彼氏を世話する彼女…)なんだか二人ともうれしそう。やっぱり甘々でした。
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