The Move

 夕暮れ、ジェダイ聖堂の長い回廊を長身のジェダイマスターがローブをなびかせ足早に歩んでいた。長引いた会議からようやく開放されたクワイ=ガンは弟子が待っているだろうかと思いながらも、内心を表情には表すことなく住いに着いた。

 しかし、無人の室内に足を踏み入れた時、それまで悠然と構えていた眉が不審気に寄った。律儀なオビ=ワンはいつも出掛けに予定を告げていくが遅くなるとは言わなかった。はたして予想外の事が起こったかと思った瞬間、通信音が鳴った。

「マスター、申し訳ありませんっ!」
「何かあったのか?」
「ガレンが引越しすることになったので片付けを手伝ってました。思ったより時間がかかって」
「引越し?何処へ?」
「と言ってもすぐ近く、同じ階の100mほど先です。マスター・ラーラの気に入ったフラットが空いたんで急に移ることになったんです」

 テンプル内の広大な居住スペースには何種類かのタイプの部屋があり、人種や単身か師弟かなどによって割り当てられている。弟子を卒業したナイトが一人用の部屋に移るなど環境の変化の他に、気に入った空き部屋があれば移る事も可能だ。

「ガレンは昨日の夜言われたそうです。明日移るんで今日中に荷物まとめなきゃならないって頼みこまれて」
「ずいぶん急だな。そこにクリーもいるのか?」
「それが朝から元老院へ云ったきり戻ってません。けど自分の事はいいからガレンには他の物をまとめるように言ったそうです」

 ガレンのマスター、クリー・ラーラはクワイ=ガンと付き合いの長い女性マスターで、てきぱきした処理能力は自他共に認めるところだ。けれど、いくら私有財産を持たないジェダイでも歳若い弟子に正味一日で住いの引越し荷物をまとめろというのは酷だろう。
「二人で何とか整理して、もう少しで片付きそうなんです」
「ご苦労、あまり遅くならないうちに戻るように」
「はい、ありがとうございますマスター」

 通信を負えたクワイ=ガンは顎に手を添え思案する。ガレンもオビ=ワンも部屋ぐるみの引越しは初めてだから無理もない。が、時間が無いとき一気に片付けるとすれば――まあクリーのすることだ余計な手出しは無用だろう。外へ出る気もせず、クワイ=ガンはフリーザーにあるものを取り出して簡単に食事を済ませ、調べ物を始めた。

 もう少しと言っていたオビ=ワンはなかなか帰ってこなかった。いささか遅いと思ったとき、クワイ=ガンは悪い予感を感じた。自分ではなくそれは弟子の身にふりかかった災難と言うか困りごとということがボンドを通じてわかった。師は立ち上がり、部屋を出た。


 マスター、クリー・ラーラとパダワン、ガレン・ムルンの住まいに着てみるとフラットの扉は閉じられ、物音も聞こえない。クワイ=ガンはコムリンクを取り出した。

「クリー、クワイ=ガンだ。オビ=ワンがいるだろう?」
ややあって落ち着き払った声が帰ってきた。
「無事でいるわよ。私だってよその弟子には気を使うからご心配なく」
「それは礼を言う。ついでに今すぐ連れて帰れるか?」
「――そうねえ、オビ=ワン次第かしら。今コムリンクを追いかけて捜してるわ」
「入るぞ」
「ちょうどあなたの頭のあたりにテーブルがあるから気をつけて」
「わかった」

 クワイ=ガンはフォースを集め、扉に身体が通れるほどのすき間を明けて素早く室内に入いる。そして注意通り、真ん前に飛び込んできたリビングテーブルを避けて頭を逸らし、横に体をすべらせた。つま先でごく軽く床をけっただけで身体がずいぶん遠くへ移動した。

 赤毛のクリー・ラーラが開け放した自室のドアの脇にいた。
「クワイ=ガン、あなたこのやり方の引越しは何年ぶり?」
「さあ、家具ごとの引越しなど何十年もしてないな」
「ならこの機会にガレンとオビ=ワンに経験させられてよかったじゃない」
「――何事も経験だ。否応なしだが」
「とにかく時間がないの。荷物だけまとめて運ぶなんて手間かけられないわ」
「さしつかえなければ、及ばずながら手伝おう」
「助かるわ、クワイ=ガン・ジン」

 予想通りという表情でにっこり微笑むクリーの周囲には部屋中の家具ばかりか、あらゆる小物までもが、空中に浮いている。その中をマスターの姿を見つけたオビ=ワンが水中でも泳ぐように腹這いで浮いて散らばった物をかきわけてやってきた。

 クワイ=ガンの前まで来て、足元は宙に浮いたままのオビ=ワンだがコツをつかんだらしく身体を立てにした。普段なら見上げる位置の顔が同じ高さにある。

「すみません、マスター。コムリンクを手放したらどこか飛んでって連絡できなかったんです」
謝りながらもオビ=ワンは子供のように楽しそうな顔だ。
「まあ、こんなことだろうと思った」
「じゃあこれって、大人のジェダイなら皆知ってるんですか?」
「知ってはいるがめったに使わんさ。フォースで部屋を無重力にして荷物を運ぶ引越しなど、裏技もいいとこだ」

 やや呆れ顔のクワイ=ガンの言葉に、オビ=ワンも可笑しそうにちらと室内を振り向く。重さから放たれたあらゆる物は部屋中にふわふわと浮いて漂い、指先でちょっとつついただけて驚きの速さで端まで飛んでいってしまう。大事なものも一旦手放したらどこへいくかわからないありさまだ。

 人間だって物体と同じく好きな格好で漂っていられるので、かえって行きたいほうに進んだり床に立ったりするにはこつがいる。ガレンも奥から泳ぐような姿勢で3人の側までやってきた。

「こんにちは、マスター・ジン。すみません、僕もこんなことになるって全然知らなくてオビ=ワン付き合わせちゃいました」
「まあ何事も経験だ」
「助かるわ、二人とも。とにかく今晩中に終わらせるわよ!」
「手順は?」
「ここから引越し先のフラットまでの通路、ほんの100mほどだけど、一時的に移動専用にする届けは出してあるわ。短時間ですませるには家具も全部動かす。作り付け以外はね」
「家具ごとか。あっちの部屋はもうからっぽにしてあるのか?」
クリーは軽く肩をすくませる。
「思ったより帰りが遅くなったの。――そこでお願い」
「まだなんだな」
「クワイ=ガン、手分けしましょう。あなたが向こうで家具を動かして通路に出した後、わたしがここから運んでいくわ」
「つまり、そっくり入れ替えるんだな」
「そう、向こうは家具だけだから楽なはずよ」
「わかった……」
「こちらの家具はわたしが運んで向こうでセットする。ガレンとオビ=ワンはお互いのマスターの指示にしたがって。さあ、やりましょう!」

 住いの扉を開けて通路に出てみると、クリーが手配したとおり、すでにドロイドが通行止めというか通路を蓋でもしたみたいに薄い壁のようなもので塞いでいた。
ジェダイ4人のフォースで作り出した無重力空間は元の住いと移り先の住いを結ぶ通路いっぱいに広がっていた。

 クワイ=ガンは身体の向きを変え、床に足をつけ速足で歩いて向こうの部屋に行ってしまった。だが、オビ=ワンがやってみると案外これが難しい。水中を泳ぐように腹這いで進むほうが楽だった。クリーは立ったまま床上数cmほどで姿勢を保ち、漂っている大きな家具に軽く手を添えて押し出すように次々移動させている。弟子も見習って、それぞれまとめておいた物を動かし始めた。

 小惑星郡のように空中に漂う品々のすき間から遠くを見ると、すでにクワイ=ガンが向こうの部屋から次々家具を運び出すというか、整然と宙に浮かせているのが見える。オビ=ワンは師を目指し、再び行く手をさえぎる物をかき分けだした。

 そうして、オビ=ワンとガレンにとっては始めてみる光景、すべての物が宙に浮いて一斉に移動し、途中で交差してそれぞれの部屋に収まるという眺めが繰り広げられた。

 室内にセットするのはどうするかと見ていると、壁際に立ったクワイ=ガンは家具をひとつづつ指差し、見当を付けた位置に順々に下ろすというか着地させていた。
「やってみるか?」
「はい、あ、えと――こう、ですか?」
オビ=ワンもひとつの椅子に掌をかざしてフォースで念じたが、ドスンと音をたてて床に落ち倒れてしまった。
「力を加減してゆっくり。ちゃんと着くまでは気を抜かないように」
「はい、マスター」
何度か軽いもので練習すると、オビ=ワンも物を床にセットできるようになった。

 家財道具はなく、備え付けの家具と備品なのでほどなく片付いてしまった。そこで師弟があちらの部屋にいってみると、家具は無事納まっていて、クリーとガレンは未だ宙に浮いた中身をそれぞれの部屋の収納場所にフォースで入れているところだった。
「クリー、向こうは終わった」
「ありがとう」

 ひょいひょいと指先で軽やかに物をあやつるクリーの目の前はみるみる片付くのに比べ、落とさないように掌をかざし慎重に物を運ぶガレンとは当たり前だが進み具合がだいぶ違う。
「ガレン、僕も手伝うよ」
「ありがたいけどもう遅いし、あとは私達だけでやるわ、オビ=ワン」
「うん、どうもありがとうオビ。本当にだいじょうぶだから」
師弟は話しながらも手を休めない。

 でも、と言いかけたオビ=ワンの肩にクワイ=ガンが手を乗せた。
「あとはプライベートな物の片付けらしい。私達の用は終りだ。戻るぞ」
「はい、マスター」

 扉を閉め通路にでると、歩き出そうとしたオビ=ワンがふいに前のめりに転びそうになり、クワイ=ガンに腕をつかまれた。
「すみません、あの何だか――」
「今まで無重力にいたから動きがちがうんだ。ここは元に戻ってる」
「ああ……」

 自分の住いに戻っても、オビ=ワンの感覚はすぐ元には戻らなかった。空腹を思い出してキッチンで食べ物を温めようとしてうっかり食器を落としそうになったり、シャワーを浴びていても湯が弧を描いて流れていくのを見つめたりと不思議そうな顔をしていた。

「マスター、どうして物には重さがあるんでしょう?」
ようやく掴んでいたものを手放すと下に落ちると納得したオビ=ワンはカップル注意深くテーブルに置いてクワイ=ガンに話しかけた。
「よほど印象が強かったんだな。今は無重力状態の訓練がなくなったからな」
「以前はあったんですか?」
「今ほど反重力装置が普及していないころだ」
「引越しにフォースで無重力を使うのはいつごろからですか?」
「さあ、ヨーダが始めたという噂があったがわからんな」
「訓練すればマスターのように出来るでしょうか?」
師の片眉があがったので弟子はあわてて打ち消す。
「もちろん、普段は使いません。いつか急な引越しとかあった時の為です」
「当分お前には必要ないと思うが」
クワイ=ガンはソファーから立ち上がり、オビ=ワンに向きなおった。
「それとも――」
「え?」

 近くで見つめられた濃い青い瞳がいつもと違うことにオビ=ワン気付いた。
笑みを含んで覗き込む瞳は同じ、だがその位置が違う。見詰め合う目線が同じ高さなど立っていてはありえない。
「!」
ブーツをはいていないオビ=ワンの爪先は床から二人の身長の差だけ宙に浮いていた。
そしてクワイ=ガンの手はオビ=ワンの腰に回されていた。

「こういう使い方はどうだ?」
「……フォースの無駄使いじゃ、わっ!?」
クワイ=ガンが手を離したので身体が上にあがりそうになり、オビ=ワンはあわててクワイ=ガンのチュニックの襟をつかんだ。
「マスター下ろしてください」
さっき覚えたように自分でフォースを加減して足をつけようとするが、身体がすぐに浮いてしまう。

「自分でコントロールするのも修行のうちだ」
「マスターほどのフォースはありませんっ」
「たいていは卒業して一人前になる頃のフォースコントロールならコツさえ分れば無重力を操れるようになる。個室に引っ越す時やってもいいぞ」
「そういうことだったんですか!?」

 オビ=ワンは浮きそうになる身体を止めようとクワイ=ガンの襟元をつかんで少しジタバタしてみたが、師の作り出したフォースには及ばないとわかると動きを止め、もう片方の手をクワイ=ガンの首に回し顔を近づけた。
「では無駄遣いじゃなくて、願いを叶えるのはかまいませんか?」
「うん?」
「こうしてるとマスターと同じ身長になった気分を味わえます」
囁いてクワイ=ガンの頬に頬を寄せ口づける。恋人はすぐに応えてきた。


「……悪くないな」
「でしょう?」
「だが弟子がいつも足が地につかないのは困る」
クワイ=ガンの手が弟子の腰にまわされた。
「おろしてくれますね、マスター」
青緑色の大きな瞳を持つ弟子は口許に笑みを浮かべ上目遣いになる。

クワイ=ガンはそのまま歩き出し、ベッドの上で弟子を降ろした。



End

 無重力空間をふわふわ。ジェダイじゃなくてもちょっと憧れません? 師弟なら楽しさも倍増(笑)
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