Iris | − 虹 − | |||
ジェダイナイト、オビ=ワン・ケノービは明るくなった空を見上げ、空色の瞳を微かに細めた。降りつづけていた細かい雨がようやく止みそうな気配だった。 『虹が出るかもしれない』 ふと思いついて我知らず笑みが浮かぶ。自分も嬉しいがむしろ弟子のアナキンに初めての虹を見せたかった。 砂漠の惑星で育ったアナキンは惑星コルサントのテンプルに来るまで他の惑星を知らなかった。水が貴重な惑星にいたため、テンプルの泉を見ただけで始めは仰天したものだ。 もっとも、子供は新しい環境に慣れるのも早く、オビ=ワンの弟子として任務に着いていくようになってからはさまざまな自然環境の惑星も体験した。13歳になった今では、本物の海を見て打ち寄せる波の音に寝付けなかったような興奮は最近ではなくなった。 けれどやはり雨は珍しく嬉しいらしく、任務の会議中の大半、雨が降っていた庭を時折り楽しそうに見ていた。オビ=ワンはほほえましいと思ったが、任務も無事済み、この惑星を出立する時になってようやく止みそうになった空を見て、もしかすると虹が見られるかもと胸のうちで期待した。 自分が始めて虹を見たのもマスターと一緒だった。いつだったか定かでないが、任務中乗り換えで立ち寄った小さな惑星の空港で山に架かった薄い虹を見たのが始めだった。クワイ=ガンに言われて弟子の少年は大きな瞳をこらして初めて美しい自然現象を見つめた。けれど消えかかっていた虹はすぐに薄くなりかき消えてしまった。 「運が良かったな、パダワン」 あっけない幕切れにふぅと息を漏らした弟子の細い背をクワイ=ガンが優しく撫でた。オビ=ワンは普段は厳しい表情のマスターの笑顔に、消える寸前の虹を見られたことがむしろずっと幸運だとすごく嬉しくなって顔が輝いた。 「はい、マスター!」 一番良く覚えているのは戸外で見た虹、内乱が続く戦場のテントだった。停戦の調停に派遣された師弟は、連日ぎりぎりまで交渉を続けた。成人していたオビ=ワンはクワイ=ガンの疲労が次第に深くなるのをボンドを通じて察していたが、師がけっして諦めないともわかっていた。やっと妥協を見出して停戦にこぎつけたのを待っていたかのように、降り続いていた雨が小止みになってきた。 ぐっすり寝入っているクワイ=ガンに優しい眼差しを注いで、オビ=ワンは師弟用のテントから外へ出て見た。 いつの間にか厚く垂れ込めていた雲が払われ、薄い陽が射していた。それにも増して目を見張ったのは、空一面に架かった巨大な虹だった。 昨日までの砲弾が止んだ静かな平原に、くっきりと七色の帯が空いっぱいに高くアーチを描いていた。どのテントの周りにも兵士達が立って、皆空を見上げている。 それはまるで戦いが止んだことを天が祝福したと誰もが感じたほどの、見事な天空に架かる橋だった。 無言でしばらく空を見上げていたオビ=ワンは虹が次第に薄くなりだしてからテントに戻った。クワイ=ガンはまだよく寝ていた。初め見事な虹に気づいた時、オビ=ワンは真っ先にクワイ=ガンに知らせようと思った、けれど数日間ほとんど休まなかった師がやっと眠ったのを思い起こし知らせるのを思いとどまった。二人で虹をみる幸運を分かち合いたい想いを、愛しい人の眠りをさまたげたくない労わりが勝った。 「何かあったか?」 ふいに掠れた声で、横向きに寝ていたクワイ=ガンが少し頭をおこしてこちらを見ていた。 「すみません、起こしてしまいましたか?何もありません、マスター」 「いや目が醒めたんだ。何か言いたそうな顔だな」 「虹が出てます。雨はあがりました」 オビ=ワンは下ろしていたテントの窓の覆いをまくりあげた。 「見えますか?」 「ああ――ちょうど消えるところだな」 「見たことないほど大きくて綺麗な虹でした。すみません」 「うん?」 「あの、出来ればマスターにも見ていただきたかったんですが」 「最後に見られた」 「そうですね」 「それだけで幸運だろう?」 「そうですね」 クワイ=ガンはまだ折りたたみ式のスリーピングカウチに横たわったまま、上半身を起こした。 「お茶でも淹れましょうか、マスター」 「オビ=ワン」 「はい」 弟子はクワイ=ガンの側に寄って身を屈めた。 「印象的な虹だったようだな」 「ええ、大きくて、どの色も鮮やかでした」 「寝ていたから起こさなかったんだろう」 「お疲れのようでしたから」 師の表情を覗き込むようにして弟子が小さく告げる。 すると、クワイ=ガンは目の前で揺れている金褐色のブレイドを指で軽く弄ぶようにしながら手を上にすべらせ、オビ=ワンの頬を両手で包み込んだ。 「代わりにお前が虹を見てくれたんだな」 「ええまあ、ホロを撮ったりはしませんでしたが」 「充分だ。お前の目の中に残っている」 「え?」 「瞳に映った見事な虹だ」 不思議そうに見つめてくる空色の瞳に、目尻にしわを刻んで口許を緩めたクワイ=ガンは弟子が思わず伏せたまぶたに恭しく口づけてから――薄く開いたままのオビ=ワンの口にとても優しく唇を重ねた。 「オビ=ワーン、マァスター、雨が止まっちゃった!」 「は?」 オビ=ワンの弟子は残念そうに空を見上げている。 砂漠で育ったこの子は降る雨を見ているのが好きなのだと思うと可笑しさが込み上げてくる。 「そういう言い方はしないな。普通は雨が止むかあがったと言うんだ」 「ふうん」 アナキンはに薄日が射し始めた空を楽しげに見上げるオビ=ワンを浮かない顔で見ている。 「それに――ほら、見てごらん!」 「うん?」 オビ=ワンが射す方をみた少年の表情がみるみる驚きに変わっていく。 「あれ、あれ何!?」 「虹だよ。めったに見られない自然現象だ」 少年は初めて見る虹に、口まで半開きにして見惚れている。 「天からの贈り物、と私のマスターは言われた」 「クワイ=ガン?」 「そう」 「ほんの短い間でも一緒に虹を見られた事に感謝しよう、パダワン」 「うん!」 オビ=ワンは元気に答えた弟子の肩に優しく手をおき、頭を巡らして大空を見上げた。 End 虹の女神はイリス、アイリスとも言います。花の名前にもなっていますね。今の時期に咲くあやめ、しょうぶ、かきつばた等もアイリスです。実は外国で品種改良されたアイリスの中にオビ=ワンという名前のものがあるんですよ(笑) |
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