Bewitched 2 − 奥様は元ジェダイ −

【 Sweet Jam 】

 夕飯をすませた後、いつもならリビングでとり止めのない会話を楽しむのだが、その晩は違った。オビ=ワンがクワイ=ガンに告げた。
「すみませんが、これから苺ジャムをつくるのでキッチンにいます」
といっても二人暮しのほぼワンルームの室内にリビングスペースもダイニングテーブルもあるので、普段隣に座るのが数メール先になるだけの事。

「かまわんが、お前ジャムって手作りしてたのか?」
弟子の頃から家事万端こなし、特に料理は趣味と必要にせまられて大抵のものはできたオビ=ワンだが、クワイ=ガンの記憶にはなかった。

 40代には絶対見えない外見の元弟子は、聞かれるとはにかみながらもわくわくした少年のように大きな瞳を輝かせて答えた。
「実は初めてなんです。作り方は知ってたんですけど、テンプルの部屋で作るのもどうかと思ってしたことはなかったんです」
「お菓子なんかはけっこう作ってたじゃないか」
「あれはまあ食後のデザートとか贈り物とか、必要があってやってたんです。けどさすがにジャムはそうでもないし、つくるとなると元の果物から選びたくて」
「ほお、でどんな苺にしたんだ?」
「都市で売られていた高級品はそのまま生で食べたほうがいいですからね。田舎の市場で売られている大きさ不揃いお手ごろ価格の無農薬完熟苺にしました。はっきり言えば農家の自家用で余った安い苺です」

 実際に買うでなし、今更値段など気にせず最高級品を使えるはずと思うが、オビ=ワンの価値観ではジャム用苺はそれが良いらしい。
「夕食のまえに砂糖をまぶしておいたんです。こうすると水をいれなくても自然に果物の水気が出てくるんです」
 コンロの前に立ったオビ=ワンはソファのクワイ=ガンを向いてにっこりする。
「鍋はほうろうでもいいですが、土鍋も良さそうなのでそれでやってみます」
鍋に向き直ったオビ=ワンは火にかけ、木べらでゆっくりかき回し始めた。やがて室内に甘い香りが漂い始めた。


 ――ここは銀河系の辺境、はっきり言ってド田舎の砂漠の惑星タトゥイーン。なんで無農薬完熟苺なんてあるかというと、元ジェダイの師弟、いや元ジェダイでフォースに還ったクワイ=ガンが強引にジェダイの生残りのオビ=ワンを引っ張り込んだフォース界での二人暮らし。すべてはフォースで思いのまま。バーチャルリアリティや妄想みたいなもんと紙一重、もちろん普通の人には見えません。

 焦げないように混ぜているとふつふつと細かい白い泡が立ってくる。オビ=ワンはその表面をアクすくいで丁寧にとり始めた。それを小ぶりのボールにためている。
「苺のアクっておいしいらしいんです。後でお茶に入れてロシアンティーにしてみましょう」

 くつくつ煮詰まってくる鍋の中をのぞき込むオビ=ワンの横顔もいいなぁとクワイ=ガンの頬も緩む。砂糖の甘い匂いが香り高い苺の良い匂いに変わったその時。
「あっ!?」
「どうした?」
「色が変わったんです!煮はじめに苺の色が抜けて白っぽくなったんですけど、水気が減って煮詰まってきたらまた元の色に戻って、いえもっと深くて透明な深いルビー色ですね。これはやってみないとわからなかったなぁ」
オビ=ワンの弾む声にクワイ=ガンも席を立ち、どれと肩ごしに覗きこんだ。
「ね」
「そうだな」
「良い具合にとろみがでてきたんでそろそろ出来上がりです」

 最後にゆっくりかきまわしてオビ=ワンは火を止めた。
「完成〜」
「案外あっさりできたな。何かに付けて味見するのか?」
「いえ、すぐビンに詰めて明日の朝トーストにつけましょう!ビン詰めが終わったら美味しいロシアンティーはいかがですか?」
「それはいいが、明日の朝?」
「明日は休みでしょう?」
オビ=ワンは手を止めちょっと小首をかしげるようにしてクワイ=ガンを見上げた。
「そうだったな」
じわと嬉しさが込み上げ、にやけそうになる顔を隠す為クワイ=ガンは背を向けてソファに戻った。

 叔父夫婦に育てられているルークを見守るオビ=ワンをフォース生活に引っ張り込む為、クワイ=ガンが提案したこと。それは毎朝オビ=ワンはフォース界から現実の荒野の家へ出勤して日中はルークを見守ったり生活を維持する仕事をし、日没後にまた戻るというもの。

 いわば朝仕事に出かけて夜帰ってくる社会人みたいなもの、当然数日に一回は休日も有り。いつもはフォース界で朝食をとらないオビ=ワンもその日は二人でゆっくり好きなものを食べるということだ。まあ、フォース界では食事する必要がないので実際食べるわけじゃなく、よって何を好きなだけ食べても大丈夫。現実のオビ=ワンは体力維持の為、たまに仕入れてきた食料で質素な食事を摂っている。


「はいどうぞ。甘みはお好みで」
「ありがとう」
エプロンをはずしたオビ=ワンがティーポットを運んできてリビングのテーブルにおいた。側にさっきすくったルビー色のアクを白い器に入れ添えてある。
クワイ=ガンがひとすくい。オビ=ワンは山盛りで数杯すくってカップにいれ、そこに熱いお茶をそそぐ。
スプーンでかき回してひとくち飲んだオビ=ワンは満足そうに目を細めた。
「美味いですね」
「ああ」



 翌日、普段は日の出前に起き二人で温かい飲み物をとったあとフォース界から出勤(?)するオビ=ワンだが、今日は休みなのでゆっくり朝食の支度をしている。クワイ=ガンも豆を挽いてコーヒーをいれた。

 メインが昨晩の手作りジャムのトーストなので他はシンプルにグリーンサラダとボイルドエッグ、それに果物。

 チン、と軽快な音がして厚手のトーストが香ばしく黄金色に焼きあがった。
オビ=ワンがこってりと塗ったバターのうえに、さらにたっぷりすくった苺ジャムを塗るというよりのっけ、大口をあけてザクッと齧った。
生前甘いものが得意でなかったクワイ=ガンは、さすがにその半分くらいの量を、それでも思い切ってバターとジャムをのせて同じくサクリと齧る。

「あ〜美味いっ!」
「――これは美味い」
ほぼ同時に声がもれる。
(モグモグ)
「バターの塩っ気とジャムの甘酸っぱさが合わさって何ともいえないですね〜」
「甘いだけじゃなく互いの味が引き立ってるな」
(モグモグ)
「なんだか幸せです」
「このパンとバターも美味い」
(モグモグ)
「北国の修道院の品が美味かったのでそれを思い出して使いました」
「そういえばあそこは昔ながらの手作業だったな」
(モグモグ)
「今度はブルーベリーとかラズベリーをジャムにしてみようかな」
「なってる場所に摘みに行ってもいいんだぞ」
(モグモグ、モグモグ――)

「そうですねぇ。けど私の希望ばかりじゃ悪いし、せっかくの休みですからマスターの好きなことをしましょう。釣りでも散歩でも」
「お前と一緒にいられるだけでいいんだ、オビ=ワン。何処で何をしても」
「マスター……」
トーストの最後のひとくちを食べ終えコーヒーを飲んだ後、オビ=ワンは水色の瞳を見開いて瞬きした。

「以前のあなたなら決してそんなこと言わなかったですね」
「フォースになると己に正直になる。おまえもそうじゃないか?だからこれまで我慢していたジャムをつくりたくなったんだろう」
「そうですね、多分」
「私は正直に言ったぞ。おまえも好きな事をすればいい。バターやパンを手作りしたいんなら付き合うぞ」
オビ=ワンは小さく笑った。
「今のところそこまでは思わないです。手作りしたら一日かかって休みがなくなりますし、慣れた職人にはかないません。では散歩に行きましょうか」


 といっても住まいの周辺はいつもオビ=ワンがトレーニングで歩き回っているので、フォース界ならではの空間移動で好きな場所の散策を楽しむことにする。ジェダイテンプルは人工の巨大都市にあったのでクワイ=ガンもオビ=ワンも任務意外の休暇などは自然の多い場所が好きだった。

 今日の散歩はやはり銀河の中心から遠く離れた戦渦の及ばない温暖でのどかな惑星にした。
「ワイン用のぶどうが収穫を迎えたところ」
というのがオビ=ワンの希望だった。
「ワイン用のぶどうは食べても美味いけど産地でないと食べられないってワイン産地出身の議員が残念がってたんです」
「そういえば、私もワイン用ぶどうは食べたことがない」

 フォース体の二人は緩やかに広がる日当りの良い丘の少し上空にいた。
ゆるい起伏におおわれたぶどう畑が延々と続き、青々と繁った葉の下に濃い紫色の房がたわわに実っている。

 オビ=ワンはふわりと人影のない地面に近づき、そっと手を差し伸べた。
「もう充分育ってるようですね。皮がやや厚くて色が濃いほかは普通のぶどうと変わらないみたいだけど」
「食べてみればいいじゃないか」
背後からクワイ=ガンの声がする。

 オビ=ワンはもの問いたげな目で肩越しに長身のクワイ=ガンを振り仰いだ。
「家でするときと同じだ。記憶を元にフォースでなんでも再現するだろう。このぶどうの香り・色・形・重みを再現すれば味も同じになる。これがいいか、大粒で色艶もいい」
クワイ=ガンは手を伸ばし、高いところに生った一房に触れた。と、そっくり同じぶどうが立体コピーでもしたように出現し、クワイ=ガンの掌に乗っていた。
「わかりました」
オビ=ワンも笑顔で頷いた。


 もう収穫の始まった人気のあるところは避けて、二人はぶどう狩を楽しみ、ぶどう園の中心、ワイナリーのシャトーと思われる大きな建物の屋根に腰をおろしてバスケットに摘んだぶどうを味わう。
「すごいみずみずしさが口じゅうに広がります。香りが何ともいえないですね。それに甘さより爽やかな酸味!」
「たしかに採れたてだから味わえるぜいたくな味だ」
「ぶどうを食べるというより果汁を味わってるみたいですね。いくらでも食べられそうです」
「腹をこわす心配はないが、ほどほどにしとけ、オビ=ワン」
「わかってます」


 と言いながらクワイ=ガンの数倍の量を平らげたオビ=ワンはやがて手を止め、満足げに高い屋根からの見事な景観を眺めた。次第に日が傾き、夕日に照らされた一帯が金色に輝き出した。
「今になってこんなことが叶うとは思いませんでした」
「それは良かった」
「まったくあなたといると思いがけないことばかり。嬉しいですけど」
「私だって一人ならやらないが。お前の食い意地は対したもんだ」
「今に始まったことじゃありません。もとはといえば任務中は食事も忘れる師を持ったからです」
オビ=ワンがつんとして応酬してきたので、クワイ=ガンが苦笑する。
「否定はできないな……」

「ねえ、マスター」
「うん?」
「大戦が始まってからですが、もし、もし私があなたの弟子にしてもらえず、あのままバンドメアの農園にいたらどうなっただろうと考えたことがあります」
「オビ=ワン」
「フォースを使って植物が育つのに良い影響を与えるなんて、あの時はジェダイになりたい一心だから深く考えもしなかったけど、そのほうがよほど役にたつ」
「……」
「ジェダイも分離主義者もお互い正義の戦いといいながら、膨大な戦費と資源を費やし、何も生み出さないでただ破壊しだだけだ。こういった農園を見ていると、作物を育てて収穫する事が心底素晴らしいと思います」
「ジェダイの役目と言うのはそういった人々が平和に安心して暮らせる世界を守ることだ」
「わかっています。けど、戦いのむなしさを感じるたび私があのまま農園にいてテンプルに戻らなくても、マスター・クワイ=ガンは別の弟子をとっていずれそのジェダイがジェネラルになった――」
オビ=ワンの言葉をさえぎってクワイ=ガンは静かに、だが断固として言い切った。

「それは違う、マイパダワン」
「マスター」
「あのままお前が農園に残りたいと言っても私は弟子にしていた。お前が一度私の元を離れた時、いくら打ち消そうとしても互いにフォースが呼び合うのはわかったはずだ。そして今、私はフォース体でお前の元に戻ってきた」
「私は――」
「まだ戦いの疲れが尾を引いてるようだな。リラックスして生活を楽しむといい」
「確かに長年フォース界で修業したあなたにはまだまだ及びません」
「それに何か育ててみたいなら、あの荒野でも出来るかもしれんぞ」
「え?」
「以前、寒冷地や砂漠に適した作物の研究者を助けたことがある。偏屈だが実績は素晴らしい、今は帝国も一目置いて食料増産に協力を頼んでる」
「いいですね。自給自足というかささやかな家庭菜園ができれば。あ、ダメもとで出来なくてもがっかりしませんから」
「だいぶ前向きになってきたな」
クワイ=ガンは立ち上がった。昔の性急さそのままさっそく向うつもりなのだろう。
愉快になったオビ=ワンも笑顔で腰を浮かした。
「あなたの弟子ですから」
「今はパートナーだろう」
クワイ=ガンが口許を上げ、やや前かがみで同意を求めるようにオビ=ワンの青緑の瞳を覗き込む。

 そうして次は大きな手を差し伸べてくるだろう。オビ=ワンの唇がほころび柔らかなカーブを描くと、すばやく目の前の長身の男の腕に自分から手を絡ませた。

「そうですね、クワイ=ガン」



End

 このままでは休みの度に美味いもの産地めぐりになりそう(笑)
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