Marshmallow day   

「マシュマロをココアに入れるって誰が考えたんでしょうね、マスター?」
「うん?」

 手のかかる課題のレポートにとりくんでいた弟子が、どうやら山を越えたらしく部屋から出てきた。そのままキッチンへ行きココアの缶を明けて、見るも恐ろしいほどの山盛りの砂糖を入れた熱々ココアを作ってリビングへ来た。椅子に掛け、別の缶からミルク色のふんわりしたマシュマロを取り出して表面に浮かべた。

「さあ」
「ベアクランのころ誰が始めたかわからないけど一人やったら皆まねして、それからいつもマシュマロ入れたくなって無いと物足りないんですよね」
別に答えを期待して聞いたわけでもない弟子は、ふーふーと表面を吹きながら、いかにも美味そうにマシュマロを浮かべたココアを飲み始めた。

「進み具合はどうだ?」
「何とかまとまりそうです。ひと休みして、それから仕上げと見直し、今晩中には終わらせます」
「予定通りか?」
「ええ、明日は別の予定があるんです。ところで、マスターは子供の時、これやらなかったですか?」
「やらなかった。子供の時は甘いものも食べてたが」
「そうですか。マシュマロ入りココアを味わわないなんてもったいない」
「もともと知らないからそうも思わないが」
「まあ、嗜好は人それぞれですから」
「お前みたいに何でも平気で、酒も甘いものも底なしというほうが珍しい」
「底なしというか、自分で料理したのを残すのはもったいないので食べます」
「そもそもつくる量がはんぱじゃない」
「えーあれぐらいで―― 」

 その時、来訪を告げるブザーが鳴り、さっそうとエイリアンのジェダイが姿を表わした。
「夜分すまない、クワイ=ガン。君の弟子に聞きたいことがあるんだ?」
「やあ、キット。何なりと」
「こんばんは、マスター、フィストー」
「キットでいい。さっそくだが、バントには何がいいかな?」
「は、何ですか?」
「ほら、14日のお返しだ」
「ああ」
「まあ掛けたらどうだ」
せっかちな物言いを可笑しく思いながらクワイ=ガンは椅子をすすめる。
「ホワイトデーの贈り物ですね。初めてなんですか?」
「そうだ、バントがパダワンになってからは。今まであいにく任務中だったりした」
「そうなんですか」


 オビ=ワンの親友カラマリアンのバントは、前のマスター、タールが亡くなった後ノートランのジェダイ、キット・フィストーと新たな師弟の絆を結んだ。種族は異なるが、共に水中活動が得意なエイリアン同士で、新たな師弟関係は良好のようだった。

「君はバントと親しいし、甘いものに詳しいと他からも聞いた」
「私の弟子のその方面は特技と言ってもいいぞ」
「マスター!?」
「ほう、それは素晴らしい!で何がいい?」
「あの、バントからはどんな贈り物でした?」
「このくらいの小花模様の箱に入ったチョコの詰め合わせだった」
「じゃ多分、今人気の――ですね。値段は――ぐらいだと思います」
「大したもんだな。とするとこっちからは何がいい?」
「バントは何でも喜んでくれると思いますけど――」

 オビ=ワンがあげたいくつかを記録し、キットは礼を言って椅子から立ち上がった。
「そう急いで帰らんでもいいだろう、キット。お茶かココアでもどうだ?」
「ありがとう、今日は遠慮しとこう。それより君たち、明日から任務じゃないのか?発つ前と思ってこんな時間にきたんだ」
「いや、知らんぞ」
「あの、どこで聞かれたんですか?」
「さっき食堂でデパが――」
クワイ=ガンの通信機が呼び出し音を鳴らした。


 通信機を戻したクワイ=ガンはやや眉を寄せてオビ=ワンとキットに向き直る。
「大した早耳だな、キット。パダワン、明日の午後、出発だ」
「明日、ですか?何処へ内容は?」
「今詳細を送ってくる。こじれた会談の仲裁をしてこいだそうだ」
オビ=ワンは飲み干したカップを持って立ち上がった。
「課題を仕上げてしまいます」
「私も失礼しよう。フォースが共にあらんことを」
きた時と同様、エイリアンのジェダイはつむじ風のように去っていった。
「――あの男が来たとたん、せわしなくなったようだな」
「バントもそんなこと言ってました……」
師弟は目を見交わして苦笑した。



 こじれる前にジェダイを呼んで欲しいと思うのだが、往々にして当事者達の手に負えなくなって、それでも物別れではこの先危険すぎるという場合になってから、あわてて元老議員をせかしてジェダイを頼む、というパターンは案外ある。

 こういった場合はまず経験の長い老練なマスターにまかされる。クワイ=ガンはさすがのキャリアで交渉の流れを読み、妥協案を提案した。オビ=ワンは別行動で双方の情報を集めたり、市民の実情を見て回ったりした。結局、双方とも渋々ながらもその妥協案を受け入れた。


「ほぼマスターの予想通りになりましたね」
「優秀な弟子が正確な情報を集めてくれたからな」
「お褒めに預かりまして」
「政治家や一部の特権階級と市民の差はひどいもんだ。交渉が長引いたら飢えで暴動さえ起きかねんのに危機感がまったくない」
「表通りから一歩裏に入ると市場や店にも本当に何もないんです。子供達もひもじそうで胸がつまりました」
「元老院の監視委員会に報告せねばならんな、資料を添えて」
「お手伝いします、マスター。」

 ライトセーバーを抜くことは無かったが、師はそこそこ気骨が折れ、弟子は忙しく飛び回って任務は達成され、師弟は数日後にコルサントに帰還した。


 事後処理などで夜遅く休んだクワイ=ガンが目覚めてリビングに行くと、何とも甘い匂いが漂っていた。
「おはようございます、マスター、お茶を淹れましょうか?」
「おはよう、ああ頼む」
微かに眉をあげた師の表情を見逃さず、弟子はまず侘びた。
「すみません。換気してるんですがまだ匂いますね」
「いやかまわないが、フルーツケーキでも焼いたのか?」
「少し違いますけど――」
良い香りのたつカップをクワイ=ガンの前の差し出しながら、弟子は誘うように微笑みかけた。
「味見してみます?それほど甘くないはずですよ」
「まあ一口なら――」


 はずむ足取りでキッチンから取って返したオビ=ワンが抱えていたのは、両手に余るほどの入れ物に積まれた甘い香りが漂うふわふわのピンポン玉のような白とピンクの山。
「……」

「プレーンとジャムを使ったんです。ほんとうは4種類ぐらい作ってみたかったんですが」
どうぞ、と促され、クワイ=ガンは山の頂から真っ白な塊り、いや指で軽く摘まもうとするだけでふわっとくぼむお菓子をとった。
口にいれると柔らかな独特の弾力、まだほのかに温もりのある出来立てのマシュマロは噛む前に淡雪のように溶けていく。

「いかがです?」
美味いとか口に合うとかいう前に、クワイ=ガンの顔に浮かんでいるのは、得たいの知れないものに出くわしたときの、何だこれはという表情。
「オビ=ワン」
「はい」
「これは、いったい何で出来てるんだ?」
「メレンゲとゼラチン、分かり易く言えば、卵白を泡立てたものに砂糖とゼラチンを混ぜて固めたお菓子です。表面の粉はくっつかないようにまぶしたコーンスターチです」
「そうか、ひとつ覚えた。しかし、いくら軽いお菓子だってこんなに作ってどうするつもりだ?」
「――実はホワイトデー用のはずだったんですが急な任務で出来なくて、材料だけ残ったんです。自家用には少し多かったですかね」
「食事代わりにするつもりか?」

「まさか、マスターに迷惑かけることはしません」
 笑顔できっぱり言い切る弟子をみて、ジェダイマスターの眉が僅かによった。

「私が食べなくても、戸棚あけたらマシュマロがこぼれ落ちるとか、お前のデザートが皿いっぱいのそれとかか?」
「ええまあ……って私シールド閉じてませんかっ!?」
「それぐらい、普通に考えればわかる」
「じゃー部屋で一人で食べます」
「元老院への提案書を作りながらか?」

 オビ=ワンの通信機が鳴る。
「ああお早う、バント!大丈夫だとも」
オビ=ワンの幼馴染で親友のバンドはすぐにやってきた。

「お早うございます、マスター・ジン、オビ=ワン。お疲れのところ、ごめんなさい」
「久しぶりだ。遠慮しないでくれ、お茶でも」
「予定があるので、すぐ失礼します。でも一言お礼がいいたくて来たの。ありがとうオビ=ワン」
「何?」
「うちのマスターにアドバイスしてくれたでしょう」
「ああ礼を言われるほどじゃないよ」
「でも私すごく嬉しかったわ。実はね、マスター一度一人で店にいったら品数多くて選べなくて、結局帰ってきてしまったんですって」
「それは気の毒な」
ちらと師弟の目が合う。ボンドのなせるわざか、ノートランのジェダイマスターが触覚の頭を振りながら広いお菓子売り場をうろうろする様子を同時に想像したらしかった。
「そうだな」

「オビ=ワンは任務でいないし、今年は期待してなかったの。マスターからのあのメーカーのホワイトデースペシャルは最高だったわ」
「こちらこそ嬉しいな。そうだバント、ホワイトデー過ぎたけどマシュマロたくさん作ったんだ、どう?」
「あら素敵!」
さっそく指で摘まんで口に入れたバントは瞬時に声を上げた。
「おいしい!口の中でとろけるわ、ピンクもあるのね」
「良かったら持っていって皆で食べて」
「わあ、ありがとう!オビ=ワンがいなくて皆残念がってたから、大喜びよ!」
結局、バントはサンタクロースのようにマシュマロを詰めた巨大な袋を持ってうきうきした足取りで帰っていった。


「全部やってしまっていいのか?」
「元々それ用でしたから」
「いさぎいいな。食事がすんだら、提案書にとりかかるぞ」
「イエス、マスター」


 結局、その日は一日それに費やすことになった。ようやく終え、夕食の後つくろいでいると、クワイ=ガンがテーブルの上に包装紙に包まれたランチボックスほどの箱を置いた。
「ご苦労だったパダワン」
「何でしょう?」
開けるよう身振りで促され、オビ=ワンはいそいそと包みを開いて覗き込む。
「これってあの――」
「食べたことは?」
「知ってましたけどないです。チョココーティングのポテチなんて微妙な感じで」
「試してみたくないか?」
「ええ、これひょっとしてマスターからのホワイトデープレゼントなんでしょうか?」
「だいぶ過ぎたが、そんなところだ」
「ありがとうございます」
一枚つまんで口にいれ、神妙な顔で味わったオビ=ワンはさらに数枚を口に放り込む。

 興味深げに見ている師に向かってオビ=ワンは頷いた。
「クセになりそうな味です」
どれ、とクワイ=ガンも一枚とって食む。
「……変った味だな」
「塩味と甘み、マスターはこういった味お好きですか?」
「まあ、基本的に好き嫌いはない」
「でも甘いものは苦手でしょう?」
「時には欲しくなることもあるが、これよりはマシュマロのほうがマシか」
「残念ながら、全部あげて残ってません」
「そうだったな」

 すいとクワイ=ガンの手が伸びて弟子のブレイドを引いた。思わずオビ=ワンが少し頭を屈ませると、今度は長い指が弟子の耳朶を軽くつまんだ。
「……マシュマロのほうが柔らかかったか」
「当たり前です」
クワイ=ガンはその手をオビ=ワンの頭の後ろに滑らせて細いうなじを引き寄せ、自分の顔を近づけていった。
「マスタ……?」
オビ=ワンの背がぴくりと震える。

 甘噛みしてから、さらに舌先で撫でるように弟子のばら色のふっくらした耳朶を味わったクワイ=ガンはゆっくりと顔を離した。
「確かに味もない」
「……人をマシュマロと比べてどうするんです?」
息を弾ませ、オビ=ワンは上目遣いにクワイ=ガンを見上げた。

 弟子のその大きな青緑の瞳に向かってクワイ=ガンはくすりと笑う。
「言うまでもないな。お前のほうが――」
「私は食べ物じゃありません」
「わかっているさ」
クワイ=ガンの指は今度はオビ=ワンの顎に伸ばされ、親指の腹でうっすらと開かれた弟子の唇をなぞる。

「……今は、甘くて塩っぽいですよ」
「どれ」
応える様にオビ=ワンが顔を寄せてくる。クワイ=ガンはその唇を捕らえ、丹念に味わいだした。



End

 マスターのチョイスは、まったくの正統派かこれっきり奇抜な新製品の両極端みたいな気がします(笑)
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