The Lunatic Night    ― 満月の晩に ―
  
「マスターッ!」
クワイ=ガンは後ろから弟子に呼ばれ振り向いた。
さすがに公共の場で駆けて来たのではないだろうが、瞬時にオビ=ワンはクワイ=ガンの前に立って長身の師を見上げた。
『いったいどこにいってらしたんですかっ、勝手に!!』
人目のある場なので言葉にこそ出さないが、師弟のトレーニングボンドを通じて、いや弟子の顔にはっきりとそう書いてある。

 ひとつの任務を終え、次の任地へ向かう為立ち寄った、アウターリムに程近いターミナル宇宙港のある惑星。惑星全体はまだ自然が多いが、都市部や宇宙港はそれなりの新しい設備が整っていて乗降客も多い。

「まあちょっと、確認に」
「乗船予約なら私がしてきたばかりですっ!思ったより時間がかかりましたが、席を確保できました。戻ったらあなたの姿がみえないから、ひょっとしたら又――」
「又、何だと思ったんだ?」
「――何かに首突っ込んで、いえ巻き込まれるか、拾い物とか」
「待合ロビーのインフォメーションを見てきた。今晩は月蝕だ」
「そのせいで最終の客船が満員なんです。次の2日後まで待てないし、何とか3等船室でウーキー族と相部屋ですが、構いませんよね」
「いっこうに構わん」
「ヒューマノイド用の部屋はいっぱいで、ウーキー用のベッドならかえってマスターも安心ですね」
「そうだな……」
「出発は4時間後、どこかでゆっくり食事しますか?」
「ふむ、食べ物を買って月見と洒落こむか?」
「は?」

 クワイ=ガンは自分の荷物を持ち、いつもの歩調で建物の外を目指して歩きだす。オビ=ワンも遅れないように速足で後に続く。
「どちらに行かれるんですか?」
「空港の出た右手に低い丘があって、今晩はそこで観察する者が多いそうだ。食べ物も近くの屋台で売ってる」

「月蝕の観察なら屋内のテラスや窓際でも充分できると思います」
「お前レストランのほうが良かったか?」
「いえ、どこでもけっこうです」
「今晩の観察が盛況なのは一年で最もきれいに満月が見える月と月蝕が重なったんだ」
「めったに無い事なんですか?」
「この地方では何十年に一度だ」

 草の繁った丘をゆっくり登っていくと、そこここに敷物や椅子を用意して人々が陣取っており、天体スコープを据えてる者もいた。

 二人は人込みを離れた適当なところで簡易シートを弾き、腰を降ろした。
折りしも、今宵の満月がまだ低い位置で、明るくぽっかりと空に浮かんでいる。
「たしかに満月ですね。この惑星では年に12〜13回あるから珍しくないはずです」
「今の時期が空気が済みもっとも美しいと、昔から季節の行事や創作の元になってる」
「で、これもそれに関連してると」
季節の果物に、粉を湯で溶いて丸く形作ったのだんご。そして白い焼物の瓶入りの飲み物。
「月を眺めるにはこのサケが付き物だそうだ」
「地酒ですね。――このだんごは食べると粉の風味がよくわかります。味の付いたたれを付けないと飽きそうだな」
「すごい量だな、パダワン」
「主食ですから、マスターも召し上がって下さい。酒ばっかり飲んでいないで」
「そのうちな」
クワイ=ガンは弟子のグラスにも酒を注いでやる。
「独特の香りがします。案外飲み口は良いですね」
くいっとグラスを傾け、オビ=ワンは甘いタレを付けただんごをつまんだ。
「合いますね」

 いかにも嬉しそうににっこり笑うのはいいが、甘いものが得意でないクワイ=ガンは酒と甘いものを同時に食す弟子の嗜好は理解の外だ――。気を取り直して小さな果物を齧れば、又もだんごを口に運んで飲み下した後の弟子の声。
「月蝕が始まりました」

 低い位置に白く見えていた満月が左の端から欠けている。一時、周囲からも低いざわめきが起こったが、蝕が始まってからは静かになり、時おり低い会話が聞こえるだけで、人々は言葉を忘れ空に見入っている。

 月は見る見るうちにとはいかないが、短い言葉を交わしたり、食べ物を口に含んだりする合間に見上げると、次第に高みを目指して移動し、影が増えていく。

「こんなふうに、観察されたことあります、マスター?」
「月見を兼ねてゆっくりというのは初めてだ」

 常に銀河中を飛び回っているジェダイにとって、月蝕も日食も法則にのっとった天体運行の一部と思うだけだ。だが、地元住民には古来よりの信仰や伝承が色濃く続いている事も多い。そこそこ文明化された惑星も、天文学的な観察と月見という風習が矛盾無く溶け合っている。

「おもしろいですね。でも、じっくり眺めるのも悪くない」
「お前は食べ物のほうが気に入ったみたいだな」
大部減った食べ物の山に目を落とし、クワイ=ガンは弟子をからかった。


 初め弧を描いていた月の表面がすべて影に覆われ、完全な蝕になった、と思った時、再び完全な円形が夜空に赤く浮きあがる。ほうっとそこここから感嘆とも溜息とも付かない声が漏れた。

 完全に影に入った月は闇に閉ざされたのではなく、赤く、赤銅色をしていた。およそ通常目に出来ない色合いだ。その赤茶けた暗い輝きで月面のクレーターの陰影もはっきりとわかる。
「ウサギも今だけは毛色が変ったようだ」
「何ですか、それ?」
「表面の模様を色々に見立てるんだ。この地域では月にウサギが住むと言われてきた」
オビ=ワンは小首を傾げる。
「……人の横顔みたいにも見えますね」
「天使が住む月もあるそうだ」
「はさみをふり上げたカニにも」
「そうか――」
「想像力を働かせたらいかがですか、マスター。――リビングフォースで」

 いつもとらしからぬ弟子の物言いに視線を落とすと、オビ=ワンはいつの間にか2本目の酒の瓶を取り出していた。微かにジェダイマスターの眉が寄る。めずらしくオビ=ワンが酔ったかもしれない。

「1本じゃなかったのか?」
「マスターには足りないかと思いまして。残ってもかまいませんし」
どうぞ、と封を開けて注がれたグラスを持って弟子をみると、同じように弟子もグラスを掲げ口元に運んでいる。
「ここまで1標準時間と半ほどですね。あと半分」

 赤銅色がうすれ、先ほどと反対側から細く欠けた月の姿が現れた。ゆるく弧を描くように空高く移動しながら、月は次第に幅を増していく。

「マスタァ?」
「うん?」
「あの月は開発されていないんでしたっけ?」
「どの国の領土にするかであやうく戦争になりかけた。空気も水もないし、何より本格的に開発したらいくら金がかかるかわからないといったら、そんなことで争うのも無益だと止めになった」
「ジェダイが調停したんですか?」
「昔の話だ」
「実も蓋もない話ですね」
「お前ならどうする?」
少しの沈黙。
「――同じ事言うかも知れません」
「そうだろうな」
「どうせ――」
オビ=ワンは酒をあおり、甘たれのだんごに手を伸ばした。


 ほどなくして、かなり高い位置に昇った月が完全に姿を表した。赤味が勝った影は色をひそめ、元通りに白く輝いている。

「済んだようだな」
「――きれいですね」
「オビ=ワン?」
「じっと月を見るなんてなかったから」
「そうだな」
「グリース神話の月の女神はアルテミスでしたっけ?戦いの女神、壮絶なほどの美しさ。愛を語らうよりはむしろ戦ってみたい相手だ」
「お前、酔ったな」
「そうですか?」
オビ=ワンはゆらりと立ち上がり、残ったものをまとめ出した。
「そこそこ強い地酒だが、このくらいでお前が酔うとは。ん?」
だんごや果物は二人の胃に納まり ―大部分は弟子だが―残ったのはわずかと空き瓶。
「3本だったのか?」
「ええまあ、残っても――」
クワイ=ガンも立ち上がり、手を振って弟子の言葉を制した。
「気分よく酔ったようだな」
「それほどでも、いえ、多分……」
「では行こうか、そろそろ乗船手続きがはじまる」


 てんでに丘を下る人込みに混じって二人は空港に向かった。
オビ=ワンの足取りはしっかりしていた。が、照明のある場所で見ると、重たげな瞼、やや潤んだ瞳、ほんのり色付いた頬。

 クワイ=ガンは弟子の耳元に頬を寄せ囁いた。
「少し酒くさいな」
「本当ですかっ!?搭乗手続きの前に顔を洗ってうがいしてきます」
「顔を近づけないとわからないから大丈夫だろう」
「すみません、マスター」
「せっかくいい月見をしたんだ。まあいい」
オビ=ワンは恥じ入ったように俯いた。


 空港に着いてオビ=ワンが手続きをしようとすると、クワイ=ガンに止められた。
「私がしてこよう」
一瞬オビ=ワンは目を見張り、小さく息肯いてローブのフードを被った。
クワイ=ガンが戻ってきたので、二人はゲートを通った。さまざまな人種がいるが、耳慣れない言葉が飛び交う中、月蝕も話題になっている。赤い顔でやはり月見の宴を楽しんできたような人もけっこういた。


「オビ=ワン、こっちだ」
「え?」
「私達の船室は奥の通路だ」
「ここに3等船室の表示があります」
クワイ=ガンは乗船カードを示した。
「スーペリア・ツイン!どうして!?」
「さっき聞いたらキャンセルがあったそうだ」
弟子の目が不審そうに細められ、クワイ=ガンを見上げる。
「正規の手続きだ。行くぞ」


 二人の部屋は、船室にしてはまあまあ広く清潔で設備も整った部屋だった。
だいぶん酔いが醒めたオビ=ワンは荷物とローブをクローゼットにしまう。
「マスター」
「納得できない顔だな」
「ええ」
「お前が先に予約を取りにいったときにだな」
「何があったんです?」
「稀な月蝕と聞いてデータを見た。満月の日は気分が昂揚しいつもと違う行動を取るという話がある」
「どういった?」
「天災、事故、犯罪、出生、ちゃんとした因果関係は証明されてない。まあ、日頃真面目なお前のたががゆるむほどだ」
「……」
「おそらく酒が進んで乗り遅れたり、ホテル泊りに変更した者もいるかと思い、聞いてみたというわけだ」
「――データというよりは、マスターの直感ですか?」
「そう思われてもかまわんが――」

 クワイ=ガンは、師のローブを受け取る為手を伸ばした弟子の腕にそっと手を重ねた。
「羽目を外したお前をベッドで見たい」
「まっ、マスター!?」
「酔いが醒めたなら、私の荷物に一瓶入ってる」
「もう……」
軽く睨むように見上げ、受取ったローブを椅子の背にかけたオビ=ワンは、背伸びし両腕を伸ばしてゆっくりとクワイ=ガンの首に回す。

「――それは、承知ということだろうな」
「満月ですし、むしろ……」
「何だ?」
「マスターのほうが狼になったのでは」
クワイ=ガンは低く笑って、弟子の耳先に軽く歯をたてた。
「獲物は月に住むウサギか?」
オビ=ワンは艶然と微笑みながら囁く。
「歯も爪も鋭いんだから、油断――」
その先の言葉は、噛み付くような口づけに呑み込まれた。

End

  ――うさぎの攻撃は強烈な蹴り!ですが、多分使われなかったでしょう(笑)

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