The Nurse

「雨ですよ、マスター」
耳慣れない軽いパラパラという物音に気づいて、ブラインドの隙間から窓の外を見たオビ=ワンが顔を戸外に向けたまま呟いた。

「……そうか」
一拍置いて、クワイ=ガンの低くかすれ気味の声が耳に飛び込んできた。

「マスター!」
オビ=ワンは飛び上がるように寝台に近づき、今まで眠っていた師を覗き込んだ。
「――気分はいかがですか?」

 オビ=ワンの青緑の大きな瞳と一瞬目を合わせ、クワイ=ガンは静かに目を閉じて、己の内部を探るようにゆっくりと深呼吸した。

「痛みはないが、感覚が麻痺しているな。とくに下半身は何も感じない」
「バクタタンクから出たばかりですから、麻酔が効いているんです。傷がふさがれば麻酔も必要なくなります。数日の辛抱ですよ」
「お前はどうなんだ?」
クワイ=ガンは再び薄く目を開いて、オビ=ワンのバクタチップをはった首筋、チュニックの合わせ目から微かに覘いた白いものに視線を走らせた。
「ちょっとしたかすり傷と、打ち身用のシートを張ってますが私はこれだけです」
「テンプルへの報告は?」
「任務報告を送った時、マスターの負傷について毎日経過を報告するよう指示を受けました。ヒーラーがテンプルに戻るかここで治療を続けるか検討中です」
それを聞いたクワイ=ガンが可笑しそうな表情で僅かに微笑んだ。
「何です?マスター」
「ヒーラーは私の弟子の判断を最優先してくれたんじゃないか?」
「――それは私のほうが具体的な状況がわかりますし、無理に移動するよりは初期治療をしっかりしたほうが回復が早いですから」
「そうだな。私もお前にまかせることにする」
「イエス、マスター。咽が渇きませんか?」
「いただこう」
オビ=ワンは笑顔を見せて肯くと、素早く部屋を出て行った。


 辺境の惑星の民族紛争。一時的な休戦ではいつになっても解決をみないと判断したクワイ=ガンは、やや強引に事を運んだ。当事者の代表を集めて、正式な和解調印にこぎつけた。これにより、少数のゲリラは名目を失い、やがて紛争も収束するだろう。がその鉾先がジェダイに向けられ、惑星を去る間際に師弟は襲われた。

 宇宙船のコックピットで弟子に離陸を急がせ、クワイ=ガンは敵を防いでいたが、ハッチが閉まる寸前に自動追跡装置付きの手榴弾が炸裂した。衝撃で床に投げ出されたオビ=ワンが起き上がって駆けつけると、クワイ=ガンは意識があったが血を流し倒れていた。

 オビ=ワンは応急の止血をし、緊急治療の出来る場所を探した。一刻を争うのでバクタタンクがあれば贅沢はいえない。最短で辿り着いたのは、文明化もさほど進んでいない自然豊かな惑星だった。


 ストローの付いたカップを手に戻ってきたオビ=ワンは、寝台のリクライニングを調節してクワイ=ガンの上半身を起こした。

「持てますか?」
カップを持ったオビ=ワンはクワイ=ガンの顔から口元に視線を移し、微かに眉をひそめた。そうして、サイドテーブルにカップを置き、頭をかがめて顔を近づけてきた。
『?……』
柔らかい唇を押し当てられて、クワイ=ガンはちょっと戸惑った。口移しで飲ませるつもりだろうか。が、オビ=ワンの唇はクワイ=ガンの口を開かせなかった。そのわかり、舌を出し、舐めるように、実際、オビ=ワンの湿った舌はクワイ=ガンの上下の唇をなぞるように丹念に舐めている。

『オビ=ワン……?』
ゆっくりとオビ=ワンの吐息と温もりが離れていく、クワイ=ガンの目をみて、弟子は少し照れたように笑った。
「唇がかわいていたので。失礼しました」
どうぞ、といって調度良い高さに差し出されたストローを口に含み、クワイ=ガンは納得のしるしに軽く肯いた。

 試してみると手は動いたので、途中からクワイ=ガンは自分でカップを持って飲んだ。弟子は目を細め、大きく安堵の息を付いた。


 次の日になると、だいぶ意識もはっきりし、頭や腕は自由に動くようになった。が、下半身は薬のせいで麻痺が続いている。水分以外の栄養は点滴で摂っていた。

「傷がちゃんと塞がるまでバクタタンクに入っていられれば良かったんですが――」
オビ=ワンが残念そうに言った。この惑星ではバクタは常に不足し、生命の危険さえ無くなれば、次の患者に明け渡さなければならない。

「仕方なかろう。遅いか速いかだけだ」
「あとはマスターの治癒能力にかかってきますが、いかがですか?」
「ふむ、時間がなければ急ごうか?」
「止めてください!いえ、無理なさらないで下さい」
「だが、退屈だ」
「何かご希望は?食事はまだ無理ですが、飲み物や液状のものなら」
「――今はいい」
「はい。何か御用があればなんでもおしゃって下さい」
「わかった。お前も休んだらどうだ」
一人にして欲しいという気持ちを察し、弟子は控えめに微笑んでベッドの周りのカーテンを引いた。


 オビ=ワンが目を覚ますと、すでに夜が明けていた。クワイ=ガンのフォース感じ、病室の端に設えた簡易ベッドから急いで身を起こした。

 静かに近づいてカーテンを引くと、クワイ=ガンはすでに目を覚まし、リクライニングのベッドの背を起こしていた。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、よく眠れたか?」
「それは私のせりふです。いかがですか?」
「だいぶ良い。今日も雨のようだな」
オビ=ワンは窓に寄ってブラインドを少し開き、景色が見えるようにした。
「この建物の周りは木があるのか?」
「ええ、森の中にあるようなもんです。緑がきれいですね」
「ああ」
クワイ=ガンの様子は目に見えて良くなってきていた。フォースからもそれがわかる。

「ところで傷が塞がれば点滴はいらないんだろう?」
「一気には外せないと思いますが、序々に減らして――」
「うっとうしくて仕方がない。ドクターを呼んでくれ、ついでに麻痺が残る鎮痛剤もたくさんだ」
「マスター!」

 さすがに早朝からドクターを呼びつける訳にはいかず、オビ=ワンは何とか宥めて、クワイ=ガンの髪や髭を整えたり身体を拭いたりした。やっと来たドクターはクワイ=ガンの具合を一目見、信じられないものを見るようにまじまじとジェダイを眺めた。
クワイ=ガンの希望で点滴も鎮痛剤もなくなり、食事も消化の良い物から始めて異常なければ普通食、少しずつ身体を動かしてもいいという許可も取り付けた。

「明日は退院とか言い出すんじゃないでしょうね、マスター。ここを出ても行くところはないですよ」
「宇宙船はどうした?」
「修理中です」
「いつ出来るか確かめてくれ。時間がかかりそうなら、お前そっちに行ってもいいぞ」
弟子は溜息をついた。
「確認します」
部屋を出ようとすると、声が掛かった。
「ついでに食事してきたらどうだ」
そういえば朝からクワイ=ガンの世話に忙しく、何も食べていなかった。頼めばオビ=ワンの分も部屋に出してもらえるが、食事できない師に遠慮して、いつも病院の食堂でかけこんでいた。
「ゆっくりでいいぞ」
オビ=ワンは振り向いて肯き、部屋を出た。


 少し行って、オビ=ワンはデータパッドを持ってきたほうがいいと思い付いた。師のあの調子なら病室では落ち着いて連絡や調べものなど出来そうにないと思ったのだ。

 引き返して扉の前に立ったオビ=ワンは、クワイ=ガンのフォースが少し違うと感じた。切迫しているわけではないが、かなり集中しているフォース。一体何を――
オビ=ワンはそうっと気配を抑えて部屋に入った。


 ベッドに上半身を起こしたクワイ=ガンは掛け物を払いのけ、脚を動かそうとしていた。点滴は外れたが、未だ以前の薬のせいで下半身の感覚は戻っていないはずだ。
オビ=ワンは静かに呼びかけた。

「何をなさってるんです、マスター?」
クワイ=ガンは動きを止め、ギョッとしたように振り向いた。
「――隠れて見てたのか?」
「データパッドを取りに戻ったんです。あなたこそ、まだ一人では無理でしょう」
「……いや、何とかできそうだ」
オビ=ワンは近づいて手を差し出した。
「どうしてもというなら、お手伝いします」
「一人で出来る」
「未だ無理です。無茶言わないで下さいっ!」
叱り付けられ、クワイ=ガンは黙り込む。

「マスター、すみません。でも、どうかもう少し治るまで我慢なさってください」
「――我慢できない」
「マスター……」
「用が足したくなった」
意味を悟って、オビ=ワンは一気に脱力した。
「――ベットから出なくたって出来るでしょう。それとも」
「胃がからっぽだから出るのは水分だけだ」
「座ったままではいやなんですか?」
クワイ=ガンが肯く。
「わかりました。直ぐ用意します」


 薬の効目が薄れ、下半身に次第に感覚が戻って来たらしい。が、まだ膝から下は麻痺が抜けず、歩行はどうみても無理だった。

「マスター」
手を掛けて大きな身体を支えながら、オビ=ワンは続けた。
「私がこれまで怪我して、どれだけあなたに世話になったと思ってるんですか。たまには私に世話させてくださってもいいでしょう?」
クワイ=ガンは弟子の優しい声音、暖かい目の色を見つめた。そうして、固かった頬の線が緩み小さく息を吐いた。

 用を足したクワイ=ガンの身体を元に戻し、オビ=ワンはそっと師の手を握った。
『病める時も健やかな時も私はあなたの側にいます、マスター』
師から応えはなかった。変りに口をついて出た一言。
「……腹が減ったな」
「そろそろ食事の時間ですね。聞いてみましょうか」
オビ=ワンは笑顔で立ち上がった。

 からっぽだった胃を慣らす為の食事は、材料の形をとどめず、とうてい見た目で食欲をそそるものではなかった。が、クワイ=ガンは文句をいわず口に運んでいる。
「味はいかがですか?」
「薄味だ」
「次はもっと普通食に近くなると思います」
「そうだな」
「――ちょっと残念です」
「うん?」
「私が手にもってマスターに食べさせてみたかったです」
クワイ=ガンは手を休め苦笑した。
「赤ん坊じゃあるまいし」
「だって、私が熱を出したとき、マスター一口ずつ食べさせてくれたでしょう」
「子供のときか?」
「覚えていないんですか?」
「……いや、覚えている」
「それに、トイレにも私がいいって言うのを抱き上げて」
「そうだったか」
「まったくあなたは――」
オビ=ワンは空になった食器を持って立ち上がった。


 その翌日、クワイ=ガンは治癒のフォースを駆使してさらに回復していた。ゆっくりながら通常の歩行も出来るようになった。
結局、宇宙船の修理の完成に合わせてクワイ=ガンは退院した。急がずにテンプルに戻ることになったが、おそらくクワイ=ガンの身体はその間にほとんど回復しそうだった。
テンプルに戻らずに、そのまま休暇を取れないかとそれとなく打診してみたが、ひとまず医務室で検診をうけろとカウンシルにあっさり却下された。

「いくら何でも無理ですよ、マスター」
「下手に出すぎたな。例の件をちらつかせれば良かったか」
「とにかく、ご自分では大丈夫といってもちゃんと医務室で診て貰って下さい。休暇はそれからでもいいでしょう」
「わかった」
「本当にわかってらっしゃるんですか?もっと真面目にご自分の身体のことを考えて――
「わかったわかった、パダワン」
「もう」
「大人しく言う事を聞く」
「どの口が言うんですか、病院でだって無茶しそうになったし」
この話はたくさんだとばかり、クワイ=ガンんは両手を挙げて降参のポーズをとる。
オビ=ワンは軽く師をにらんで、食事の支度をしに立ち上がった。

 数日間の航行中は、瞑想と段階的に身体をならすトレーニングに費やした。あと一眠りすれば間もなくコルサントという時、二人は狭い寝室でより添って眠りに付こうとしていた。

 負傷以来、ハグとせいぜい軽いキス程度。もっともオビ=ワンがそれ以上を承知しないのは目に見えている。いつもしているクワイ=ガンの腕枕さえ、このきりオビ=ワンはためらっていた。
「大丈夫ですか?」
「もう何とも無いのはわかってるはずだが」
「そうですけど、医務室で診てもらうまでは」
「わかった。私の弟子の頑固さは今に始まったことじゃないからな」
「あなたこそ。だいたい病院でもこれっきり頑固を通したし」
「あれはだな、大人の事情があるんだ」
「又何を――」
「子供だった弟子に食べさせたりトイレに連れて行くのとは全然違う」
「え?」
「情けない息子なんてお前に見せられるか」
「……マスター」
オビ=ワンは目を閉じ、思わず額に手を当てた。
「やせ我慢もいいかげんに」
「お前も何十年かすればわかる」
「私があなたの歳も白髪も経験も全部いれて愛してるって信じてくれないんですか?」
「無論信じているさ」
「だったら――」
オビ=ワンが横向きになってクワイ=ガンの首に両手を回す。と、弟子より先にクワイ=ガンがその唇を塞いだ。

 優しく触れ合うような口づけから、口を割り、互いに舌を絡ませて深くなるにつれ、身体の熱もあがり、呼吸も忙しくなっていく。

「マスター……」
オビ=ワンはうっすらと目を開け、クワイ=ガンの胸に手を当て、軽くつっぱって押した。
「今日はこれまでか?」
「あなたが充分立派で男らしいとわかりましたから、この続きは――」
合わせた胴から薄い寝巻きを通して互いのものの高まりをはっきりと感じる。
「この頑固者」
クワイ=ガンは笑ってオビ=ワンの額にやさしく口づけを落とす。
オビ=ワンも師の長い髪の先を手に持ち、そっと唇に運んだ。
心地良いいつものフォースに包まれるのを感じたオビ=ワンは、クワイ=ガンの腕に頭を預けうっとりと目を閉じた。
「……早く寝ましょう。起きればすぐテンプルです」
「そうだな、おやすみパダワン」
安らかな吐息をたて、弟子はすでに眠りについていた。



End

 以前もあったオビの看護話。重傷でなければ、マスターは手のかかる我が侭な病人になりそう。オビだから好き勝手言えるかもしれないですが(笑)
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