Memorial − 面影 ― |
オビ=ワンは師の気配を感じて、足を止めた。講義に向かう途中、通路を挟んだ向かい側の泉のほとりに、まぎれもなく長身のクワイ=ガンの姿があった。呼びかけようとして、誰かと話しているのに気付く。女性らしい後姿は、すぐ話が済んだらしく、急ぎ足で立ち去っていった。マスター、と声を掛けようとして、師が手に何かを持っているのに気付いた。 前から手にしていたか、それとも、先程の女性から渡されたのか小ぶりの白い花束。 思いがけない取り合わせに目を見張ると、さらにその花束を顔を寄せ、香りをかぐような仕草をした。あまりにらしくない様子に目を見張り立ち尽くしていると、クワイ=ガンが気配を感じたのか、こちらを見た。 弟子の表情を察したか、花束をそっとローブに隠すようにして、照れたように頷く。 オビ=ワンは何と声を掛けたらいいかわからず、あいまいに笑って、講義室の方を指差し、師がわかったというように頷くのを見て、軽くお辞儀をして向きをかえた。 その夜、友人のマスター達と食事をしてくると言っていた師は、かなり遅くなっても帰ってこなかった。飲みにいけばこれぐらい遅くなることはたまにある。別に心配なことはないが、昼見かけた珍しい姿が気になっていた。 ―白い花束、何かあったか。と考えてハッとした。今日はタールの命日だったことに気付く。クワイ=ガンが愛した、誘拐され無惨な死を遂げたジェダイ・マスター。オビ=ワンも彼女が好きだった。笑い顔が魅力的で、いつもクワイ=ガンにからかうような口調で話し掛けた。 子供だったころは二人が愛し合っていることに気付かず、部屋を追い出されてもわからないほど鈍かった。寂しいとは思ったが、嫉妬を感じたことはなかった。真に嫉妬したのは、彼女を失ったクワイ=ガンが自暴自棄になった時だった。 タールの死はオビ=ワンも悲しかった。しかし、部屋に帰らず、弟子に目もくれない師の姿に、そんなにもクワイ=ガンの心を奪った女性を嫉妬し、憎みさえした。 序々に師が立ち直り、師弟の絆が前にもまして深まっていってからは、それは心の奥に沈めてきた。愛し合うようになってからも、それを表に出すことはなかった。クワイ=ガンの態度に亡き人の影を見ることは無かったから。 今日の花束は彼女の命日のためだろうか。あの人を思い出していたのだろうか―。 師の気配がした。急いで入口に行き、ドアを開けると、大きな体が目の前に倒れこんできた。明らかに酔っている。強い酒の匂いがした。何かの歌を口ずさんでいる。 「マスター、ずいぶんご機嫌ですね」 体を支えながら、寝室に導く。 酒が入ると大抵陽気になる師が、今日はよほど飲んだのか、軽口をたたく事もせず、ベッドに倒れこんだ。着替えはあきらめて、ブーツとベルトを取り、服を緩めた。床に落ちたローブを拾ってハンガーに賭け、照明を落とした。 ものも言わずベッドに沈み込んで目を閉じている師の姿に、オビ=ワンは自分が拒否されたような思いにとらわれ、黙ってドアを閉めた。 夕べは中々寝付かなかったが、目が早く覚めてしまった。起きる時間には早かったが部屋を出て、クワイ=ガンの様子を見に行った。 「マスター」 そっと声を掛けると、ベッドの中で低く唸り声がする。 「気分はいかがですか?」 毛布がごそごそと動き、髪を乱したクワイ=ガンの顔が表れた。ぼんやりしていた目の焦点が定まって弟子の姿を見つめ、頭を起こそうとして、ふいに顔をしかめ、再び、仰向けにベッドに倒れこんだ。 オビ=ワンは溜息を吐いて、きびすを返した。やがて、水と薬を持って現れ、ベッドサイドのテーブルに置いて声を掛けた。 「何か、御用があったらおっしゃってください」 クワイ=ガンが首を横に振るのを見て、静かに部屋を出た。 午後の講義が終わった。師の二日酔いが気になったが、真っすぐ帰る気になれず、かといってどこかに寄る気にもなれず、いつの間にか、昨日師がいた泉のところに来ていた。ベンチに腰掛けてぼんやりと泉を見る。 ここで彼女を思って花を捧げ、その後、正体を無くすほどに酔ったのかと思うと、所詮自分は亡き人に敵わないのかと思う。嫉妬もある。しかしそれ以上に、今まで愛し合っていると信じてきた自分達の絆が、ひどくもろく思えて、悲しかった。この気持ちは師には無論、誰にも話すことは出来ない。 クワイ=ガンが彼女を忘れられなくても、今愛されているのは生きている自分なのだ、と自信を持てればいいのだが、一旦沈み込んだ気持ちは中々戻らない。 しばらくそうしていたが、とにかく帰らねばと腰を上げた。その時、白いものが目に入った。ベンチの足元の草むらに白い花が咲いている。丈の低い清楚な一重の花はおそらく昨日の花だ。よく見ると、泉を囲む草むらに等間隔で植えられている。それも植えられたばかりだ。 では、クワイ=ガンの持っていた花束は、これを摘んだか、まさか。では、逆に植えたのだろうか。 師がするとはとうてい思えない。どうにもわからないと頭を振って、ふと、一輪手折って持ち上げた。師がしていたように、香りをかいでみる。甘くやさしい匂いがした――。 戻ったと告げると、寝室から返事がした。そのままキッチンに入り、小さめのグラスに水をいれて、花を挿した。どこに飾ろうかと考えて、自分の部屋に持っていき、机の上に置いた。クワイ=ガンの呼ぶ声がする。リビングに出て行くと、椅子から立ちあがり、こちらを見ている。 「気分はいかがですか?」 「良くなった。面倒を掛けたな」 「それは、良かったですね。食事にしますか」 キッチンに向かおうとすると、腕を掴まれた。 「怒っているな」 「いいえ」 「ではあきれているのか?」 「どちらでもありません」 手を振り解こうとすると、逆に腕を引かれ、胸に抱きこまれた。口づけられそうになり、とっさに顔をそむけた。 「オビ=ワン…」 「今は、その気になれないんです」 弟子の固い表情を見て、眉を顰め手を離した。椅子に座り込み、溜息を吐く。 「やれやれ、どうしたら機嫌を直してもらえるのだろうな。私はいつもお前のことだけ考えているというのに」 その、冗談とも本気とも、からかっているともつかない口調は、いつも通りに見える。 だが、尚も黙りこんでいる弟子を宥めるように言う。 「パダワン、もう夕べのような酔い方はしない。飲み比べもしない」 「飲み比べ?」 クワイ=ガンはしまったという表情になる。が、次には悪戯っぽい笑みが浮かぶ。 「―実は、最後まで残った者が賞品を手に出来るということで」 「賞品って?」 「ディーバ・エル=カーラのコンサートのペアチケット」 多くの惑星で圧倒的人気を誇る、美声の歌姫だった。 「それで―」 「もちろん、手に入れた。」 懐からカード型チケットを取り出した。 マスターッと思わず抱きついていた。 「来週のカウンシルのコンサートのチケットなんて、あっという間に売り切れですよ。それに任務でどうせ無理と思ってました」 「次の任務はメイスに掛け合って、出発をコンサートの翌日にした」 「最高です」 首に腕を回して、うれしそうに口づけた。 クワイ=ガンからすぐに強く返される。唇を割り、舌を絡め取られて、互いの口の中の露を飲み込みながら求め合う長い口づけに変わった。 息苦しさにようやく顔をあげると、やさしい深青の目で見つめられた。 「やっと、機嫌がなおったな。」 現金な自分が恥ずかしくて俯くと、ブレイドを引かれ、そっと房の先に口づけられた 「ベッドの中でもお礼を期待していいか?」 オビ=ワンは手を師の広い胸に突っ張って、わざとぶっきらぼうにいう。 「マスター、食事にしましょう。私が空腹だとどうなるかご存知でしょう?」 「怒りっぽくなるんだったな。又機嫌をそこねたらまずい」 食後のお茶のとき、オビ=ワンは立ち上がって、自分の部屋から花を挿したグラスを持ってきてテーブルに置く。 「昨日、マスターが泉のところで抱えていた花です」 「ちょうど、お前に見られたな。マスター・ルーイからちょっと預ったときだ」 「ちょっと預った?」 「バンドメアで流行っている新種だそうで、ルーイが泉の周りに植えようとしていたら、急に呼び出しがきて、すぐ戻るから持っていてくれと言われた。ルーイの趣味はガーデニングなんだ。香りがいいから、泉の側にふさわしいとか何とか言っていたな」 「そう、だったんですか…。私はてっきり」 「何だ?」 「タールを偲んでいたのだと思いました」 「オビ=ワン」 静かな声がする。 「昨日は彼女の命日だったが、そうだったなと思い出した。それだけだ」 「そうなのですか」 「今でも、殺されたことを思うと胸が痛む。だが、多くのジェダイは常に命がけだし、タールの他にも、多くの仲間を失ってきた」 オビ=ワンは頷く。 「私が思い出すのは、亡くなったときのことより、楽しかったときのことだ。タールとは長い間、とてもいい関係だった」 「私も彼女が好きでした」 「ジェダイは仲間の死を乗り越えて、前に進まねばならない。彼女とのことは、いい思い出として残っている。オビ=ワン。もし、私がいなくなったら―」 「マスター」 「悲しむよりも、楽しかったことを思い出して欲しい」 「そんなこと、おっしゃらないでください」 「私はお前より、ずっと年上だ」 手を顎に掛けて顔を上げさせ、オビ=ワンのブルーグレー色の瞳をじっと見つめる。 「年がいもなく、お前に夢中にだが、妬いてくれたのなら、本望だ」 やさしく、若い恋人の口を塞いだ。 次第に深くなっていく口づけは、愛し愛される喜びと、今夜のベッドの激しさの予感をかんじさせて、オビ=ワンはうっとりと目を閉じた。 End え、え〜と、しょっぱなからこんなんです。あまっ、とにかく甘い! でもでもわたしはベタが好き。とことんいきますよ〜。 カップルに嫉妬と疑心暗鬼はつきもの。ということで、溺愛されてるのに一人で悩むオビ。 マスターはあんまり嫉妬しなさそうです。自身があるんだろうか… |
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