Stardust | ||
「オビ=ワン、ホワイトデーってなに?」 昼時、テンプルの食堂でオビ=ワンを見つけた弟子になりたてのアナキンが走ってきて、いきなりこう聞いた。 「アナキン、私を名前で呼ばないように言ってるだろう。とくに人前では」 これもマスターになりたてのオビ=ワンは、真っ直ぐに見上げてくる弟子の少年の肩に手をおいて、とっさにこう諭した。 あ、とアナキンが周りをみれば、オビ=ワンは他のマスターだかナイトかは知らないが、数人と連れ立っていた。 「ごめんなさい。マスター、あ、あの」 「パダワン、それは急ぎか?今知らなければ差し支えるような質問かな?」 「ううん。あ、いえ違います、マスター」 「では、あとで部屋で話そう」 「はい……」 「じゃあ、午後も気を抜かないでやっておいで。私もいつも通りに戻るから」 「イエス、マスター」 足早に去っていく弟子を目で送るオビ=ワンに、同年輩のナイトがほほえましげな視線を向ける。 「君の弟子は毎日が新鮮そうだね。マスター・ケノービ」 友人からそう言われて、パダワンから一足飛びに弟子を持つマスターになったオビ=ワンは照れくさそうな笑みを浮かべた。 惑星ナブーの戦いから数ヶ月、言い換えればオビ=ワンが師のクワイ=ガンを失ってから数ヶ月たっていた。あまりにも突然クワイ=ガンを失ったショックは計り知れないが、それにもましてオビ=ワンを襲ったのは、アナキンの師という生活だった。 クワイ=ガンが辺境の砂漠惑星タトウィーンで見い出した元奴隷の少年はジェダイテンプルでも異例中の異例。アナキンがいくらミディクロリアン数値が高くてもフォースが強くても、物心ついたときからテンプルで育っている他の子供達に大きく水をあけられている。それにも増して、新米マスターのオビ=ワンがぐったりと疲れるのはそれ以前の日常生活だった。 まず、アナキンはテンプルの決まりごとや常識を知らない。建物内を静かに移動する事。年長者に挨拶する事。つまり、オビ=ワンを名前で呼ぶのも人前で大声で質問をするのも、ジェダイらしからぬ態度ということになる。 おまけに、ちゃんとしたテーブルマナーも、身の回りの整頓も、講義を静かに聞くということさえ、頭からいうのではダメで、自我の強い弟子を納得させてかからねば一歩も進まないことをオビ=ワンはつくづく悟った。 つまりは、すべてゼロからの出発。共にいても、離れていても、正直アナキンが次は何をしてくれるかと気が抜けない。これでは、師であり恋人であったクワイ=ガンの死を悲しんでいる暇など無いに等しい。 その夜、食事の片付けを終え、茶を飲んでようやくオビ=ワンは一息ついた。 『詐欺みたいなもんですよ、マスター。あなたが思ったのはアナキンにジェダイトレーニングをすることでしょう。こう何もかも私が教えるはめになるとは予想外でした』 悲しみよりは、恨み言のひとつも言いたくなる。 「ホワイトデーだってそのひとつ――」 「ねえオビ=ワン。今日聞いたんだけどホワイトデーって?」 「ああ、それはな。この前バレンタインがあっただろ?」 「うん」 先月迎えたバレンタインデー、当然アナキンそのイベントは知らなかった。オビ=ワンもここ数年バレンタインは任務でテンプルにいなかったこともあり、失念していた。 夕方、ベアクランのやさしい女の子から小さなチョコをいくつかもらったアナキンが嬉しそうに意気揚揚と帰ってくると、オビ=ワンが疲れたようにリビングのソファに座り込んでいた。 「ただ今、オビ、じゃなくって、マスターどうしたの?」 「ああ、お帰りアナキン」 テーブルの上にはかなり大きな紙袋。 「これ何?」 「うっかりしてた……」 「何かあったの?」 オビ=ワンはアナキンの手の包みを見て、微笑んだ。 「もらったのか、良かったな」 「うん。――これは、あ!」 袋を覗き込んだアナキンの目に入ったのはギフトラッピングされた、甘い香りの大量の贈り物。 「誰からもらったの?」 「友人とか知り合い」 「彼女からは?」 オビ=ワンはアナキンにはわからない不思議な表情で、ほろ苦く笑った。 「――残念ながら、いない」 「こんなにいっぱいどうするの?」 「まあ、中を見て、おいしくいただいて、それから後のことを考えることにする」 「後のこと?」 「まあ、いい。半分食べるかい、アニ―?」 「もっちろん!」 で、バレンタインの日、アナキンはオビ=ワンに贈られた大量のお菓子のお相伴に預かりながら、ジェダイの教えとはまた違う、世間一般の常識というか、コルサントの年中行事の話を聞いたのだった。そして今日は、バレンタインデートと対のイベント、ホワイトデーについて、知ることになった。 「あの時、ホワイトデーのことは言わなかったか?」 「聞いてない!」 「そうか、それはだな――」 こうして、新米ジェダイパダワンで大都会コルサントの新住人、アナキンはホワイトデーのレクチャーを受けた。 「わかった。でどうするの?ホワイトデーは明後日だよ」 「お前、明日午後から休みだろう。明日、シティに買出しにいこう」 「やった!」 翌日の午後、アナキンはオビ=ワンに連れられて、シティの巨大モールに出掛けた。まだ一人での外出を許されていないアナキンには、シティは只ただ目を見張るものばかりだった。オビ=ワンはこれも弟子の教育とばかり、公共の交通機関の利用法とか、アナキンが次々に聞いてくる事にもていねいに教えてあるく。 モールの中もバレンタイン用の飾り付けをした広い一角には客が集まっていた。バレンタインの時のように声高な女性達の姿はなく、年齢もさまざまな男性達が品定めしながら、まとめ買いしていく。 オビ=ワンはそれを横目でみながら通り過ぎ、奥を目指してどんどん歩いていく。 「え、ここじゃないの?」 「おまえの分はここでもいいんだが。じゃ、後で寄ろう」 「うん」 いぶかしげなアナキンに関わらず、オビ=ワンが向ったのは製菓材料のコーナーだった。 予め決めておいたのだろう品物を手際よく揃え、次いで、ラッピング用品を選び、たいして時間もかからずオビ=ワンは買い物を終えた。 アナキンは進んで荷物を持ち、帰りにさきほどのコーナーでオビ=ワンにアドバイスしてもらいながら、女の子の喜びそうなお菓子を買った。 大事そうにそれも抱えたアナキンにオビ=ワンは言った。 「さて、戻ろう」 「え、いいの?」 「うん、これからが本番なんだよ」 オビ=ワンはなんだか楽しそうに笑った。 弟子になってから、アナキンはオビ=ワンのいろいろな面をみてきた。家事はともかく、母さんみたいに料理が上手なのには驚いた。ジェダイは誰でもそうかと思ったが、他に聞くとそうでもないらしい。 「お菓子までつくっちゃうんだ、オビ=ワン」 「まあ、たまに気分転換にね。それに手作りだと好きなだけ食べられるだろ?」 照れたような笑顔は子供みたいだ。なんだか日頃しかつめらしいオビ=ワンがすっごく可愛く見える。 「何か手伝う?」 「ありがとう。あとで頼むかも知れないが、自分の課題をやってしまいなさい」 小さなキッチンと脇に折りたたみの台を出して、オビ=ワンは実に手際よく作業を進めていく。材料を測り、泡立て、生地を作る。 アナキンが自室で課題を終える頃には、おいしそうな匂いがしてきた。 「終わったのか?」 リビングに出ていったアナキンが頷くと、オビ=ワンは皿にカットしたケーキを出してくれた。 「ベイクドチーズケーキだよ。味見してくれるか?」 シンプルな形ながら、なんともふっくら焼けた香ばしい黄金色のケーキ。 「うまい。すっごいね、オビ=ワン!こんなの初めて」 「そうか」 オビ=ワンは嬉しそうに自分も一切れ口にほお張りながらさりげなく言った。 「よし、これであとは5回も焼けばいいな」 結局、オビ=ワンは寝るまでその日の内にすべてのケーキを焼き終えた。 翌日のホワイトデー当日、早朝からケーキをカットし、市販の小箱に詰めていく。 それはアナキンも手伝った。封をし、表面に可愛い飾りとシールを貼って出来上がり。 「これ、どうやって配るの?」 「だいたいは、昼に食堂で会えるだろう」 オビ=ワンは両手にたくさんの小箱を詰めたでっかい紙袋を下げて出かけていった。 昼休み、アナキンが食堂へいくと、いたるところで女性達がそれぞれの戦利品をもって楽しそうにおしゃべりしながら食事している。ひときわ人だかりがしてる中心に誰がいるのか、フォースのせいで見なくてもわかる。女性達に囲まれているのはオビ=ワンだ。 さすがに今近づく事はできない。アナキンが大人しく食事していると、女性マスターをもつ、少し年上のパダワンの少女が寄ってきた。 「アナキン、ここ空いてる?」 「どうぞ」 「あなたのマスター、今日の一番人気よ」 「ふうん」 「うちのマスターもだけど、久しぶりに彼の手作りが食べられるって、皆大喜び」 「え、そうなの?」 「あなた弟子になったばかりで知らないでしょうけど、マスター・オビ=ワンのスウィーツは前から噂なのよ。ライトセーバーも強くて、イケメンで、やさしくて、料理上手なんて理想の男性だわ」 「ジェダイだよ」 「もちろん、理想のマスターだっていう事」 理想のマスターっていうのは、アナキンにとってクワイ=ガンみたいなジェダイだった。 威厳があって堂々としていて、おおらかに構えている。オビ=ワンは歳も若いし、忙しく動き回って、細かいうえに小言も多い。まあ、そこも全然きらいじゃないけど。どっちかっていうとお母さん、もとい兄みたいなマスターだ。 女性にそんなに人気があるなんて知らなかった。彼女いるのかな、ふいにそんな考えが湧いて出た。ジェダイコードは執着を禁じているし、ジェダイは普通結婚したり家族を持ったりしない。だが、9歳まで母と暮らしたアナキンにとって男女が好きあって恋人や夫婦になるのはごく普通に思われた。 今はそんなふうに見えないけど、多分ジェダイの彼女が出来たら、そのためにいろいろしてあげるんだろうか。僕やクワイ=ガンをなんやかや面倒みてくれるみたいに。そしたら僕はその人の次になるのかな。ここまで考えて気づく。ジェダイは師弟の絆が何よりも重要視される。オビ=ワンが彼女の為に弟子をないがしろにするなんてありえない。 走るように住まいに帰って部屋に飛び込むと、何時もと変らぬオビ=ワンの姿があった。 「ただ今、マスター」 「おかえり、アナキン」 が、そのフォースはいつもと何か違う。伝わってくるのは、いつも冷静なオビ=ワンがひどく驚いて困惑しているフォース。 「どうしたの?」 「マスターから―― クワイ=ガンから贈り物が届いたんだ」 「嘘!?」 「もちろん、そんなはずないから調べてみたら、クワイ=ガンが1年程前に日付指定で私宛に注文してたんだ。支払いも済んでる」 「何なの?」 「ホワイトデーのお菓子」 テーブルの上に広げられた円形の箱は丁寧にパッキングされ、中のガラスの容器には小分けにした包みが綺麗に並べられている。季節の素材を使った淡い色の美しい砂糖菓子の詰め合わせ。 美しいカットグラスの容器に収められたそれは、可憐な星型の金平糖の粒だった。 オビ=ワンは思い出した。ずいぶん前、何かで老舗の完全手作りの芸術品のような金平糖専門店があり、注文しても数ヶ月、時期によっては注文してから数年かかるものもあると。 「一度は食べてみたいですね」 「腹にはたまらんぞ」 「私だって大食いばかりじゃないですよ。この金平糖は職人が数週間片時も手を休めずに純粋な砂糖の結晶を育て上げるんだそうです」 「ほう」 「それに、一粒一粒が精巧な細工みたいな星型をしてるんです。宇宙にちりばめられた星屑みたいに思えません?」 「私の弟子の食べ物への想像力はたいしたもんだ」 からかう師にわざとすねた風をすると、クワイ=ガンは笑って抱きしめキスしてくれた――。 あんな他愛もないやり取りを覚えていて、クワイ=ガンは内証で注文しといてくれたのだ。それはまだ、自分達を死が別つなど思いもしなかった頃。多分、単純にクワイ=ガンは菓子が好きなオビ=ワンの喜ぶ顔を見たくて頼んだのだろうけど。 「これは金平糖というお菓子だ。前に私が食べたいといったのでクワイ=ガンが頼んでくれたんだろう。」 「オビ=ワン……」 「アニー、これは半分はあげられないかな。大人げなくて悪いけど」 「ううん、それクワイ=ガンがオビ=ワンの為に贈ったものだ。僕はいいよ」 オビ=ワンは少し笑って包みの一つの紐を解き、指先でいくらかすくってアナキンの掌にのせた。 「食べてごらん。おいしいと思うよ」 「ありがとう」 「私はちょっと急ぎの調べものがあるから、部屋にいく。夕飯と明日の準備は――」 「食堂にいってくる。準備もちゃんとやるから大丈夫」 「そうだな。じゃあ、アナキン。ええと、おやすみ」 「おやすみなさい、オビ=ワ、マスター」 オビ=ワンは自室に入ると、デスクに金平糖の箱を乗せ、椅子に座った。 「あなたは、いなくなってからも私も驚かすんですね、マスター」 封を開けた袋に手を入れると、淡い黄色の、シャンペンゴールドに輝く砂糖菓子は、オビ=ワンの指先でさらさらと崩れていく。 一粒つまんで口に入れれば、上品な甘味、歯をたてると、ふいに甘酸っぱい柑橘系の風味が口いっぱいに広がった。 「美味いです、マスター……」 目の前にその人がいるかのように、オビ=ワンは話し掛ける。 「一緒に食べられなくて、残念ですね」 目尻に熱いものを感じる。 オビ=ワンはそれをぬぐいもせず、立ち上がった。窓のブラインドを上げると、煌くコルサントの夜景が広がっている。かつてクワイ=ガンと訪れた幾多の惑星も、人口の光に隠されて今は見えない。 「あなたも私も、星の瞬きほどの間の人生なんでしょうけど――」 手にもった金平糖を一粒、口にいれて齧る。 「アナキンを鍛えて、私も一人前のマスターになって、それからあなたに逢いに行きます」 オビ=ワンは窓を開けた。高層の室内に風が吹き込んでくる。 「クワイ=ガン……」 金平糖をひとつとり、腕を伸ばして高く遠く夜空に投げる。その小さな星屑は瞬く間にオビ=ワンの前から消え、闇にとけていった。 End 現実にこういった店があります。バレンタイン用の完全手作りのチョコ金平糖は取り寄せに数年かかるとか。すごいなぁ。きっと頼んだの忘れてるよ。それより贈る相手が変ってそう。マスターの場合は前者でした。 |
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