A Rose Champagne − 恋人はワイン色 − | |
オビ=ワンが訓練を終えて戻ると、リビングにいたクワイ=ガンは1通の封書を差出した。 「惑星メドックの大使から新年を祝うパーティへの誘いだ」 「有数のワイン産地ですね。マスター面識がありました?」 「いや、この前デパがそんな話をしていたが、任務がなければと言っておいた」 オビ=ワンは手に取ったクラシックなカードを眺めた。 「正式な招待状ですね。これでは断れません。明日の晩は予定がないから大丈夫です」 「噂に聞くメドック産のワインを存分に飲めるぞ」 「魅力的な話ですが、――何かおまけが付いてません?」 ふむ、とクワイ=ガンは顎に手を添えた。 「バローロ男爵と近づきになってせいぜい楽しく、多いに、飲んでくれとデパが言ってきた」 「名門出身の実業家、というより遊び人で女好きで有名ですか、確かに――」 開いたデータパッドに一人の男性のホロとデータが現れた。 漆黒の髪に日焼けした肌、割れた顎、精悍な顔だち、やや濃くはあるがにっこり笑う面差しは確かにハンサムで女性にとっては魅力的だろう。 「典型的なプレーボーイだな。つまり男爵が他の女性を口説くのをけん制しろというわけだ。メドック大使の知人のレディ方が何人か出席するらしい」 オビ=ワンの瞳がいたずらっぽく輝いた。 「ジェダイがそんな無粋なまねをしていいんですか、マスター?」 クワイ=ガンは肩をすくめた。 「ワイン通の男爵が出席するのはいいが女に手が早い。心配性の大使がつてをたよってテンプルに頼み込んだらしい」 「強面か気をそらすのがうまいジェダイを出してくれって?」 「いや、男爵を酔い潰せるくらい酒が強いジェダイだ」 「……それは名誉なことと思っていいんでしょうか、マスター?」 「おまえと私のチームなら、ひけはとらんだろう」 夕刻、シャワーを使い身支度を整えたオビ=ワンは師に声をかけた。 「支度できました。マスター、いかがですか?」 「ああ、いいぞ」 部屋から出たクワイ=ガンは支度を整えた弟子を眺めた、といってもいつものジェダイの衣装を洗いたてに着替え、多少こざっぱりしただけだが。それでも、金色の髪、湖水色の瞳、艶やかな頬の弟子は目を楽しませてくれる。 「髭をそったんだな」 「見出しなみですから」 「けっこう」 クワイ=ガンは僅かに湿り気を帯びて輝くブレイドを手にとった。 「後ろの髪を解いてみないか?」 同時にクワイ=ガンの片手が伸ばされ、オビ=ワンの襟足の髪をまとめて小さく止めていた紐が外された。うなじに垂れたオビ=ワンの後ろ髪を指で整えながら、クワイ=ガンは僅かに口元を上げた。 「今日はこのほうがいい」 それと、とクワイ=ガンはオビ=ワンの顎に手を添え、唇を重ねた。 「んっ……」 巧みな唇がいつになく強く若い唇を貪ったが、長くはなかった。 「マスター?」 強く残る唇の感触に指をあて、オビ=ワンが物問いたげに見上げる。僅かに腫れて赤味がました弟子の唇が肉感的でそそる風情になっていることをクワイ=ガンはあえて言わなかった。 「少しばかり趣向をこらそうかと思ってな」 オビ=ワンの眉が不審そうにひそめられた。 パーティ会場は華やかに飾り立てた出席者で溢れていた。その中でもジェダイの師弟の簡素な衣装と特徴ある風貌は人目を引いた。大使はさっそく二人をバローロ男爵と引き合わせた。名高いジェダイマスターと近づきになることは社交界でもステータスになる。男爵はクワイ=ガンにワインのうんちくを披露し始めた。クワイ=ガンは巧みに相槌を打ちながら拝聴し、頃合いを見計らって、耳打ちした。 「実はわが弟子は中性なのですよ」 「は、あの青年が?」 「ヒューマノイドでも特異な種族出身でしてな。成人するまでは両性具有。かの惑星では本人の希望で十代の始め頃に促進剤で性別を決めるそうです。弟子は必要ないからと自然にまかせています。ジェダイは結婚しませんし、任務に性別は問われません」 「なるほど、ではあの青年は」 「――おそらく、何年か後にははっきり男性になるでしょう」 「今はどちらの特徴も備えているというわけですか、大変興味深いですな」 「さよう」 クワイ=ガンは重々しく肯いた。 男爵とオビ=ワンが交わしたのは始めの挨拶くらいだが、会話の最中も男爵の視線が弟子を追っていることをクワイ=ガンは気づいていた。師の言うとおり、目立つ美女達の間を縫ってにこやかにグラスを傾けるジェダイの弟子は、端正な容姿に加え、思わず人を引きつける華があった。 「これはお話を伺っているうちについ時間がたってしまいました。男爵を独占しては麗しい御婦人方にうらまれそうだ」 クワイ=ガンは礼を言って弟子を捜す口実で男爵から離れた。 「充分飲んだか?」 「今のところはもっぱら食べるほうです」 「あれだけ女性と話しながらいつ食べたんだ?」 「皿にとって差し出すと、ほとんどの女性が結構というんですよ。返すわけにもいかないですし」 「うまい手を考えたな」 「でしょう、もう一回りすればスィーツも制覇できそうです」 「――ほどほどにしとけ。それだけ胃に入れたのなら、この後いくら飲んでも大丈夫だな」 「多分」 「バローロ男爵がこちらを見てる、話し掛けてきたら、ワインを飲みながら為になるうんちくを拝聴してこい。せいぜいいろんな種類をな」 己の師がときにとっぴな事を仕出かして回りを驚かせることは、長年行動を共にしているオビ=ワンはさすがに判っている。対処法もまあ、慣れてきた。が、オビ=ワンが中性という設定には怒るより、さすがに呆れた。 「私のどこがそう見えるっていうんですか?」 「細身で色が白くて、黙ってすましてれば女顔だ」 「……」 「酔ったところにそう吹き込まれれば、勝手に想像が膨らんでいく」 内心の溜め息を隠して、オビ=ワンはバローロ男爵ににっこりと笑いかけた。 男爵はジェダイの弟子より背が高く、鍛えた身体で肩幅も広かった。ジェダイ見習の金色の長い睫、秀でた額、通った鼻筋、吸い込まれそうな湖水色の瞳、やや高いトーンのハスキーボイス。しげしげと眼前の青年を眺めた男爵は、自分の美意識に叶っていると納得げに肯いた。 「ジェダイは高潔で俗世の事は関心がないとおもっていたが、マスター・ジンのワインの知識は感服しました」 ルビー色のワインをグラスに並々と注いで、男爵はオビ=ワンに話し掛けた。 「物を所有しない、という戒律意外は一般の方と同じです。飲酒の手ほどきもマスターから受けたものです。これは始めていただきましたが、美味しいワインですね」 「有数の赤ワイン産地でも三大貴族といわれるシャトー・ラトゥールだ」 「口当たりがいいのに、何ともいえないこくがあります。そちらは色味が違いますね」 「これも三大貴族のひとつシャトー・マルゴーだ」 男爵は別のワインと新しいグラスを引き寄せた。 クワイ=ガンは他と談笑しながらときおり弟子と男爵の様子を伺っていた。もくろみ通りというか、男爵はオビ=ワンにかかりきりでワインを進め、うんちくを披露しているようだ。オビ=ワンは聞き役に回り一方的に飲まされているようだが、よく観察すると、合間に一口大の食べ物を摘まんだり、男爵のグラスにさりげなくワインを注いだりしていた。 付き合いとはいえ自身も充分ワインを楽しみ、おまけ?のバローロ男爵を弟子に押し付けたクワイ=ガンは心地良い酩酊状態で、ボンドで弟子に呼びかけた。 『私はそろそろ帰るぞ、オビ=ワン』 『では、わたしも――』 『いや、お前は大人だ。好きなように楽しんでくれ』 一拍の間があった。 『……イエス、マスター』 オビ=ワンの溜め息が聞こえたような気がした。 テンプルの自室に帰りついたクワイ=ガンが就寝したのは、何時もりやや遅めの時間だった。弟子はまだ帰ってこなかったが、ボンドを通じても何らの異変は感じられなかったので放っておいた。 クワイ=ガンが目を覚ましたのは夜明け前、いつもよりかなり早い時刻だった。頭を枕につけたまま弟子の様子を探ると、間違いなく身近にいて活動しているのフォースを感じた。オビ=ワンは何時帰ってきたのか?クワイ=ガンは起き上がり、寝巻きのまま自室を出た。 リビングに入ると弟子の姿はなく、テーブルの上に一本のワインの瓶が置いてあった。 美しいサーモンピンクの輝きをみせるボトルに張られている古風なデザインのラベルには名高いシャトーの名があった。 「……ヴィンテージ・シャンパン、か」 「めったにお目にかかれない逸品ですよ」 タオルで濡れた髪を拭きながら、バスローブ姿のオビ=ワンが姿を表した。 「今帰ってきたのか?」 「ええ、マスターからお許しをいただいたので、堂々と朝帰りさせてもらいました」 「寝てないのか?」 「いやいつもよりは少ないですがちゃんと寝ました。日課にさしつかえては困りますからね」 確かに、シャワーを浴びたばかりのオビ=ワンは、肌も髪のみずみずしさも何時も通りで若さが匂いたつようだ。 「あれからどうした?」 顔色をうかがうような師の言葉に、オビ=ワンは曖昧な笑みを見せ、視線をテーブルの上の瓶に移した。 「せっかくですから一口いかがですか?まだ冷たいですよ」 「――ああ」 オビ=ワンはグラスを持ってくると、慎重な手つきで栓を開けた。 繊細な泡が立ったが、零れはしなかった。それを二つのグラスに注ぎ、普段通りの位置でソファに腰かけ、オビ=ワンはグラスを軽く持ち上げた。 「乾杯しましょうか、マスター。私の戦利品に」 「いい弟子を持ったことに」 二人が軽くグラスを触れ合わせると、上質のクリスタルのシャンパングラスは澄んだ音色を奏でた。クワイ=ガンの趣味で上等の物を揃えていた。 「口の中で星がはじけるようだな。それに何ともいえない芳しい花のような香り」 「そうですね。でもマスター、シャンパンは素直に味わったりするものじゃないですよ」 「どういうことだ?」 グラスを空けたオビ=ワンは再びボトルからシャンパンをそそぎ、グラスを持ち上げた。 「あなたがさっさと帰ってしまった後、とっときのワインがあるからと男爵に引止められ、場所を変えようということで、会場を出て客室のようなところに移ったんです」 「二人きりか?」 「無論。間も無くドロイドの執事が数本ワインを運んできて、これもその中の一本です。男爵は一見大丈夫そうに見えたんですけど、かなり酔いがまわっていましてね。でも、私を落とせる、いや酔い潰せると変に確信をもってたみたいで――」 オビ=ワンはグラスごしにクワイ=ガンの瞳を見つめた。 「なんで飲む前にグラスを鳴らすか知ってますか?」 「いや」 「まずグラスに触れてください。冷たくて薄くて硬いガラスの感触。それをゆっくり振るとえも言われぬ甘く爽やかな芳香が立ち昇る。色も素晴らしい。咲き初めの花の蕾のような天然のばら色。ゆっくりと口に含めば絹のようになめらかで、こくのある半甘口」 オビ=ワンはシャンパンを美味そうに飲み、グラスをテーブルに戻した。 「さあ、ここまでで触覚、嗅覚、視覚、味覚を使いました。唯一五感の中で抜けているのが聴覚です。そこでグラスを鳴らして耳でもその音色を楽しむことにしたんです」 「なるほど」 「男爵の生きがいは人生を楽しむことですから、いつもこんな風に五感をふるに使って楽しむそうです。とくにベッドを共にしたい相手には――」 「ちょっと待て、パダワン」 「なんですか、マスター?」 「結局、お前は男爵を酔い潰させてけっこうなシャンパンをいただいて帰ってきたんだな」 「ええ、あなたの思惑通り。でもさすがというか、男爵は酔い潰れる前に自分の名誉を守るため、朝まで一緒に部屋にいてくれと懇願してきました」 「名誉?」 「目当ての相手と二人きりになって、極上のシャンパンをふるまってまで逃げられたことはないそうです。私にさっさと帰られたら、これまでの評判はガタ落ちになるって」 「で、お前は」 「気の毒なので、お付き合いしてそこで一眠りしてきました」 「ご苦労だった」 「私はこれでも酒に弱い方だって言っときましたから、二度とジェダイは誘わないでしょう」 「お前、どの口でそういうんだ」 「私を中性だなんて言った人にいわれたくないですね」 「あれはひとつの趣向と思って――すまなかった」 師匠の詫びを聞いたオビ=ワンは楽しそうに声を揚げて笑い、いかにも満足そうにグラスを飲み干した。 「これは本当に美味いですね。いいのかな朝っぱらからこんな、でも残せないですよね」 「飲んだら一眠りしたらどうだ。それぐらいの時間はあるだろう」 それでは、と弟子はクワイ=ガンと自分のグラスにシャンパンを満たした。 「今日の講義は午後だけなので大丈夫です」 「確かに極上だな。が、シャンパンは素直に味わうものじゃないと言ったな」 「落とそうと思う相手を前にしては」 「さっきの言葉で男爵に口説かれたのか?」 「口説かれたと言うか、うんちくのひとつだと思って思わず聞き入ってしまいましたよ」 「それがテクニックだというんだ。最後になんと言ったか想像がつく」 おや、とオビ=ワンは片眉をあげた。 「当たっていたら、見直してさしあげますよ、マスター」 「お前、少し酔ったな」 「そんなわけないですけど、食べないで飲んだからかな」 「まあいい、それはだな」 クワイ=ガンはうっすらと頬をロゼ色に染め、バスローブ姿でしどけなくソファにくつろいでいる弟子を見下ろし、つとその耳に触れんばかりに囁いた。 「五感をフルに使ってシャンパンを味わったように、全ての感覚を使ってお前を味わいたい」 「……さすが、伊達にジェダイマスター張ってる訳じゃないですね」 「何ていう口のききかただ、酔ってるぞ、パダワン。それとも、誘ってるのか?」 オビ=ワンは嫣然と微笑みながらクワイ=ガンに向って腕を差し出した。 「多分、両方……」 シャンパンの味がする唇を充分味わった後、クワイ=ガンは首に腕を回したままのオビ=ワンをかかえ上げ、自室に向った。 広いベッドに落とされ、バスローブを脱がされながら、オビ=ワンが小声で何か言う。 「何だ?」 「まだシャンパンは残ってるでしょう」 クワイ=ガンは呆れ顔で背後に向けて軽く手を振った。すると、先ほどのシャンパンの瓶と二つのグラスが宙を漂ってきて、ベッドのサイドテーブルに静かに落ち着いた。 「後で飲ませてやる」 覆い被さりながらクワイ=ガンはオビ=ワンの口の上で囁いた。 「上等のシャンパンほど愛を確かめ合ったあとに相応しい」 End ロゼシャンパンには二人で夜を過ごそう、という意味があるそうです。 最後は朝になってしまいましたが、夜読むのにふさわしいSSだと思います、多分。 |
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