The herb tea

 気骨の折れる交渉を終えて師弟は滞在している惑星政府の宿舎に戻って来た。
簡単ではなかったが、今日の会議で条約締結の草案がまとまった。明日の締結まで後一息。
ここまできたら、先は見えている。が、正面を向き、いつものように早足で歩を進める熟練のジェダイマスターの額には深く皺が刻まれていた。

 長身のマスターから僅かに下がって進みながら、オビ=ワンは師のフォースと文字通り、顔色をチラリと伺った。クワイ=ガンのフォースシールドは閉ざされていた。

 部屋に入るや、弟子がすばやく差し出した手にローブを預け、クワイ=ガンは深々とソファに身を沈めた。
「ようやくまとまりましたね、マスター。何事もなければ明日で任務は終わります」
「ああ」
「お茶をいれましょうか?」
「できれば、水を一杯くれるか」
「わかりました」

 オビ=ワンが運んできたグラスの水を飲み干しても、クワイ=ガンの固い表情と顔色は変わらなかった。
「休憩時間の食事もほとんど召し上がらなかったでしょう、マスター」
「――いつものことだ」
「でも、午後まで二日酔いが続くなんていつもとは違います」
「パダワン」
「夕べの夕食会に出た、特徴のある香りと風味のあの酒、私は少ししか飲みませんでしたが、マスターけっこう飲まれたでしょう」
「たいした量ではなかったはずだ」
「かはともかく、それが尾を引いてるんですね」

 成人に達し、少し手ほどきしたら元々素質があったのか、かなりいける口になった弟子にあっさりと断言され、クワイ=ガンは顔を顰めた。

「軽く何か食べて薬をのまれたほうがいいんじゃないですか。夜は晩餐会がありますからそれまで治さないと」
「いや、休めば治るだろう」
「――だとよろしいんですけど」
オビ=ワンは師が腰掛けたソファの正面に回り、身体を屈めクワイ=ガンを覗き込んだ。手を伸ばし、指先で羽のように軽くクワイ=ガンの眉間をなぞった。
「マスターが始終この強面でしたから、例のしたたかな面々も、今日はおとなしかったですよ。最後に一抵抗か皮肉でも言うつもりでいたでしょうけど」
オビ=ワンが小さく笑う。
「私の弟子は人の顔色を伺うのが得意のようだな」
「私だって、始めはマスターがわざと難しい顔をしていると思いましたよ。でも、食欲がないし、フォースがいつもと違う」
クワイ=ガンの伏せられた瞼をゆっくりと掌で覆い、癒しを込めたフォースをおくる。
「私はヒーリングは上手じゃないんですが」
「いくらかましになったような気がする。すまんな」
髪に軽く唇をあて、オビ=ワンは身体を離した。
「ゆっくりバスタブにつかったらいかがですか」


 バスタブは装飾的な猫脚がついた、いわゆるクラシックなものだった。普通サイズよりは大きめなのだろうが、それでも大柄なクワイ=ガンが浸かると、あまり余裕はない。髪はそのままに、両腕を縁にかけ、クワイ=ガンは力を抜いてぬるめの湯につかっていた。

「マスター、髪が濡れますよ」
サッシュを解き、チュニックとレギンスになった弟子が浴室に入ってきた。
「後で洗うからかまわん。お前も入るか?」
「――二人ではいるには狭そうなので、遠慮します」
背後に回ったオビ=ワンの手がクワイ=ガンの額にあてられる。
「汗が出てきましたね。これをどうぞ」
オビ=ワンはもう一方の手に持ったカップを差し出した。
「これは何だ?」
「ハーブティーです」
カップを受け取り、クワイ=ガンはちょっと匂いを嗅ぐ。ミントに似た、微かに鼻をつく香りがした。
「発汗を促し、胃腸を整えます。どうぞ」
穏やかだが、逆らえない口調に促され、クワイ=ガンはひと口飲み込む。
「何だこの味は!?」
「少し酸っぱいですが、飲めないほどじゃないでしょう。さましましたから一気に飲んでください」
クワイ=ガンが眉を上げて弟子を見ると、当の弟子はにっこりと極上の笑みを浮かべているが、有無をいわせぬ目をしていた。
逆らっても無駄なことを、熟練のジェダイマスターは悟る。長年ともに過ごして身の回りや健康管理も弟子まかせになりつつ、というか自分よりオビ=ワンのほうが、ある意味わかっていた。

 飲み干したカップを顔を顰めてオビ=ワンに渡すと、オビ=ワンは笑い、身を屈めて顔を近づけてきた。
「少ししたら効目が出てくると思います」
「効目?」
笑みを含んだまま、オビ=ワンはクワイ=ガンの頬に手を掛けた。
「汗が出たらアルコールも飛んでいきますよ」
「ああ」
オビ=ワンの顔が近付いてくる、と思ったとき、唇に柔らかい唇が押し当てられた。

 その行為はクワイ=ガンを驚かせた。任務中は純粋な師弟でいること、それは二人が身体を重ねて以来の、あらためて言葉にしない決め事だった。ごく稀に名目は任務でも実質ほとんど休暇のような場合を除いては。最後の締結を控えた時に、しかもオビ=ワンから口付けてくるなど、かなり珍しい。
 師のとまどいを感じとったらしく、オビ=ワンは師の唇に囁いた。
『口なおしです』

 両手でクワイ=ガンの頭とうなじを支え、オビ=ワンはそのまま唇を重ねている。クワイ=ガンが唇を開くと、誘うようにオビ=ワンの唇も開かれ、師の舌が忍び込むにまかせた。

 顔が離れた時、オビ=ワンの顔もだいぶ赤くなっており、うっすらと汗ばんでいた。
「汗をかいているな。お前も入ったらどうだ」
からかう師を弟子はちょっとにらんだ。
「後で。マスターこそ、だいぶ汗が出てきたようですね」
「そうだな。だいぶ温まってきた」
クワイ=ガンの額ばかりでなく、首筋や胸からも汗がしたたり出していた。
「髪を洗ってしまいましょう」
オビ=ワンは素早くクワイ=ガンの後ろに回ると、師の長い髪を両手で持ち上げた。
ブラシで髪を梳いたあと、シャンプーをよく泡立て流してすすぐ。一連の手順をオビ=ワンはいつにも増して手早くやり終えた。

 タオルで丁寧に水気をふき取りながら、オビ=ワンは満足そうに囁く。
「さ、これで大丈夫です。最後によく汗を流してあがってください」
言われるまま、クワイ=ガンはバスタブから身体を起こした。

 バスローブをひっかけてリビングへ出て行くと、オビ=ワンは水差しと氷をいれたグラスを運んできた。
「それはなんだ?」
「只の水です。どうぞ」
クワイ=ガンの身体からはまだ汗がひかない。拭いても、額や首筋から汗が噴き出していた。
冷えた水を飲み込むと、喉から胃へとその冷たい流れが伝わるのがわかる。クワイ=ガンは椅子に掛け、満足気に息をついた。
「生きかえったようだ」
「よかったですね」
弟子は口許に薄く笑みを浮かべ、窺うようにクワイ=ガンを見ている。
その眼つきが気になったので、何だと口を開けかけたクワイ=ガンの動きが止まった。
微かに眉をひそめ、下腹に掌を当てる。
身体の内部からあまり喜ばしくない音がしている。外に聞こえているかはわからないが。
と思ったら、そこから鈍痛が湧きあがってきた。
思わず下を向いていた顔をあげると、オビ=ワンがあいかわらず微笑んでこちらを見ている。そうして、言った。
「効いてきたみたいですね」
立ち上がったクワイ=ガンは無言で向きを変え、再びバスルームへ向った。


 ほどなくして、クワイ=ガンは脱力した身体をベッドに広げていた。
傍らにはちょこんと椅子にすわった弟子が控えている。
「……お前、私に何を盛ったんだ?」
「人聞きの悪い。私がマスターにそんなことすると思います?」

 若い弟子は少しばかり申し訳なさそうに、それでもたいして悪びれる風でもなく師を覘き込んでいる。
「ちゃんと言いましたよ。発汗を促し、胃腸を整えます、と」
「お前のその婉曲表現は時と場合によりけりだ。利尿と下剤だ、と言ってくれたほうがよほど良い」
「はっきり言ったら、マスター素直に飲みました?」
「――わからん」
「それにあれは科学薬品じゃないから、効目は穏やかなはずなんですよ」
「あれのどこが穏やかだ」
「ハーブというか薬草をブレンドしてあるので、その人の体調に合わせて聞き目が出てくるものなんです。体内に毒素とか余計なものがなければ、飲んでも何の作用もないですしね」
「どういうことだ……?」
「マスターの身体に残ったアルコールをさっさと追い出したほうが良かったということでしょう。それとも溜まっていた毒素に反応したとか」
「……」
「おそらく、頭痛と胸やけは治ったと思うんですが、マスター」
「――ああ、確かに」
「ひと眠りしたら、気分爽快で起きられますよ。少しお休みください。――よければ、側にいますから」
オビ=ワンがクワイ=ガンの髪をそっとかき上げる。眠気におそわれたクワイ=ガンはもしやと弟子に問う。
「又、何か盛ったか?」
まさか、とオビ=ワンはやさしく笑った。
「マスターが私にしてくれるような癒しのフォースを送っただけですよ」
額にあたたかな口づけを受け、クワイ=ガンは眠りに落ちた。


 オビ=ワンの言ったとおり、クワイ=ガンは数時間後、気分爽快で目覚めた。
臨んだ晩餐会はジェダイマスターたる堂々とした威厳と、そつのない社交術で申し分なくこなした。それを終えた後は、部屋で弟子とともに条約締結の最後のチェックをし、早めに休んだ。体調万全で始まった会議はクワイ=ガンの巧みな進行で無事に条約が締結され、今回の任務は終了した。感謝され引き止められたが、師弟はその足で宇宙船に乗り込み、任務を終えた惑星を後にした。


 カウンシルへの報告を終え、オビ=ワンが食事の支度をしていると、クワイ=ガンが狭いキッチンスペースへ入ってきた。
「もうすぐ出来ます。何か?」
「いや……」
「蒸留酒ならクーラーボックスへ入ってます」
弟子は程よく冷えた例の蒸留酒をクワイ=ガンに差し出した。
「私は3本ほど食糧庫へ積みましたが、マスター、貨物室に何本積みました?」
「ハンダース」
「――では、充分ですね。何本飲んだらあんな二日酔いになるのか検証するのは」
「香りと口当たりは良いが、とんでもなく度数が高そうだ」
「ちゃんと食べながら飲めば、そう酔わないはずですよ」
オビ=ワンはにっこりわらって、山盛りにした大皿を持ち上げた。


「ところでパダワン」
ちゃんと食べながら飲んだので、ほどほどに気分よく酔ったクワイ=ガンが口にする。
「お前がいろいろ薬草の研究をしていたのは知っていたが、いつから任務にも持参するようになったんだ」
薬草の知識はジェダイには必須であり、サバイバル訓練でも食料や薬草の採取をみっちりしこまれる。クワイ=ガンもかなりそれに長けており、オビ=ワンも訓練や任務を通じて師から仕込まれていた。

「そうですね。以前マスターが任務先で解毒に薬草を使った後からでしょうか」
「3年ほど前だな」
「あの後、通常の薬品に加えて薬草も少し荷物に入れるようにしたんです。今回みたいに予め任務がわかっている場合はそれに合わせて準備もします」
「今回の任務に合わせて準備しただって、条約の締結に?」
「趣味で任務先の惑星の食習慣も調べますから」
「――特産品と酒か」
「そうはっきりいうと見も蓋もないんですが」
「同じ事だ」
クワイ=ガンは蒸留酒が注がれたグラスごしに、目を細めて己の弟子を見つめた。

「この蒸留酒は知っていたんだな。かなり強いことも」
「ええ、まあ……」
「それで、お前はたいして飲まなかったわけだ」
「だって弟子の私ごときが公の食事の席でマスターに酒を控えてなんていえると思います?」
クワイ=ガンは頬杖をつき、顎を抑えた。
「で、私が二日酔いになるかも知れないと予想して、薬草を用意してきたと」
「二日酔いでも時間があれば自然に治るのを待てばいいですが、今回は時間がなかったので」
「お前は優秀な弟子だよ」
クワイ=ガンは酒瓶を取り上げ、オビ=ワンのグラスに並々と注いだ。

「マスター……」
「私の体調を整えてくれたおかげで、任務も無事終わった。今日は心置きなく飲んでくれ」
まだ充分中身の残っている酒瓶と大皿を、弟子の目の前にこれ見よがしに並べる。
「お前もこの酒の限界を試してみるか。それとも、食べながらなら酔わないという説を証明するか?」
軽い口調で言うクワイ=ガンだが、言葉の端と強い目線から、オビ=ワンは昨日の立場が逆転したと思い知った。
「遠慮はいらないぞ。酒はたっぷりあるし、料理が足りないなら持ってこよう」
「――頂戴します」
オビ=ワンは覚悟を決めて、グラスを上げた。


 身体がふわふわと軽くなり、やたら気分がいい。いつもより饒舌に意味のない事を師にしゃべっているような気がするが、言った側から忘れている。身体が浮いた、と思ったら師の肩に担がれて、通路を通り、ベッドのある船室まで運ばれていた。
どさりと降ろされ、ベルトを外され、サッシュを解かれ、ブーツを脱がされる。

「自分でできますよぉ、マスター。眠くないし」
「では、自分で脱いでくれ」
小さく肯き、オビ=ワンは素直に服を脱ぎだした。
それを見たクワイ=ガンも黙って自分の前を緩める。
ひんやりした布の感触が火照った頬に心地良いのか、オビ=ワンはシーツにくるまりながら、クワイ=ガンを見上げた。
「だからぁ、まだ眠くないのに」
「ああ、わかった」
オビ=ワンの隣りに身体を滑り込ませながら、クワイ=ガンは大きな手でオビ=ワンの額をなでた。
「気分はどうだ?」
オビ=ワンは一瞬首をかしげ、にっこり微笑んでクワイ=ガンに両手をさしのべた。
「最高です」


 次の日、オビ=ワンは頭を抱えながら重そうに身体を起こした。いつもより多めに己の肌に残る薄紅色の跡を発見していっそう深く眉をひそめ、のろのろと起き上がった。頭が、軽く振るだけでも割れるように痛む。おまけにやっと歩き出すと胃がひっくり返るほどの吐き気がこみ上げてきた。

 ようようバスルームに駆け込み、シャワーの後コックピットへいくと、うって変わった涼しい顔のクワイ=ガンに迎えられた。

 良くなるまで休めといわれた弟子は、額を抑えながらキッチンスペースに向った。
ハーブティーを師のときよりも濃い目になみなみと煎れ、喉に流し込んだ。
間もなく噴き出した汗を拭いながらシャワーブースに籠った弟子の姿に、クワイ=ガンは修行を積んだジェダイマスターらしくもなく、溜飲が下がる思いがした。もっともフォースで結ばれた弟子のほうもそれは感じているに違いない。


 籠っていたシャワーブースから出て、ベッドに倒れこみ、オビ=ワンがぼんやり天井をみていると、静かにクワイ=ガンが入ってきた。

「どうだ?」
「――嵐は過ぎました」
額にひんやりしたものが乗せられた。クワイ=ガンが絞ったタオルをあてたのだ。
「すみません、マスター」
心配げな慈しむような師の表情と仕草、と神妙に礼をいう弟子、が実は互いの瞳は正反対を告げている。クワイ=ガンの深青の瞳は笑っており、オビ=ワンの青緑の瞳は僅かに恨めしげな諦めがにじむ。黙って見詰め合った二人は――、数秒の後、同時に吹き出した。

 クワイ=ガンの低い笑い声にオビ=ワンの可笑しそうな声が重なる。
「――こんなこと、絶対誰にも言えませんね、マスター」
「そうだな、パダワン。だが、あの酒はそのうち贈物に使えそうだ」
「そのうち?カウンシルと意見があわなくてちょっとストレスを感じた時、とかですか?」
「まあ、そんなもんだ」
「マスターは飲ませ上手ですから」
「やつが二日酔いになってもハーブティーを振舞うことはないぞ」
「効果が劇的過ぎますからね」
「おまけに口なおしもいるんじゃないか」
「口なおし?」
クワイ=ガンがブレイドの先をそっと持ち上げる。と、オビ=ワンの瞳が輝いた。
「いただきたいですね」
金褐色のブレイドの先に恭しく押し当てられたクワイ=ガンの唇は、次いでオビ=ワンの笑みを含んだ唇におちていった.



End

  揃って二日酔い師弟。何やってんでしょうね……。 
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