Umbrella

 目を通していた書類を置き、クワイ=ガンは立ち上がった。
先ほどすぐ戻ると言って出て行った弟子が帰ってこない。弟子は、フォースの絆を通じても不安や予想外の出来事があった気配は感じられなかった。つまり、オビ=ワンはそう遠くないところに何事もなくいるのだが、只戻ってこないだけなのだ。

 二人は任務である惑星に来ていた。こじれた内戦が長年続き、住民も大地も疲労しきっていた。みかねた近隣の惑星が共和国元老院に調停を依頼し、軍事介入でなくジェダイならと、ようやく双方の代表が受け入れた。
 ジェダイはあえて紛争の原因を探ることはしなかった。現在の妥協点を一致させ、内戦を終結させる方法をとった。

 滞在しているのは破壊を免れた郊外の旧家の建物だった。階下へ下りエントランスへ出ると、外は暗くなりかかっていた。
「お出掛けですか?クワイ=ガン様」
「弟子が戻って来ないのだ。様子を見てくる」
世話をしてくれている実直な召使いの問いに答えると、クワイ=ガンはそのまま大またで外へ出た。
雨が降っていた。強い雨ではなかったが、このままでは濡れる。クワイ=ガンはフードを被った。


 門を出、荒れた草地を抜けると、破壊され打ち捨てられた住宅街が見えてきた。そんな光景がまばらに遠くまで続いて、緩い下り坂になっていた。灯も見えず、当然人影もない。
雨は休まず降っている。

 かすかだったおび=ワンのフォースがはっきりと感じられる。おそらく向うも気づいているはずだ。姿がみえなくとも。
「マスター」
闇の中で、黒い影が立ち上がってこちらを見た。
「何かあったのか?」
クワイ=ガンが近寄ってみると、弟子は倒れかけた壁が偶然支えあって出来た隙間にいたようだった。
「雨宿りをしていました」
「ローブは着てなかったのか?」
「――ちょっと置いてきたんです。明るくなったら取りに行ってきます」
「どういうことだ?」
「さっきエアスピーダーで戻って来たときに、上から、何か動く影を見たので、確かめに行きました」
「何だったんだ?」
「わりと大きい犬でした。で、子供を産んだばかりだったんです」
「どこだ?」
「あ、ずっと向うです。濡れないように囲ってきました」
「そこにローブを置いてきたのか?」
「仔犬が寒そうだったんで……」
「なるほど」
「今戻るところでした。すみません、マスター」

 クワイ=ガンは腕を広げ、ローブを手で掴んでオビ=ワンの上にかざし、頭が濡れないように覆った。
肩に師の手の温もりを感じながら、オビ=ワンは瞳を上げた。
「マスター…」
「頭だけでも濡らさないほうがいいだろう。もどるぞ」
「はい」
当然、大きなクワイ=ガンのローブでも二人分には足りない。が、抱き寄せられたオビ=ワンは隙間なく寄り添い、師弟はゆっくりと来た路を辿り始めた。

 瓦礫と化した建物が次第にまばらになり、草の焦げた野原にさしかかったこところ、闇の中から人影が浮かび出た。
「クワイ=ガン様?」
「ああそうだ。グレ?」
「さようでございます。雨が降っておりますのにお戻りにならないので来て見ました」
師弟が滞在している屋敷を管理している老人は抱えていた傘をジェダイに差し出した。
「お使いくださいませ」
「これは――すまないな」
「わざわざありがとうございます」
老人は礼を言って素直に受け取った二人を見ていたが、ためらいがちに聞いた。

「――もしや、ジェダイは雨に濡れないので、無用かとも思ったのですが」
「そんなことはない、ああ、これのことか?」
クワイ=ガンはローブの裾を持ち上げた。
「多少の雨風ならこれで間に合わせてしまうが、濡れるのは同じだ」
「さようでございますか」
老人はうれしそうに皺の刻まれた顔をほころばせた。

「降水量の多い惑星で見たことはありますが、使うのは初めてです」
「そうだったか」
オビ=ワンは傘の柄を握って少し高めにかざしながら歩いている。
「濡れない為にだけ片手を使うというのは、普段考えられない行為です」
「ああ」
「でも何となくのんびりした気分です」
「平和の象徴かもしれんな」
「そうですね」
「逃げ惑う事もなく、銃をかまえることもなければ、雨が降れば傘をさして出かけられる」
あれ、とオビ=ワンが声を出し、傘の上を見つめる。
「どうも真ん中あたりから雨が漏れてるみたいですが、差し支えはなさそうです」
「私の傘にはいったらどうだ」
「でも――」

 オビ=ワンは周りを見渡した。急ぎ足で戻ったグレの姿は既に見えず、辺りには当然人の気配もない。
クワイ=ガンは無言で手を差し出した。
オビ=ワンは傘をたたみ、師の側に寄る。と、クワイ=ガンの手がオビ=ワンの肩を抱き寄せた。
「相合傘で道行きといこう」
「なんですか、それ?」
きょとんと見上げる弟子に、クワイ=ガンが口許を軽くあげる。
「あとで調べておけ」

 館に着き、屋根が張り出したポーチの下でたたんだ傘の雫を払う。
「その傘を見せてみろ」
オビ=ワンが自分の借りた傘を開いてかざすと、クワイ=ガンも中を覗き込んだ。
「縫い目が綻びているな。修理できるだろう」
肯くオビ=ワンの顎をクワイ=ガンの手が持ち上げ、すばやく唇が重ねられる。
「んっ、マスター」
あわてて、顔を離そうとするオビ=ワンの耳元に師はささやいた。
「傘にはこういう使い方もある」




「――ということがあったのを思い出しました」
『ずいぶん昔の話だな』
クワイ=ガンがそういうのも無理はない。
今二人がいるのは、オビ=ワンが隠遁するタトゥイーンの荒野の住いだった。
ベンと名乗っているオビ=ワンと霊体のクワイ=ガン。

「後で考えたら、あなたはずいぶん余計なことというかジェダイらしくない事を教えてくれたものです」
『ジェダイも、一般的な知識があったほうがいい。無駄知識も馬鹿にしたものではないぞ』
「まあ、そうなんですが」
オビ=ワンは立ち上がってテーブルの上を片付け出した。
「ルークに会いにいったら、ペルーが日除けの白い傘をさしてたんですよ。最近街で流行っているとかで、オーウェンが誕生祝に贈ったそうです」
『ここでパラソルを見かけるとは意外だな』
「女性のアクセサリーの一部でしょう」
『多少の日除けにはなる。できればお前も気を付けたほうがいい。生まれつきのタトゥイーン人ならともかく、強い陽射しは皮膚を傷める』
「出かけるときはフードをかぶるので大丈夫ですよ」
『そう言うが、お前の髪の色も薄くなってきたようだ』
「年相応でしょう」
素っ気なく言うオビ=ワンに、クワイ=ガンは小さく溜め息をつく。
『――今日はもういいだろう。休んだらどうだ』

 まもなく、狭い寝床に身を横たえたオビ=ワンの肉体から離れたフォース体が静かに立ち上がる。クワイ=ガンは手を引き、暗くなった庭にいざなった。
『コールドスリープとはいわないが、少し活動を控えて、体力を温存したらどうだ』
『そうもいかないでしょう。追っ手が落ち着いているとはいえ、他との連絡もあるし』

 フォース体のクワイ=ガンがフォース体のオビ=ワンの頬にそっと大きな手を添える。
見上げるオビ=ワンの変わらぬ青い瞳を見つめながら、クワイ=ガンは指をすべらせ、親指の腹で、羽のように軽くオビ=ワンの唇をなぞる。
『――できることなら、いつも側にいてパラソルを差してやりたいものだが、今の私にはかなわん』
『クワイ=ガン……?』
『お前の唇が荒れるのをみるのは忍びない』
オビ=ワンは一瞬金色の睫毛を震わせてクワイ=ガンの深青の瞳を見つめ返した。そして、少し照れながら、うれしそうに微笑んだ。
   



End

 全編を通じて何度濡れても、オビのお衣装は乾いてましたね。着替えとかのサービスショットもなし。ローブはもとより、ジェダイ服は完全防水なの?といっつも疑問でした。
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