― 船乗り ― | Bon voyage! | ※ 時代設定はめちゃくちゃ、ていうかパラレル | |
豪華客船「ジュピター」は華やかなセレモニーと観衆に見送られ出港してから数日たっていた。今回の処女航海は北大西洋を一路ニューヨークへ向うものだった。 夜ふけ、巨大な船体は穏やかな海面を静かに進む。船長のクワイ=ガン・ジンは、一人で散歩も兼ね甲板を見回っていた。長身に濃い色の制服がぴたりと合い、彫りの深い顔立ちに潜む鋭い眼光に船長の帽子を被ったその姿は一部の隙もない。 うなじで束ねた銀の混じる亜麻色の長髪ときれいに整えられた髭。乗客には常に礼儀正しく、穏やかな笑みを浮かべて挨拶された御婦人たちは、夫や彼氏そっちのけで近づきになろうとやっきになる。側近の航海士たちはまたかと思いながらも、ジン船長なら無理もない、だが、女達は船長の真の姿を知らないのだ、と互いに目配せする。 旧家の出で士官学校卒業後、軍隊に進んだクワイ=ガンは、長年海軍に在籍していた。数々の海戦や海賊との戦いで名を馳せた伝説の船長(キャプテン)だった。剣の達人で銃も見事にあやつり、身体じゅうに戦いで負った傷跡がある。 一部の者しか知らないが、潜水艦にさえ乗ったことがある。乗組員の信頼篤い艦長だったが俄かに司令部から天下った艦長のもとで副艦長として乗り込んだ。困難なテスト航海中起こった、間違えば世界を危機に落ちいれるほどの事故を身体を張って乗り切り、部下達の命を救ったのだ。 今回、クワイ=ガンはオーナーのたっての頼みで豪華客船の船長としてスカウトされた。危険のない航海は、忙しくはあるが今までに比べると楽なものだった。が、何の危機感もないというのは物足りなくもある――。 そんなことを思いながらブリッジの甲板まできたクワイ=ガンがふと前をみると、人影が目に入った。普通人がいかない先端に男が手すりにもたれるようにして前を見ていた。一歩誤れば、海へ墜落しかねない。 クワイ=ガンは驚かせないよう、静かに近づいた。 「グッドイブニング、サー」 夜会服姿のすらりとした細身の男は驚いたように振り向いた。 「驚かせて申し訳ありません。新鮮な空気を吸いたいならもっと快適な場所へご案内しましょう」 「ああ、すみません。キャプテン?」 クワイ=ガンは肯き、男を見つめた。薄暗がりの中ではっきりとは見えなかったが、ごく若い男で澄んだ青い瞳が印象的だ。 青年は、心持ち両手を開いて待ち構えるように立っているクワイ=ガンを目指してゆっくりと足をすすめてくる。あと一歩という所でふいに強風にあおられ、身体がよろめく。 「おっと!」 「危ない!」 その瞬間、クワイ=ガンが長い腕を伸ばして青年の腕を掴んだ。身を乗り出し、右手で手すりを握り、片手でしっかりと青年の細い胴を抱きとめた。 危険のない場所までクワイ=ガンはそのまま青年を腕に抱いて戻った。 「あの、すみません……」 胸に抱かれるように顔をおしつけていた青年はやっと身体を離され、小さな声で詫びを言う。金褐色の柔らかそうな髪、不思議な青緑色の大きな瞳がクワイ=ガンを見上げる。 「無事で何よりです。お名前は?」 「オビ=ワン・ケノビといいます」 聞き覚えがあった。一等船客で名家の子息。確か花嫁候補の若い娘達が連日取り巻いているとかいう噂。 「酔い覚ましですか、それとも御婦人たちから逃げてきた?」 冗談めかして言ったクワイ=ガンにオビ=ワンは真顔で答えてきた。 「――実は両方です。僕の心を読みましたか?」 「私にそんな能力はないが、静かなところでお茶でもいかがかな?」 クワイ=ガンは船長室へオビ=ワンを連れて行った。暖かい部屋で香り高いお茶を振舞われ、緊張がとけたオビ=ワンは少しずつ自分の事を語りだした。 人好きのする笑顔は、驚いた事に24歳という年齢よりずっと若く見える。 「童顔なんです」 と、整った品のいい顔にやや照れくさそうな表情を浮かべると、何とも魅力的で思わず引きつけられてしまう。 「大学を卒業したので、僕は広い世界を見たいし、もっといろいろな所にいってみたいのです。ところが家族は早く結婚して落ち着けとそればっかり。航海中に気に入った女性がいなければ、ニューヨークでも会わせると」 「結婚を急ぐ訳でもあるのかね?」 「ケノビ家は女系が続いて、僕は何十年ぶりかに生まれた男子なんですが、予知能力のある一族の長老が僕の未来を予言したんです」 「ほう」 「25までに結婚しなければ、とんでもない事が起こって家を出てしまうと」 「とんでもない事?危ない目にあうとか、貶められるとか?」 「さあ、只とんでもない事、というだけです。それで家族はやっきになって僕を25まで結婚させるつもりなんですが、これという女性に出会わないんです。家柄が釣り合うといっても愛してなければ相手にも悪いですし」 「君は誠実なんだな」 青年は微笑んだ。 「美人とか金持ちでなくてもいいんです。そんなわけで、今度の航海でもたくさんの女性に会いました。海の上なら逃げられないだろうと家族は期待したようですが、残念ながら――」 「最後まで君が決められない場合は?」 「多分、親が選んだ女性と結婚することになるでしょうね」 オビ=ワンは溜め息をつく。 「あなたが結婚されたのはいくつの時でした、キャプテン?」 「私は結婚したことはないんだ、オビ=ワン」 「そうなんですか?」 「この歳まで女性と付き合わなかった訳じゃない。が、海の上の生活が長くてね。それにどうしても妻にしたいという女性には出会えなかった」 「海が恋人なんですね?」 「――そういうことにしておこう」 オビ=ワンは礼を言って、自分の一等船室に戻っていった。 翌日から、二人は頻繁に顔を合わせるようになった。仕事以外の時間に甲板を散歩したり、船長が主催するティータイムに呼ばれたり、家族ともどもディナーのテーブルを共にしたりした。 そのうち、好青年のオビ=ワンは他の船員にも気に入られ、操縦室を案内してもらったり、海図の見方を教えてもらったりするようになった。二人きりということはめったになかったが、男ばかりの乗組員に囲まれていては、若い女性は遠慮して近寄れなかった。船長と親しくしてるとあっては家族も文句はいえず、航海中がだめなら、上陸したさきで、と計画しているようだった。こうして航海はすぎていった。 船がアメリカ大陸の北部沖にさしかかった寒い夜だった。 夜遅く、ようやくベッドに入った船長の寝室の扉を叩く音がする。 「キャプテン、クワイ=ガン!!起きてください!」 「オビ=ワン?どうした」 ズボンを履き、シャツを引っ掛けただけのクワイ=ガンが扉をあけると、寝巻き姿のオビ=ワンが立っていた。 「こんな時間にすみません。あの、とても、ものすごく悪い予感がするんです」 「悪い予感?」 「危険がせまってるような気がして。この船が何かに呑み込まれるみたいな夢を見て、身体の震えがとまりません」 大きく見開かれた青年の青い瞳とこわばった表情は只事ではない。クワイ=ガンは眉を寄せた。 「私は何も感じないが……、とにかくブリッジへ行こう」 クワイ=ガンは身支度をし、薄い寝巻き1枚のオビ=ワンに自分のコートを差し出した。ダークブラウンのそれはオビ=ワンには大き過ぎた。肩もずり落ち、丈も長くてほとんど床に届くほどだった。が、今はそんなことに構っていられない。二人はブリッジに急いだ。 突然現れた船長を見て当直の船員は驚いたが、クワイ=ガンは直ちにチェックを始めた。 異常や危険は今のところなかった。 暗い海面に目を凝らしていたオビ=ワンが聞いた。 「あの遠くに小さく見えるのはなんですか?」 「氷山だ。かなり遠いが――」 クワイ=ガンはレーダーの探査域を広げる事と速度をゆるめるよう指示を出す。 キャプテン!と突然レーダー係から声が上がる。 「今、レーダーの端に氷山の海面下が映って来ました。かなり巨大です。進行方向です!」 「このままでは接触の危険がある。速度を落とし、進路を変更しろ!」 「了解!」 操縦桿を握った男が悲鳴を上げる。 「これ以上は無理です!!」 クワイ=ガンが駆け寄った。 「私がやろう」 周りが固唾を飲んで見守るなか、クワイ=ガンはモニターを視界に入れながら、操縦桿を掴んだ。眉間に深く皺がきざまれ、肩から二の腕にかけて筋肉が硬く盛上がった。歯を食いしばり、クワイ=ガンは渾身の力を込めて、操縦桿をぐっと握り締めた。 その瞬間、巨大な船体が揺れ、床が傾く。 が、それは一瞬のことで、向きを変えた客船は海中の氷山の脇をかすめ、無事前方へ進みだしていた。 「やったぞ!」 モニターを見ていた男達から歓声があがった。 ほどなくして、船は氷山の浮かぶ一角を抜け出した。 危険が去ったあと操縦を係りに戻し、クワイ=ガンは甲板に出て海面を眺めていた。オビ=ワンも無言で傍らに立っていた。 「君のおかげだ、オビ=ワン」 「とんでもない!」 「おかげでこの船はすくわれた」 「あなた自ら回避したんでしょう。船長というのはたいしたものですね」 「この海域さえ無事に過ぎれば、あと数日もすればニューヨークに着く」 「数日、ですか?」 「ああ」 「航海は終りなんですね。クワイ=ガン」 「君と知合えて良かった」 「僕も、楽しかった……」 クワイ=ガンは振り返ってオビ=ワンの背に手を掛け、中へと促した。 「もう、大丈夫だろう。部屋に戻りたまえ」 「あなたは?」 「私は明るくなるまでここにいる」 オビ=ワンは一瞬躊躇したが、素直にうなずき、歩き出そうとした。 「冷えてしまったな」 その時、クワイ=ガンは腕を伸ばして青年の背を引き寄せ、そのまま両手で抱きしめた。 暖めようとするようにしっかり腕を回し、短い髪に頬を寄せる。 「こんなに冷たい」 オビ=ワンは逆らいもせずおとなしくじっとしていたが、やがて暖かい胸で吐息をもらし、静かに目を上げた。 「おやすみなさい、クワイ=ガン」 「おやすみ、オビ=ワン」 クワイ=ガンは青年の額に優しく口づけた。 その夜のことは乗組員以外には知られる事なく、豪華客船「ジュピター」は無事航海を続け、予定通りニューヨーク港に到着した。 到着前夜に開かれた華やかなお別れパーティの時も、到着のセレモニーでも、超多忙な船長と、家族やとりまきに囲まれたオビ=ワンが二人きりになる機会はなかった。 いよいよ船を降りる時、他の乗客同様にクワイ=ガンは青年と握手しながら別れをいった。その時、オビ=ワンは思い切って小声で滞在先を告げた。一瞬二人の目があったが、クワイ=ガンは黙って頷いただけだった。 一縷の望みを抱いていたが、何日たってもクワイ=ガンからは何の連絡もなかった。連日社交に明け暮れる中、オビ=ワンはクワイ=ガンに再会できるという希望を失っていった。 ある晩、ケノビ家の親戚の邸宅では煌びやかな舞踏会が開かれていた。夜会服姿のオビ=ワンは母親と共に次々に到着する客をにこやかに迎えていた。着飾った令嬢達は、端正な顔立のすらりとした品のいい青年を憧れの眼差しで見つめながら中に入って行く。 大方の招待者が着いた後、オビ=ワンはテラスで外の空気を吸っていた。 「どれも気立ても家柄も申し分のない令嬢ばかりなんでしょう?母上」 「もちろんですとも、オビ=ワン」 「僕が選んだ女性は僕を好きになってくれると思いますか?」 「心配はいりませんよ。来てくださったお嬢さん方は皆あなたに好意を持つ方ばかりよ」 オビ=ワンは先ほど花瓶から取ってきた一輪の薔薇を前にかざした。 「――では僕が今晩花を送った女性と付き合うことにして、彼女が承諾してくれれば近いうちに婚約したいと思います」 「うれしいわ、オビ=ワン、やっとその気になってくれたのね。大丈夫、皆素敵なお嬢さんばかりよ!」 嬉しそうに告げに行く母親を見送って、オビ=ワンは溜め息をつく。ふいにオビ=ワンは視線を感じた。振り向いてその先をたどると、テラスから庭に降りる石の階段のところに夜会服を着た長身の男の姿があった。 驚きに青い目を見開き、声も出ないオビ=ワンを見て、クワイ=ガンはゆっくりと口許を緩めた。 「クワイ=ガン!何故ここに?」 「君に会いに、ある提案をしに」 「――何?」 クワイ=ガンは急ぎもせずに長い脚で石段をのぼってきた。質問には答えず、逆にオビ=ワンが手に持つ薔薇に目を止めた。 「これは何だ?」 見つめられ、オビ=ワンは小声で答える。 「付き合いたい女性に渡そうと思って……」 クワイ=ガンは片眉を上げた。 「送る相手は決めているのかね?」 「いいえ」 では、とクワイ=ガンはオビ=ワンの手から薔薇を取り上げ、甘い香りを楽しむかのように口づけし、それを青年の手に戻した。 「私からの提案だが、船にのって広い世界を見て廻らないか?」 「え?」 「船長は忙しくてね。秘書が必要なんだ。私の秘書として一緒に航海しないか」 「……」 「突然だから今返事は聞かない。明後日の朝、港で待っている」 「クワイ=ガン……」 クワイ=ガンは一段下に立ち、青年と同じ目の高さになった。右手を伸ばしオビ=ワンの顎を包み込む。 オビ=ワンの口の端に、ほんの一瞬羽のように軽く唇をあわせ、クワイ=ガンは静かに身体を離した。 「おやすみ、オビ=ワン」 そのまま踵を返し、振り向くことなく暗い庭に消えていった。 早朝の港は深い霧が立ち込めていた。 クワイ=ガンは甲板に立って、じっと倉庫や建物が連なる港を眺めていた。 と、そこに一台の車が走ってきて止まった。 後部座席から、青年が降りてきた。船を見上げ、クワイ=ガンを認めると輝くような笑顔を向けた。手にはあの晩と同じように一輪の薔薇を持っていた。 運転手がトランクを降ろし走り去るのを見ながら、クワイ=ガンは早足でオビ=ワンに近づいた。 「おはようございます、クワイ=ガン」 「おはよう、オビ=ワン」 オビ=ワンはあと一歩という距離でクワイ=ガンの前に薔薇を差し出した。 この花を、とオビ=ワンは青緑の瞳を輝かせクワイ=ガンの深青に瞳を見上げる。 「あの晩、選んだ人に渡すつもりでした」 「決めたのかね?」 「ええ」 オビ=ワンは薔薇を掲げた。 「受け取っていただけますか、クワイ=ガン」 クワイ=ガンは花を受け取り、恭しく口づけして胸ポケットに挿した。そうしてオビ=ワンの肩を抱き寄せた。 「これで話は決ったな。船にいこう」 「はい」 出発を明日に控えた豪華客船は忙しいはずがだ、流石に早朝は静かだった。クワイ=ガンは船長室に入るや、オビ=ワンに説明を始めた。 「ここが君の仕事場になる。隣りが君の寝室、狭いが設備は整っている。私の寝室は通路の奥にある」 「制服はこれだ。着替えたら皆に紹介しよう。顔なじみもたくさんいる」 トランクを運びこんだり、服や書類を出したりと、クワイ=ガンはせっかちに動き回る。 「これが契約書だ。給料と待遇と期間、とりあえずこんどの世界一周の間でどうだ?」 ようやく椅子をすすめられ、書類に目を通したオビ=ワンは、茶を煎れようと手を休めないクワイ=ガンに声を掛けた。 「結構ですが、あの……」 「ん?」 「世界を見てまわった後は?」 クワイ=ガンは振り返り、少しの間を置いた後、オビ=ワンの表情を伺うようにしながら切り出した。 「故郷のスコットランドの海辺に家があるんだ。蓄えもあるし、そろそろ船をおりてもいいかと思っている。――君も行ってみないか?」 「スコットランドですか?」 「なかなか良いところだ」 「そう、ですねえ」 「よければ……、好きなだけ居ていいんだ」 「待遇次第です」 「つまり?」 テーブルに添ってクワイ=ガンが歩を進めてくる。 「私の居場所があるなら」 「――寝室を共有するのはどうかな。大きなベッド付きで」 オビ=ワンは心持ち頬を染め、囁いた。 「充分です……」 クワイ=ガンは腕を伸ばしてオビ=ワンをしっかりと抱き寄せ、熱烈に口づけた。 End 「ラブアク―」のマスターと坊やのタイ○ニックごっこ。あれをオビ=ワンとさせてみた〜い!とクワオビ党なら誰しも思ったはず、文中には入れませんでしたが、絶対やってると思います(笑) |
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