― 獣  医 ―
 
「ちょっとあんたたち!」
診察室に入った途端、シーリーが大声をあげた。
「もうすぐ診察がはじまるっていうのに、だれてないでよ。準備は出来てるの?」
「……大きな声出さないでくれよ」
ガレン他、数名の学生がのろのろと立ち上がり、動き出す。
「オビ=ワンがいないからって頼まれて手伝いにきてみれば、揃って二日酔い。ったく」
「教授に無理につき合わされたんだよ」
頭を抑え、ガレンが小声で言う。
「いつもあいつが相手してるから、教授がいくらでもすすめるんだぜ」
「そりゃ、底なしのオビ=ワンと比べたら、相手させられるほうが気の毒だけど」
「はやく学会から帰って欲しいよ……」
「教授が来たぞ!」

 ほぼ定刻、廊下の向こうから長身の男が姿を現した。いつもはさっそうと白衣をひるがえし、早足でやってくるクワイ=ガンが、今日はのし、のしとやや緩やかな足取りで入ってきた。ふだんは洗いたての白衣を着、白髪混じりの長髪も上できちんと結わえ、髭も手入れしているクワイ=ガンだが、今日はよれよれの白衣に髪は首の後ろで無造作にくくり、髭もなんとなくむさくるしく見える。 

「おはようございます、クワイ=ガン教授」
「おはようございます!」
本日の助手を務める学生達の挨拶を受け、テンプル大学獣医学部の教授、クワイ=ガンは診療デスクにどっかりと腰をおろした。
「ああ、おはよう、諸君。今日も混んでるな。カルテは?」
ガレンがあわてて、一塊のカルテをクワイ=ガンに差し出す。
「よし、診察開始だ!」
「はいっ、教授!!」

 大学附属動物病院は、どういうわけか連日混んでいた。
身体と態度はでかいが診察にあたるクワイ=ガンの腕の確かさと、大学院生で助手を務めるオビ=ワンの人当たりの良さにひかれ、いろんな動物達が飼い主に連れられやってくる。

 毛刈りだ、注射だ、レントゲンだ、点滴だ、薬だ、と矢継ぎ早にだされるクワイ=ガンの指示を受け、学生達が飛び回る。


 犬も猫もミニ豚もりすも、フィレットもモルモットもうさぎもハムスターも鶏も小鳥も、吼え、喚き、大声で鳴きながら、噛み付き、引っ掻き、蹴りを出してあばれまくる。助手達はその動物達をとり押さえ、不安気な飼い主には解り易く説明し、機材を準備し、備品を運び、薬の補充をしと、さながら診察室は戦場と化す。
 

 やっと嵐が去った時には、とうに午後の1時を過ぎていた。
「――これで最後です、教授。午前の受付は終了しました」
「そうか、午後は検査と予約だけだから、皆も休憩してくれ。ああ、シーリー、手伝いご苦労」
「はい、クワイ=ガン教授。昼食はどうされます?」
「適当にすませてくる」
クワイ=ガンは立ち上がり、またのしのしと部屋を出て行った。

「弁当買ってきたよ、シーリー。のり弁しか残ってなかったけど」
「ありがとう、この時間じゃ仕方ないわね」
学生達は隣りの控え室で遅いランチタイムを始めた。
「偶にしかこないけど、いつ来てもここはすさまじいわね」
「だろ、僕だって今だけ頼まれたからきたけど、とても長くはやれそうもないな」
「オビ=ワンもクワイ=ガンの元でよくやってるよね」
「まあ、一番慣れてるからな。大学院卒業までは頑張るだろ」
「オビ=ワンがいなきゃ教授の世話が大変そうー。で、いつ帰ってくるの」
「今日中には着くはずだぜ」

 噂をすれば影、皆が背を向けていたドアから、髪の短い青年がひょっこり姿を現した。
「ただいま、今帰ったよ」
「オビ=ワン!」
「ガレン、ご苦労。やあ、シーリーも来てくれてたんだ、どうもありがとう」
「お帰り、オビ=ワン」
「お帰りなさい、学会どうだった?」
「何とか無事発表してきたよ。あ、これ『銘菓 ひよこ』皆で食べて。教授は?」
「食べにいった。はい、お茶」
礼をいって青年はやれやれと椅子に腰を下ろした。
「さすがに普通列車は疲れる」
「お疲れ、貧乏学生は飛行機も新幹線も使えないからね」
オビ=ワンはちょっと笑って、入れてもらった湯のみをとりあげ、ひと口のんだ。
「あ」
「なんだ、オビ=ワン」
「教授が帰ってきた」
「え?」
「足音がする」


 すると、間もなく本当にのしのしという音と共に、扉の上にぶつからないように背をかがめながら、クワイ=ガンが入ってきた。
「お、オビ=ワン帰ったのか」
「ただいま、教授。学会は無事すみました」
「そうか、良かったな」
「これ、図録です。報告書は明日提出します。それと好物の佃煮」
「ああ、すまんな」
「食事してきたんですか。今日は何を?」
「んー、今日は皆品切れで、おにぎり1個とジャムパンしかなかった」
オビ=ワンの片眉がかすかに上がった。
「いや、それでも健康の為に飲物は牛乳にした」
「まあ、仕事中は食事が後回しになるあなただから、仕方ないですね。僕が留守でしたし」
「今日の晩は作ってくれるのか?」
「ええ、帰りに買い物していきます。何か食べたいものあります?」
「竹の子が食いたいな。それと煮魚」
「わかりました。――ところでそれはなんですか?」
皆がオビ=ワンの視線を追うと、クワイ=ガンの白衣のポケットがふくらんでいる。
「……ああ、これか」
クワイ=ガンは少しうろたえて、もう片一方のポケットから何か取り出した。
「そこで学長のヨーダからもらった」
大きな掌にはいちご大福。
教授、とオビ=ワンの眉間に皺がよる。
「そっちじゃなくてこっちのポケットです。また何を拾ってきたんですか?」
クワイ=ガンはまずったなというように顔をしかめ、しぶしぶとポケットに手をつっこみ、中の物を取り出した――。

 学生達は悲鳴をあげ一斉に部屋の奥にあとずさった。さすがのシーリーも例外ではない。オビ=ワン一人をのぞいては。
「――どうしてポケットにへびがはいってるんですか、教授?」
「いや、池の所で学生達が騒いでいたんで見たらこれがだな。とっさに、その、保護してきたんだ」
クワイ=ガンの言い訳を聞いたオビ=ワンの眉間の皺はいよいよ深くなり、無言でテーブルのビニール袋を取り、両手で口を開いて前へ差し出した。
クワイ=ガンがその中にへびを入れると、オビ=ワンは上をきっちりと結んだ。
「放してきます。まだ小さいじゃないですか。この子こそいい迷惑ですよ」
手をよく洗ってくださいね、と言い置いてオビ=ワンは出ていった。

「なんだ、君達。獣医学部のくせにへびを恐がるなんて何事だ。害もないし、大人しいもんだぞ」
無言でオビ=ワンを見送った後、明らかに呆れ顔で見つめる学生達に弁解がましく言って、クワイ=ガンは診察室に入っていった。

 溜め息を付きながら、再び学生達がテーブルに着く。
「――オビ=ワン先輩って、イケメンで可愛い顔してるのに、強者ですね」
「クワイ=ガンとずっといたから鍛えられたんだろうな」
「当然といえば当然かもね」
「あの、教授の御飯つくるって、一緒に住んでるんですか?」
「いや、オビ=ワンは教授のマンションの隣りの安アパートに住んでる。いつの間にかクワイ=ガンの家事全般やるようになったみたいだけど」
「へえ、何でもできるんですね」

 そこへオビ=ワンが戻って来た。
「皆、驚かせてごめん。まったくうちの教授の拾い物癖はあい変わらずでね」
「ああ、それよりお前、家へもどるのか?」
「出来ればそうさせてもらおうかな。報告書書かなくちゃならないし、いない間多分教授の部屋も散らかってるだろうから片付けなきゃならないし。ガレン、シーリー、お礼は今度するから」
「期待してるからね、オビ=ワン」
じゃあ、とオビ=ワンが笑顔で出て行こうすると、あわててクワイ=ガンが入ってきた。
オビ=ワンの腕をつかんで隣りに引っ張っていき、バタンと扉を閉める。

「だめです!」
耳を澄ませた学生達にオビ=ワンの声が飛び込んできた。
「あと少しですから、定刻まで仕事なさってください。それと、さっきメイス学部長が後で話があるといっておられましたよ」
続くクワイ=ガンの低い声は聞き取れなかった。

 いくばくかの沈黙の後、再びオビ=ワンの少し上ずった掠れ声。
「……お先に失礼します――教授」
静かにドアが閉まる音。
顔を見合わせる学生達にやけに元気のいいクワイ=ガン教授の声が響いた。
「さあ、午後の診察をはじめるぞ!!」



End

  動物のお医者さん、懐かしい〜と思ったあなた、そうです。あのコミックが元ネタです。
どうも何書いてもクワオビのセットになりそうです。もちろん、有能な助手で側にくっついてるんですな(笑)
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