SAKUYA | ― 桜姫 ― |
その姿は位置を確認するまでもなく、遠目でもはっきりとわかった。濃い緑色の山肌を背景に、そこだけが白い霞のように浮き上がり華やいでいる。見事な桜の大木だった。 エアスピーダーを下りた師弟は、鮮やかな花々と対照的にごつごつと盛上がる根元に立って、太い幹と屋根のように枝をのばす巨木を見上げた。今しも花は盛りの時を迎えていた。 「――時期が良くなかったようですね、マスター」 顔を廻らして満開の枝を見渡す弟子にクワイ=ガンも肯いた。 「ふむ、が待ってもおられんな。この木を管理している神社に聞いてみるしかあるまい」 ジェダイの師弟は捕えた犯罪者から、莫大な武器の密輸ルートを記した記録が密かに持ち出された事を知った。突き止めた隠し場所というのは、由緒ある神社の神木として守られている桜の巨木だった。 白髪の老神官はクワイ=ガンの申し出を聞いて、困惑気に眉を寄せ、しばし思案した。 「――ジェダイの頼みとあらば無下にお断りするわけにもいきますまい。が、こちらのやり方にしたがっていただけますかな?」 「無論。どなたか、日頃木の手入れをしている者に登って探していただいてもよろしいが」 神官は威厳あるジェダイマスターの脇に行儀よく立っている弟子のしなやかで身軽そうな肢体に視線を走らせた。 「人が樹に登る事は普段ありませんでな。そのお若い方が素手で登るのなら、用意をいたしましょう」 「それはありがたい」 社殿の内部に伴なわれたオビ=ワンは用意された衣類に着替えさせられた。それは天然の繊維で織られた生成りの生地で、袖口が広く、丈は腰まであり、襟を重ねて打ち合わせた前を細帯で結ぶようになっていた。同じ生地のパンツはレギンスより裾幅が広く、足首までの長さ。足元は裸足だった。 よくお似合いです、と着替えを手伝った巫女が感に堪えた声をあげ微笑む。 「少し生地が薄いんですが、ジェダイの服に似ていますね、マスター」 「そうだな。中が透けて見えるが、下着も着替えたのか?」 はい、とオビ=ワンは心持ち恥ずかしそうに肯いた。 「神木に登るのは神様に触れるのと同じですから、すべて浄めた衣でないといけないそうです。上はこれと似たような下着なんですが、下はどうも一枚布を巻くようで、こんなのは初めてです……」 クワイ=ガンは僅かに眉を上げ、それから弟子をみて慰めるように苦笑してみせた。 オビ=ワンを見た神官も目を細め、顔をほころばせた。 「ほお、まるであつらえたような桜守りですな。これでは木花開邪姫様も喜ばれますでしょう」 「木花開邪姫(このはなさくやひめ)?」 「神社の祭神であり、御神木の精でもある女神様でございますよ。その美しさは衣を通して光り輝いていたことから、衣通姫(そとおりひめ)ともいわれた絶世の美女でございます」 光りのせいか、光沢のある薄い生地は衣のしたからもオビ=ワンの肌色を透けて浮かび上がらせていた。 「――神話にも真理があるようだな」 「は?」 クワイ=ガンの呟きに、オビ=ワンは怪訝そうに青い瞳を上げた。 祭殿で神官が神に許しを請う祈りを捧げた後、師弟は再び木の下に立っていた。 「――あの幹に洞(うろ)があるのがわかりますかな?」 神官は枝を見上げ、手で上を指し示した。 「はい、ひょっとしたらあの中に」 「前は鳥や獣がいたこともあるが近頃はいませんな」 「わかりました」 「何か道具を使われますかな?」 神官の問いに、いや、とクワイ=ガンは答えた。 「この高さなら必要なさそうだ。オビ=ワン」 はい、と弟子は肯く。 が、一番低い大枝までも数メートルの高さはある。ゆうに十数メートルの太い幹にはほとんど登る手がかりはない。神官や巫女や神社の関係者がかたずをのんで遠巻きに見守っていた。 オビ=ワンは少し下がって間合いを計った。脇に立つクワ=ガンに目で合図をし、やや身を屈めて助走をつける。足元にフォースを集め、太い根を蹴って踏み切る。見ていた人々は若者の身体が沈んだと思った瞬間、その身体は高く舞い上がり、一瞬で花々の雲の中に吸い込まれるように消えた。 オビ=ワンの姿はごく薄い淡紅色の霞に隠れて見えないが、ときどき揺らぐ枝で動きが想像できた。その枝の動きは次第に上に登っていき、やがて、その一面の花の雲から、オビ=ワンの金褐色の頭が現れた。 「マスター」 弟子は、腕を組み下から見守っていたクワイ=ガンに呼びかけた。 「どうだ?」 オビ=ワンは手を掲げて、手に持った小さな物体を示した。 「ありました。教えていただいた洞の奥に」 「よくやった。注意しておりてこい」 「はい」 見ていた人々から安堵の声があがる。 その時、にわかに一陣の風が吹きぬけた。 風によってさざ波のように淡紅色の雲海が揺れ、花びらが舞い上がる。オビ=ワンは眼を見開いて、その中にたち尽していた。数多の花びらが光りを受け、きらめきながら吹雪のように青年を取り巻き、地面に降り注いだ。 我に返ったオビ=ワンは向きを変え、太い枝に手を伸ばし顔を下に向けた。と、ふいに眉をしかめた。見ると、風に吹かれた長いブレイドの先が枝先に金色の紐のように絡みついていた。 下で見ているクワイ=ガンに照れくさそうな笑みを返し、オビ=ワンは枝を傷つけない様慎重に絡んだブレイドをはずした。軽く息を付いて、自由になったブレイドを襟の合わせ目から衣の中に差し入れた。準備が整ったオビ=ワンの姿は、下に向かって再び桜の波に消えた。 「マスター」 オビ=ワンの姿が最初に登った大枝に現れた。 「降りられるか?」 「大丈夫です。少しさがっていだけますか」 クワイ=ガンが位置を変えると、オビ=ワンの身体はふわりと樹の根元に舞い下りてきた。 一部始終を見ていた人々から一斉に歓声があがった。 小さなケースに入ったメモリは確かに聞いた通りのものだった。クワイ=ガンは神官に無事済んだ事を告げ、礼をのべる。オビ=ワンは巫女に促され、社殿に着替えに向った。 「弟子殿の着ていた衣をここで焼くのですよ」 「ほお」 「穢れを浄めるのが本来の意味じゃが、今日はどうも、姫様をなぐさめねばなりますまい」 「というと?」 「姫様は美しい弟子殿を御気にいられたようじゃが、ジェダイではあきらめてもらわねばなりますまいな」 「先ほど起こった事が?」 「さよう、あなたも感じられましたか。好意を持ったから望んだ探し物を与えたのじゃが、別れを惜しんだのですよ」 「木花開邪姫がオビ=ワンを?」 「オビ=ワン殿は姿ばかりでなく美しい魂を持っておられますからな」 師弟を乗せた宇宙船はコルサントに向っていた。確認したメモリーの情報を元に、新たな任務が始まるかもしれない。が、今だけは任務を終えた安堵が二人を包んでいた。 先にシャワーブースから出てきたクワイ=ガンがリビングスペースにいた弟子に声をかけた。 「お前も汗を流したらそうだ」 笑顔で振り向いたオビ=ワンに、クワイ=ガンはふと眉を寄せた。 「花びらがついてる」 「え?」 クワイ=ガンは手を伸ばして弟子の襟元の肌から覘く白い一片をつまみあげた。 「全部着替えたのに、残ってたんですね」 「オビ=ワン、服を脱いで見ないか。今ここで」 「は?それはどうせシャワーを使うんですから」 互いの裸など珍しくないといえ、明るいリビングで肌を出すのにややためらいはあったが、オビ=ワンはさからわずにベルトを緩め、サッシュを解く。 チュニックを脱いで上半身をさらしながらオビ=ワンは自身の身体を眺めたが、花びらは見当たらない。 「他にないようですね」 その時、数枚の花びらがゆっくりと床におちていった。 「あれ?」 クワイ=ガンは無言でオビ=ワンの腕に手を掛け、後ろを向かせた。 「――少なくとも四ケ所」 「何がですか?」 「今まで花びらが付いていたんだろう。ごくかすかに跡がついている」 「跡って、自分ではわかりませんが」 「胸を見てみろ」 オビ=ワンは首を傾けて自身の胸を見下ろした。目を凝らとごくかすかに薄紅の跡。 「これって!?……」 「私が付けたのはとっくに消えているはずだ。首筋と胸、あと背中と腰。お前、よほど木花開邪姫に気に入られたらしいな」 クワイ=ガンは弟子の長いブレイドを手にとった。桜の女神も別れを惜しんで引きとめようしたオビ=ワンの金色の髪。 「まさか!」 「まあ、これ以上何もないと思うが。シャワーのあとベッドでよく確かめてみよう」 「マスター……」 ブレイドを弄ばれ、毛先に優しく口づけされて、オビ=ワンの頬が桜色に染まっていく。 「これぐらいの跡なら、そうだな、私が付け直せばいいか」 「!!……」 こんどは絶句するオビ=ワンに可笑しそうな笑顔をむけ、クワイ=ガンは弟子の背を押してシャワーブースにおしやった。 End ちょっと日本神話風の薄絹仕様のオビでした。ジェダイの服って似てると思いませんか。 |
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