Ladies & Gentlemen ― 噂の二人 ― 
 「用意はできたか?オビ=ワン」
タイを結び終え、鏡で己が姿をたしかめながらクワイ=ガンは隣室の弟子に声をかけた。
すると、扉を開けクワイ=ガンの背後にオビ=ワンが立った。それを鏡ごしに目にして師は振り返った。
「一応支度はできたんですが……」
任務の為に慣れぬ服装をしたせいか、弟子は自信なさそうに言う。
「これで大丈夫でしょうか?」
師弟は互いのフォーマルな黒のタキシード姿を見つめあった。

 借り物ながら、上背のあるクワイ=ガンの引き締った身体を黒の厚手の布地はぴったりと覆い、たくましい肩から続く絞まった胴と長い脚の線を強調していた。
黒一色の装束の胸元は純白のドレスシャツ。襟元には蝶結びのブラックタイ。
オビ=ワンは目を見張り、ついで顔を輝かせた。
「――とてもお似合いです、マスター。予想よりずっと。髪もやはり後ろでまとめてよかったですね」

 そうか、といいながらクワイ=ガンも弟子を見た。中背の引き締った身体にフォーマルスーツは良く合い、動くたびにしなやかな身体に添ったきれいなラインを形作る。ただ、表情は少し心もとなげだ。
「上々だ。私達はこんな場に慣れているという設定だからな」
クワイ=ガンは手を伸ばし、オビ=ワンのブラックタイのかたちを整え、弟子の湖水色の瞳を見つめながら、師らしくアドバイスする。

「もっと胸をはって自信ありそうにふるまうこと」
「イエス、マスター。ジェダイの服装ならどこだって平気なんですが」
オビ=ワンも上目遣いに師の深い青色の瞳を見返しながら、神妙に頷いた。
「やつらは今日の夜会で黒幕に接触するはずだ。ジェダイと知られてはまずい」


 二人はとある惑星で手配中の犯罪者をつきとめ、お歴々の集う夜会で彼が黒幕と接触するという情報を入手した。その現場をつきとめ逮捕できれば、犯罪者一味と黒幕の大物を同時に捕まえられる。

 広大な政府公邸は明々と灯がともり、着飾った紳士淑女がさざめきながら集い始めていた。二人はエントランスを通り大広間へと向かった。広間の入口は混んでいた。どうもセキュリティーによる最終チェックが行われているらしい。クワイ=ガンは用意したIDカードを示し、難なくチェックをパスして細めに開いている両開きの扉へ手をかけ、中に入った。後には同じくオビ=ワンが続く。

 師弟が薄暗い会場内へ足を踏み入れた瞬間、スポットライトが当たり二人の姿を照らし出した。
「レディス・エンド・ジェントルメン。本日のご来賓、メドック侯爵夫妻とその――」
高らかに告げられた紹介の元には、長身の堂々とした体躯と上品な物腰の壮年の男、と並んで中背の金褐色の短髪に端正な顔立ちの青年が困惑顔で立っていた。
ミスに気付いた司会者は途中で言葉を呑みこむ。クワイ=ガンの片眉が上がり、次の瞬間、スポットライトは消えた。

 再びスポットライトが照らされ、本物のメドック侯爵夫妻とおぼしき男女が姿を見せた。
そのときには、師弟は会場の中で人込みに紛れ、打ち合せ通り分かれて行動を開始していた。
首尾は上々――。高性能のマイクと隠しカメラで接触の様子をとらえ、共犯の何人かも目星を付けた。後は、つきとめた隠れ家で一味を逮捕し、黒幕の政府高官は動かぬ証拠を惑星政府へ提出すればいい。

 夜会がはじまって数時間たっていた。クワイ=ガンは目でオビ=ワンを探した。フォースを通じてすぐに気配を察した弟子が離れた場所から師を振り向いた。クワイ=ガンはテーブルからシャンペングラスをとりあげ、顔に近づけて芳しい香りを確かめる。そうして、ゆっくりとグラスを傾け、金色の液体を喉に流し込んだ。次いで弟子のいる方向へ顔を向け、静かにテーブルにグラスを戻す。退出の合図だった。

弟子が微かに肯いたのを見てクワイ=ガンは踵を返そうとした。
その時、声がかかった。

「――失礼ですが、ミスター、ミスター・ジンではございませんか?」
振り向くと、もう若くはないが上品な物腰の華やかな正装の女性。先ほどメドック侯爵夫妻と紹介された婦人が立っていた。
「ああ、やはりそうだわ。クワイ=ガン・ジン。何年ぶりかしら」
「――失礼ですが、レディ」
「無理もないわね。わたくしはルイーズ。フォンテンブロー家のはねっかえりの末娘」
「ルイーズ・ド・フォンテンブロー!これは失礼した。ずいぶん美しくご立派になられた」
クワイ=ガンは差し出された手をとって、うやうやしく口づけた。

 怪訝な顔のオビ=ワンが後ろに寄ってきたときには、二人は懐かしげに語り合っていた。クワイ=ガンは侯爵夫人にオビ=ワンを甥と紹介した。侯爵夫人は礼儀正しい青年を気にいったようで、近くにいた若い女性を呼び寄せた。
「わたくしの娘です。こちらはコルサントのミスター・クワイ=ガン・ジンと甥のオビ=ワン・ケノビ」
「クララ・ド・メドックでございます。ごきげんよう」
可憐な雰囲気の令嬢は、母親ゆずりの明るいブルーの瞳と鳶色の髪に水色のドレスが良く似合っていた。
「レディ・クララは今晩の主役のようですな」
侯爵夫人は吐息をひとつ漏らし、小声でクワイ=ガンに囁いた。
「主催の大使は侯爵の友人だけど、ふさわしい殿方を集めてくださったらしいの。頼みもしないのに」
「ほう、おめがねにかなった者はおりましたか?レディ・クララ」
若い娘はゆっくりと頭を振った後、ちらと傍らのオビ=ワンを見上げ、うつむいた。
静かに控えながら、師が事も無げに上流社会の婦人と言葉をかわすのを見ていた青年は、ふいに令嬢の視線を感じて、我しらずどぎまぎした様子を見せた。
「あなた方はいつまでこちらに?お茶会にきていただけるとうれしいのですけれど」
クワイ=ガンは侯爵夫人の誘いをやんわりと断った。
「まことに残念ながら、仕事が終わればすぐ出立せねばなりません」


 いとまを告げ、二人は出口に向かっていた。
「――いつ知り合ったんですか?」
「20年も前に護衛にあたった一家の娘だ」
「彼女はあなたの正体を知っているんですか?」
「警備中はあかさなかった。おそらく――」
その時、甲高い悲鳴があがった。

 足を止め振り向くと、黒づくめの男が銃を構えていた。近くの窓から侵入したらしかった。顔を半ば隠した大男に囚われもう一人に銃を突きつけられているのは、まぎれもなく侯爵令嬢クララだった。
 賊は4人、大男とボスらしい男、他にブラスターを構えた者が二人。天井に向け威嚇弾を撃った。後ずさった取り巻きから再び悲鳴があがる。

 蒼白になった侯爵が進み出、気丈に賊に言う。
「娘を放していただきたい。望みはなんだね?」
「金貨ばかりで1億クレジット、30分以内にエアスピーダーに積んで用意しろ!」
「30分!金貨ばかりでは難しい――」
「やかましい!」

 師弟は気配を殺し、忍びよっていた。
「慣れた手口には見えんな。情報はあったか?」
「いえ、無謀としか。どうもプロではないようですね」
「4人か。ライトセーバーを使わんでもいいだろう」
「イエス、マスター。では、別の方向から――」

 壁と窓を背にした犯人達の死角になる位置を移動しながら、師弟は別々に近づいた。
侯爵は必至の面持ちで犯人と交渉を続けていた。
「……せめて1時間」
「よし、必ず用意しろ。それまでに――」
その時、ポン、ポンッという音と共にテーブルにあった何本かのシャンペンが勢いよく天井に噴きだした。

 一瞬、犯人の視線が吸い寄せられる。その隙を狙って、令嬢はかがみ込みざま大男のみぞおちに強烈な肘鉄を食らわした。ほぼ同時に左右から二人の男が飛びかかった。長身の男は人質の娘を素早く前にかばい、大男の腕を引きざま前に背負い投げた。青年は飛び込むやブラスターを構えていた男の腕をひねってなんなく銃を取り上げ、胸元に拳をたたきこむ。そのまま前に進んで身をかがめ、ボスと思われる男があわてて振り向いた瞬間、顔面に足蹴りをくらわせていた。

 残った一人が顔を引きつらせ、突如涌いて出た青年を見つめる。オビ=ワンはにっこりと笑顔を浮かべ、奪い取ったブラスターの台尻を相手の頭に振り下ろした。

 その時にはクワイ=ガンはルイーズを抱え、目の前の出来事に茫然としている侯爵夫妻の手に愛娘を引き渡していた。
「ルイーズ、ルイーズ!怪我は」
「大丈夫よ。お父様、お母様」
侯爵夫人が令嬢を抱きしめながら、長身の男を見上げた。
「何とお礼を言っていいか。マスター・クワイ=ガン」
「お気持ちだけで充分です。では失礼」
マスターという言葉をきいた瞬間、クワイ=ガンは片手を振った。

 次の瞬間天井の照明が消え、部屋は一瞬にして闇に包まれた。再びあちこちから悲鳴があがる。数分後、明るくなった部屋には気を失い拘束された賊達の姿。あっという間に素手で犯人を捕え令嬢を救出した二人の男の姿はなく、建物内をくまなくさがしても、駐車場係りに聞いても何の消息も得られなかった。


 数時間後、うっすらと白み始めた宇宙港にその二人は姿を現した。
手続きを済ませ、小型の宇宙船に乗り込む。すぐさま、出発の準備にとりかかった。
求めに応じて管制官はすぐに出発許可を出した。

「コルサント行きの飛行航路、問題無し。先の一機が飛び立ったら、時間をセットして3分後に出発してください」
「了解しました」
ところで、と眠いのかあくびをかみ殺しながら、管制官は言う。
「たった今はいってきたんだが、尋ね人の連絡がきている」
「犯罪者ですか」
「その反対、犯罪者を捕まえた二人組みにお礼の賞金を渡したいそうだ」
「――残念ながら」
オビ=ワンはカウントダウンの数字を見ている。
「仕事が忙しくて、他に手が回りませんでした」
「何でもおえらいさんの命を救ったのに黙っていなくなったので、大騒ぎで捜してるとか。この賞金額を知ったら名乗り出そうなもんだな」
「そうですね」
カウントが0を示す。
「発射!」
師弟を乗せた宇宙船は惑星を後にした。


「安定操行に入りました。食事にします、それとも一眠りしますか、マスター?」
操縦席を離れながら、そうだな、とクワイ=ガンが眠そうな声で返す。

――あの後、重いがけない事に巻き込まれたジェダイの師弟は、本来の任務を果たすべく間をおかず行動に移った。目的の犯罪者一味の隠れ家にいき、些かの小競り合いの末、全員を逮捕した。コルサントまでの護送は惑星警察に依頼し、黒幕は証拠を提出してこの惑星の裁判に委ねることにした。今回の任務は終了した。
 通常なら、急ぎの任務がなければ少し身体を休めてもいいのだが、そうもしていられなかった。

「報告は起きてからでかまわん。どうせ雑魚寝だお前もいっしょに寝よう」
「イエス、マスター。その前にお茶を一杯いかがですか」
クワイ=ガンが頷くのをみて、オビ=ワンはキッチンスペースへ向かい、ほどなくしてカップを手に戻ってきた。

「侯爵夫人は以前マスターがジェダイだと知っていたんですか?」
「多分な。あのときは隠していたが、後でわかったのはないかと思う」
「クララはなかなか度胸がありましたね」
「あの母親の娘だ。夫人は娘のころ、強い男意外とは結婚しないと決めていたからな」
「案外、侯爵もなかなか凄腕かもしれませんね。それとも令嬢みずから鍛錬していたんでしょうか」
どっちにしろ、とクワイ=ガンが茶をあじわいながら言う。
「侯爵夫妻の婿さがしに付き合うわけにもいかん。へたするとお前がスカウトされかねんぞ」
「まさか」

 可笑しそうに微笑んでいたオビ=ワンがあ、と声を出した。
「どうした?」
「返すのを忘れました!レンタルしたフォーマルスーツ一式」
「どこに置いた?」
「他の荷物といっしょに積み込んでしまいました。借りる際保証金を払ったので問題はないはずです」
クワイ=ガンは立ち上がった。
「返す暇がなかったから仕方がない」
オビ=ワンも船室へ向かう師の後ろに続く。
「――この先、着る機会があるでしょうか?」
「わからん。が、けっこう似合っていたぞ」
「マスターこそ、見違えました。別人かと思った」

 ベッドに腰を下ろし、クワイ=ガンはブーツを脱ぎだした。
「きゅうくつな服はごめんだが、あの靴ははき易かった」
「そうですか」
「ブーツよりは脱ぎやすくはき易い」
「そうですね」

 オビ=ワンは師のブーツをそろえて脇に置き、自分も長いブーツを脱いだ。
ライトセーバーをベッドサイドに置き、チュニックのまま師の隣りに身を横たえた。
クワイ=ガンが伸ばした腕に弟子が頭を寄せると、空いた手でクワイ=ガンは弟子の長いブレイドをもてあそぶ。

「お前がフォーマルスーツが似合う年頃になるとはな」
「あなたの弟子も大人になりましたよ」
「……にも着られそうだな」
「え?」
いや、とクワイ=ガンはオビ=ワンの額に軽く口づけた。
「私は脱がせるほうが好きだが」
「マスターっ」
「起きたらの話しだ」
クワイ=ガンは目を細めて口元を緩め、カバーを引き上げ二人を覆った。
「二人でシャワーを浴びよう」
「……イエス、マスター」
オビ=ワンが大きな胸に頬を寄せながら囁く。
クワイ=ガンは既に瞼を閉じ、いかにも気持ち良さそうに眠りについていた。



END

 映画で拝見した実際のお二方のフォーマル姿は見事に決っていました。ジェダイ師弟となるとさて――。とりあえず、マスターは後ろで結ぶヘアにしてもらおう。オビ、胸を張って、姿勢が大事よ。
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