An Anniversary  
 タトゥイーン暮らしも数年がたったある日、クワイ=ガンはオビ=ワンの誕生日に贈りものをしようと言い出した。
「贈りものを、くださるんですか?」
「霊体の私が物を贈ることはできんが、かわりにある場所へ連れて行こう」
「どちらへ?」
「それは、着いてからのお楽しみだ」
クワイ=ガンは軽く片目をつぶってみせた。


「さて、目を開けていいぞ」
タトゥイーンでの修業の結果、オビ=ワンは一時的に生きている身体からフォースの霊体となって抜け出せるようになっていた。それ以降、クワイ=ガンとともに惑星ダコバのヨーダをたずねたり、他の惑星へもいったりしていた。

 二人の霊体は宇宙空間を移動するわけだが、地面に付いたときの足元の感覚はわかる。
オビ=ワンはなめらかな床の感触を感じてゆっくりと目を開いた。

「――!」
目に入ったのは、かつて見慣れた景色。銀河の中心、惑星コルサントに高くそびえるジェダイ聖堂、その最高決議機関である評議会室だった。

 テンプル最上階の円形の評議会室は、広くとられた窓からコルサントのシティが一望できた。
暮れかかる街に煌めく灯がともり、幾多の乗物が摩天楼をバックにすべるように流れていく。
パダワンになって間もなく、オビ=ワンが師のクワイ=ガンに連れられて初めてこの部屋を訪れたときから長い時を経たはずなのに、窓から見る光景は何ら変わらない様にみえる。

 すでに共和国は消滅し、ジェダイはほとんど死に絶え、かろうじて聖堂の建物が残されただけだというのに――。

 わずかに息を弾ませ、湖水色の瞳を見開いてあたりを見回すオビ=ワンにクワイ=ガンが声を掛けた。
「――よろこんでくれるといいが」
「もちろんです。ありがとうございます、マスター。とても懐かしい」
我にかえり、笑顔で礼をいったオビ=ワンはゆっくりと室内を歩き出した。


「最期のままです。ここがマスター・ヨーダの席、そこがマスター・ウィンドゥ。マスター・ムンディ――」
「お前の席は?」
これです、とオビ=ワンはかつての自分の椅子に近づき、実体のない霊体ながらそっと椅子の背をなぞった。
「そしてここがアナキン……」
ナイトに昇格し、大戦の功績で評議会メンバーになりながら、ダークサイドに墜ちてジェダイを滅ぼした男。抜きん出た力と恐ろしいほどのフォースにめぐまれたかつての愛弟子。

が、オビ=ワンの表情に翳りが宿ったのは一瞬で、再びクワイ=ガンを見上げて嬉しそうな笑顔を向けた。


「パダワンの頃はあなたと共に、こう、真ん中あたりに立って、評議会と云い合いになることが多かったような」
「そうだな」
クワイ=ガンが苦笑いする。
「しょっちゅう呼び出されるなんて私達ぐらいだと友人に聞いたときは驚きました」
オビ=ワンはくすりと笑った。
「おまけに、ヨーダに言い返せるマスターなんてあなたぐらいでした」
「迷惑をかけたな」
「とんでもない。おかげで自分がマスターになってからずいぶん役立ちましたよ」


「そうじゃ、おぬし達には長年悩まされたからの。師弟そろって頑固者じゃった」
ジェダイの最長老にして最強の戦士。ジェダイ狩りを逃れて惑星ダコバでクワイ=ガンに師事し、オビ=ワン同様生きながら霊体となる術を習得したヨーダの青く透ける霊体が立っていた。

「マスター・ヨーダ!お久しぶりです」
「ダコバからはちと長旅じゃが、他ならぬお前達のためじゃからの」
「ご足労かけます」
「いやいや。オビ=ワンには話したかの」
いえ、とクワイ=ガンは楽しそうな表情を浮かべた。
「驚かせようと思いまして」

緑色の小柄なヨーダは大きな目を細め笑う。
「お前は昔からオビ=ワンに甘かったの」
「――いささか心外ですな。厳しく育てたつもりですが」
よいよい、とヨーダを杖をふった。
「お前達のことはわかっておる。では始めようかの」
ヨーダはかつての自分の席に着いた。

クワイ=ガンはその傍らに立ち、オビ=ワンを手招きした。
二人はヨーダの椅子の背後に並び立つような位置になった。
オビ=ワンはクワイ=ガンを見上げて問う。
「――あの、私を驚かせるとは一体?」
クワイ=ガンは無言で笑みを返した。
「フォースを集中させよ」
ヨーダが一点を射し、声を発した。
オビ=ワンもクワイ=ガンと共に部屋の中央を向き、ヨーダに従った。
 

 久方ぶりに広い空間にフォースが満ちる。目には見えない、力強く豊かな力がさざ波のように走り、やがて水の流れのように空気を染める。
すると、目の前に淡い光が立ち昇り、次第に人型を描き、3人同様青く透ける姿で見覚えある人物が現れた。
「マスター・ウィンドゥ!」
「メイスじゃ」

評議員にして屈強の戦士、褐色の肌の精悍な男は、だが、生前はめったに見られない、長い眠りから覚めた直後のような、いささかとまどった表情をして立ち尽くしていた。
「――久しいな」
クワイ=ガンの低い声はメイスに届いたようだった。3人を認めて懐かしそうな表情になり、大きな目がなごみ口元がほころぶ。
そのまま、無言でこちらを見ている。

「話は出来ないのでしょうか?」
思わず振向いて聞いたオビ=ワンにヨーダが肯く。
視線を戻したオビ=ワンはメイスの隣りに小柄な姿が現れたことに気付いた。

「マスター・ビラバ!」
評議員でメイスの元弟子であった女性は、やはりとまどった瞳で見渡し、回りに気付くとかつてのような物憂げな表情で静かに微笑んだ。

次いで背の高い、キー・アディ・ムンディ。クワイ=ガンの盟友だった、プロ・クーン。イース・コス。ヤレアル・プーフ――。
アディ・ガリアが華やかな笑みを浮かべ、元弟子のシーリーと現れた。シーリーはオビ=ワンが最期に見たマスターではなく、本当に懐かしいパダワン時の姿をしていた。シーリーはからかうような笑顔でオビ=ワンに手を振った。

共にパイロットスーツ姿で現れたクリー・ラーラと元弟子のガレンはオビ=ワンの親友だった。ガレンは黒髪をなびかせうれしそうに笑っている。
 
ジェダイ達は次々に現れ、いっときオビ=ワンの強く記憶に残っている生前の姿を見せ、やがていつの間にか影が薄くなり、消えていった。

ルミナーラとバリス師弟。シャク・ティ、アイラ・セキュラ、キット・フィストー、そしてカラマリアンの女性ジェダイ、バント・エーリン。バントはオビ=ワンの幼馴染で親友だった。前の師を亡くした後、キットの弟子となった。

バントはオビ=ワンを見、銀色の瞳を輝かせにっこりと微笑みかけた。
オビ=ワンも笑みを返し、思わず身を乗り出しそうになる。

その時、バントの背後に背の高いすらりとした女性が現れた。糖蜜色の肌に緑と金色の瞳、視力を失う前の自信に溢れた美しいタールの姿。バントの師であり、クワイ=ガンが愛を誓った直後にフォースと一体となったジェダイ。
「タール……」
クワイ=ガンから呟きが漏れる。

タールとバントの元師弟は懐かしそうに互いを見返し、正面を向いた。ヨーダを、そしてクワイ=ガンとオビ=ワンに向かってとてもやさしい笑みをうかべた。二人は姿が消える前に口を開き、何事か言ったような気がした。
名を呼んでくれた――、オビ=ワンはそんな気がした。


 姿が消えても、評議会室には色濃く彼等のフォースが漂っている。それは、フォースと一体になったジェダイ達が強い呼びかけにより一時的に生前の姿を現した後、再びフォースに溶け込んで周りをとりまいているのだった。

しばらくたたずんでいたオビ=ワンは、懐かしい人々の余韻を楽しむかのようにゆっくりと辺りを見回した。そうして感謝に溢れた眼差しでクワイ=ガンを振り返った。
「こういうことだったんですね」
「ヨーダに話したら可能かもしれんと言われてな」
「ありがとうございます。マスター・ヨーダ」
「なんの、わしも懐かしかった」
ヨーダは椅子を下り、室内を歩いた。

「場所には記憶が残っておる。フォースの強いジェダイの記憶を辿って呼び返すにはここが最高の場所じゃ」
「場所の記憶……」
「お前の記憶にある一番望んだ姿で現れただろう」
クワイ=ガンの言葉にオビ=ワンは肯いた。



 ヨーダと別れ、二人は霊体の姿でタトゥイーンへ戻って来た。砂漠は夜だった。おそらくルークのいる農場とオビ=ワンの住いの半ばあたりだろう。あたりに動く影はない。

「何と礼をいっていいかわかりません」
「それは良かった」
「皆に逢えるなんて、バントもガレンもシーリーも昔のまま。それに……」
一瞬オビ=ワンは言葉を切り、視線が遠くを見る。がすぐに瞳を上げ、長身のクワイ=ガンを見上げからかうように言った。

「タールも怪我する前の美しい姿でしたし、フォースとなってから彼女に逢わなかったんですか?」
「逢わなかった」
「本当ですか、何故?」
「私自身がこうなるまで時間がかかったし、ずっと以前フォースに還った者を呼ぶのは3人がかりでもなければ無理だ」
「――では、良かったですね」
「ああ」

オビ=ワン、とクワイ=ガンは身を屈めて囁いた。
「少しつきあってくれないか」
「え?」
「こっちだ」


 クワイ=ガンが向かったのは街のはずれだった。盛り場をすぎた辺りに貧しい住民の簡素な集合住宅が並んでいる。小さな窓からところどころ灯りが漏れる。時おり人が通るが、無論二人の姿は見えない。クワイ=ガンはある入口の前で立ち止った。

「誰の家ですか?」
「今は空家だ」
クワイ=ガンの後を追って中に入ると、確かにそこに人の気配はなく、倉庫のようだった。
霊体の二人にとって、闇でも困ることはない。

「オビ=ワン、フォースを」
クワイ=ガンに手を取られ、オビ=ワンは言われるまま、フォースを呼び起こした。
がらんとした室内に音もなくフォースが立ち昇る。

すると、部屋の一角に薄明かりのように白くぼうっとした影が現れた。人の姿にしては小さいその影は序々に輪郭を現す。
「アナ、キン……」
「もっと集中して呼ぶんだ」

遠い昔、この地に降り立って始めて会った当時のアナキンが姿を見せた。
子供にしては不敵な、好奇心に溢れた青い瞳、人なつこい笑み、金色の髪。
アナキンの青い影は不思議そうな瞳で二人を見、そうして口を開けて笑った。

「アニー!」
オビ=ワンは思わず身を乗り出し。手を差し伸べた。
が、その手は少年の腕をすり抜けていった。少し驚いた様子のアナキンはオビ=ワンを見て再び笑いかけ、笑顔のまま影が薄れていき、かき消すように闇に戻っていった。

「クワイ=ガン、これは?」
「場所の記憶だ」
「ああ……」
「テンプルでは場所の記憶を元にフォースの中から呼び起こした。だが、ここで見るアナキンは記憶をいわばフォースで再生した姿だ」
「――本物のアナキンはまだ生きていましたね、皇帝の側で」
「お前が一番会いたかったのはアナキンだろう。だが、テンプルで呼び出すことは不可能だ」

オビ=ワンはクワイ=ガンの意を悟った。
アナキンは他のジェダイと違って死んだわけではない。仮にテンプル内の場所の記憶から残像を作れても、何よりダークサイドに墜ちた彼が殺したジェダイと共に出現させるなど、出来るわけがない。

「……」
オビ=ワンはクワイ=ガンに背を向け、手で口を覆った。
「オビ=ワン?」
「――あの子を呼び出すために、わざわざ……」
とぎれとぎれにオビ=ワンは言葉をしぼりだす。
「あなたは、私をここに――」
声が途切れた肩にクワイ=ガンはそっと手を乗せる。
震えるオビ=ワンの背に腕を回し、クワイ=ガンは静かにフォースで包みこんだ。

「恥ずかしい姿を見せてしまいました」
漸く顔をあげたオビ=ワンは、向きを変え照れくさそうな笑顔を向けた。
その湖水色の瞳にうっすらと涙が滲んでいる。
「余計なことだったか」
オビ=ワンは頭を振った。
「とんでもない、最高のプレゼントです」
「それならいいが」
オビ=ワンは小さく鼻をすすった。
「わたしも歳かな。うれしいのにこんな……」
「オビ=ワン」
上向かせた面差しに頬を寄せ、クワイ=ガンはそっとオビ=ワンの涙を吸い取った。



 二人が住まいに戻った頃はうっすらと夜が白み始めていた。
「ずいぶん、長旅だったような気がします」
「かなり疲れただろう。今日は休んだほうがいい」
「はい」
肯くと共にオビ=ワンの霊体の姿は消え、寝台に横たわっていた身体が静かに呼吸をはじめ、瞳を開いた。

「ではお休み」
「お休みなさい、マスター。充分礼を言ってないような気がしますが、この次ぎに」
ふむ、とクワイ=ガンは顎を擦った。
「私もいささか疲れたかもしれん。ここで一休みしていくか」
クワイ=ガンの青い影は寝台のオビ=ワンに被さるように近づく。
「私は場所もとらないし、重さもないはずだぞ」

変わらない深青の瞳が、触れそうなほど近づく――オビ=ワンは、思わず目を瞬かせ、息をのんだ。が、今は触れることのできないクワイ=ガンの霊体はすぐに顔を上げ、愉快そうに見下ろしている。
オビ=ワンは息を吐き出した。

「マスター……」
上目遣いでクワイ=ガンを見上げる。
「――私が先に目が覚めて、又身体から抜け出したら何をしたいかわかります?」
「キスしてくれるのか」
「いいえ」
オビ=ワンに余裕が戻り、瞳が悪戯っぽく輝く。

「あなたをベッドから追い出そうかと」
一瞬虚を突かれたクワイ=ガンだが、すかさず言い返す。
「いくつになっても手におえないやつだ」
「あなたの弟子ですから、マスター」
オビ=ワンも昔と変わらない湖水色の瞳で応えた。



End

タトゥイーンでオビ=ワンの誕生日が何故わかるかって?多分、ジェダイの七つ道具(?)銀河標準時間がわかる時計とか持ってるんですよ(笑)
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