Rose Garden | |
「ただ今、マスター。遅くなってすみませんっ。とっ、――これは何ですか?」 「バラの花束だ」 「――見ればわかりますっ!どうして、ここにこんな物があるんですか」 「おそらく、お前の想像通りだ」 「マスター・ドゥークーからマスターへの贈物ですね。あの方は今テンプルにいないはずじゃ」 「ああ、多分花屋にいって最高のものを届けさせたのだろう」 師弟は顔を見合わせて、いくらかの諦めと少しばかりの安堵がまじった溜め息をついた。 「マスターの歳と同じ数のバラ。なんとも華やかですね。真紅というより濃い朱色ですか」 それは大輪の見事な花束で、濃い朱色の端正な花弁が間もなく開こうとするところだった。 「スーパースターという種類だそうだ。カードに書いてあった」 椅子に腰掛けたクワイ=ガンは一枚のカードを無造作にオビ=ワンに差し出した。 「私の可愛い元弟子へ。誕生日おめでとう」 「――声に出して読まなくていい」 「……バラが開ききったら、捨ててもいいが、バスタブに浮かべても、さらに香り高く、リラックスできる、とありますね」 「マスター・ドゥークーは偶にそんなことをしていたようだな」 「やってみます?」 「一度試せばたくさんだ。お前もものは試しだ、してみるか?」 「遠慮しときます……」 「ところで、お前のその荷物はなんだ?」 「えっ、あ、すみません。ディナーの材料です。すぐ用意します」 オビ=ワンは椅子に置かれた包みを取り上げ、あわててキッチンに消えた。 ほどなくして二人は、弟子の心づくしの料理でささやかに師の生まれた日を祝った。 数日後、師弟は任務でとある惑星に出発した。惑星の統治者を決める選挙の監視がジェダイの任務だった。が、長年王族が支配してきたため、有力な候補者はほとんど王族で、投票者も代議員に限られていた。一見合法的に見えても、いわば王族の権力争いで、裏ではすさまじいかけひきや運動がなされていた。 師弟が到着したとたん、どの候補者陣営もジェダイに好印象を与えようと、さかんにはたらきかけてきたが、クワイ=ガンは、無論どことも必要以上の接触をもたない立場を明らかにした。表向きは収まったが、こんどは、中立のジェダイから情報を引き出そうとする動きにとって代わる事となった。 「こう毎日、よくあきずに盗聴器を付け替えるものですね」 外出から戻ってすぐさま、滞在している部屋の盗聴器や隠しカメラのチェックをするのが、オビ=ワンの日課になっていた。見つけたら撤去するのではなく、さりげなくカメラの向きを変えて役立たないようにし、マイクは音を拾えないように調整した。 行き届いたサービスを誇る格式あるホテルでこの事態は信じられないことだが、それだけ大きな権力の息がかかっていることになる。クワイ=ガンは事を荒立てないというより、ある意味任務の為、黙認することにした。 「さすがに、バスルームのカメラだけははずしました。何であそこにカメラを付ける必要があるんでしょうか」 妙齢の女性ならともかくと、ぶつぶつ呟きながらカメラを回収してきた弟子をからかうように、クワイ=ガンが言う。 「人の好みはさまざまだし、若いジェダイの身体は見る価値があるかもしれんぞ」 「私の裸を見たって、おもしろくもなんともありませんよ」 オビ=ワンは師を皮肉っぽく見返した。 「この調子では、この部屋の行動や会話も、細心の注意をはらわなければなりませんね」 ふむ、と顎に手をあて思案したクワイ=ガンが弟子に告げた。 「では、外ですることにしよう」 師弟が滞在しているホテルは元王家の別荘で、手入れのゆきとどいたバラ園があった。昔、子供ができずに離婚された王妃が、無聊を慰めるためにさまざまなバラを植えたのが始まりだった。師弟は広大な庭を散策する風を装って任務上の話をすることにした。 「今は見頃の季節らしい。ちょうどいい頃合だな」 「見事なものですね。こんなにいろんな種類があるんですか!」 師と夕暮れのバラ園にたたずんだオビ=ワンは思わず感嘆の声を上げた。 広い園内に所々東屋が設けられ、中ほどに背の高いバラに囲まれるように噴水があった。それらをつなぐ小道には多種多様なバラが植えられており、小ぶりの花を星のようにちりばめたつるバラがアーチに枝をはわせていた。 ビロードのような真紅の花びら、目を引く鮮やかな朱色、淡いピンクから濃いピンク、黄色、アプリコット、純白、ラベンダー。――。とりどりの花が妍を競うように咲き誇る。 「念のためチェックしましたが、東屋にカメラがありました。多分園内のセキュリティ用でしょう。他は見当たりません。もっとも、この広さでは盗聴器など仕掛けようもないですね」 オビ=ワンはバラの香りがただよう静かな園内に目をやり、呟いた。 「重要な情報もここなら大丈夫です。バラ園で無粋は話は似つかわしくないですが」 「ところがそうでもないんだ。パダワン」 「え?」 「バラの下で、というのは"秘密"という意味がある。恋人達の密会か、陰謀の密談などしたかもしれんぞ」 その日から、夕暮れの園内を二人が散歩するのが日課のようになった。 上背のある熟練のジェダイナイトがゆっくりとした足取りで園内を歩む姿は、一見散策をたのしんでいるように見える。そして、ときどき立ちどまっては、いかにも感に堪えぬというふうに花に手を触れたり、香りを確かめたりする。その少し後には常に弟子が付きしたがっていた。 「――の陣営の事務所に、本日大規模の資金カンパがありました。表向きは市民団体ですが、どうも対立候補の関係者が裏にいそうです」 「一定金額までは許されるが、それ以上になったら違反だ。きちんと届けを出したのか」 「そう指導します。係りはあとにしようと思っているようですが」 「後で批判する口実を作っておく手口だな」 弟子に指示した後、クワイ=ガンはさりげなくゆく手の花々に視線を巡らした。 「ああ、こちら側はオールドローズの区画だな。噴水の周辺はモダンローズが植えられていたが」 「オールドとモダンってどこが違うんですか?」 「150年ほど前からからさかんに品種改良がされ、高芯剣弁先・花の中央が高く花びら型が鋭角の、ハイブリッド・ティーという姿の整った品種が生まれた。これ以降の品種をモダンローズ、以前をオールドローズと区分している」 「マスターが受け取ったあの見事なバラもモダンローズですか?」 クワイ=ガンはわずかに苦笑を浮かべ、肯いた。 「切り花用に整った姿が好まれるモダンローズより、オールドローズはむしろ庭に植えるのに向く。素朴で可憐。花びらが多い八重咲き、つるバラなど花数の多いもの――」 クワイ=ガンは小ぶりの、淡いピンクがかった白い花を手に取った。 「そして香り高いものが多い。粉粧楼(ふんしょうろう)、エキゾチックな香りのチャイナローズだ」 オビ=ワンも好奇心にかられ、師にならって、香りをかいでみる。 とりどりのバラには名前を記したプレートが添えられていた。 「コーネリア、マダム・アルディー、スウィート・ジュリエット、エヴリン、マダム・ジョセフ、ラ・レーヌ・ヴィクトリア」 「女性の名前が多いですね」 「バラの名前にはマダムやミセスと言うものが多い。成熟した女性にふさわしい」 クワイ=ガンは僅かに口元をあげ、低い声で続けた。 「もっとも、美しいバラは鋭い棘を持っている。私の弟子の鋭い舌もなかなかのものだが」 「マスター?」 俯き加減で、大きなローブに隠すようにデータパッドを見ていたオビ=ワンの眉があがる。 師はそ知らぬ顔で悠然と前に進む。 「これが、ブルームーン」 オビ=ワンは顔を上げ、師が示した不思議な名前の端正なモダンローズに目をやった。 「ブルーといっても、実際は薄紫にちかいですね」 「バラはもともと青の色素がない。多くの愛好家にとっては青いバラを生み出すのは夢らしい。今青バラといわれるものはほとんどがラベンダー色だ」 「そういえば、バイオテクノロジーの研究所で青いバラを研究しているという話を聞いたことがあります。まだ成功しないようですが」 「青いバラには"不可能"という意味がある」 なるほど、と肯いたオビ=ワンは続いて尋ねた。 「バラは観賞用や贈物にはいいでしょうが、他に何か使えます?」 「そうだな、香水のエッセンス、香油、ポプリ、酒、茶、ジャムもあったかな」 「あまり、腹の足しにはなりそうもないですね。マスター、そろそろ戻りませんか。お茶でもいれましょう」 「腹がへったのか?」 それもありますが、とオビ=ワンは師の胸元に近づいて小声で言う。 「マスターがバラのうんちくを傾けてくださってる間、各陣営の今までの動きをチェックをしていたんですが、済みました」 「どうだった?」 「さすがに、私達も含めて監視が強くて、どの候補者もすれすれまでいっても、明確な妨害はあきらめました」 クワイ=ガンは弟子がローブの中から差し出したデータパッドの画面に目をやった。 「結構だ。さて戻るか。部屋に戻ったら夜食を頼もう、パダワン」 「ほんとですか」 オビ=ワンは目を輝かせてクワイ=ガンの後に続いた。 数日後、投票はとどこおりなく行われ、新たな統治者が誕生した。その後、いくつかの選挙違反が摘発されたが、大勢に影響はなかった。 惑星を去る前日、師弟は庭園にいた。連日の散歩で顔見知りになった庭師に挨拶するためだった。 「いつもはこの時間にいるんですが。昼見かけたから休みではないはずです」 「他の仕事をしてるかも知れない。少し待ってみよう」 「彼らはよほどジェダイがバラ好きだと思ったようですね。実際マスターはどういうわけか、よくご存知ですから」 クワイ=ガンの片眉が上がる。 「いえ、その私が思うにマスター・ドゥークーの薫陶のおかげかと」 オビ=ワンがあわてて言い添える。 「あの方はたいへん趣味がよくて、知識が豊富とおうかがいしました」 「パダワン」 クワイ=ガンはオビ=ワンを振り向いた。 「確かにあの人の影響はだいぶ受けている、なんと言っても私のマスターだからな」 だが、とクワイ=ガンは続ける。 「私はお前にバラを送るつもりはない」 オビ=ワンは悪戯っぽい目でクワイ=ガンを見上げた。 「そうですか?」 「バラの下でという意味を覚えているか?」 「ええ」 ふいに、クワイ=ガンは腕を伸ばしてオビ=ワンにすばやく口付けた。 「マスターっ!いつ人がくるか」 オビ=ワンはあわてて、師の腕を振りほどいた。 「――こんなことは、あの方の教えではないでしょう」 ああ、と師は人差し指を伸ばし、弟子が思わず開いたままの口元にあてにやりと笑う。 「お前のへらず口を塞ぐために、私が考え出した方法だ」 オビ=ワンは抗議の声を上げようとして息を吸い込んだが、再び軽く押し当てられた師の指にさえぎられた。 「バラにとげがあるように、文句を言う生身のお前を愛しているし、それに、時にはバラより芳しくて甘い」 心持ち頬を上気させ、湖水色の瞳で見返す青年と目を合わせながら、クワイ=ガンの指は薄く開かれた花びらのような唇をごくゆっくりとなぞる。 「酔わせてくれるか?」 オビ=ワンがほころぶような笑顔で応えようとしたその時、庭の向こう側で師弟の姿を認めた庭師の呼び声がした。 近づいて来た庭師は、名残惜しそうに言葉を交わし、最後に二人に贈物をしたので受け取って欲しい、中に入ればわかるといって軽くウィンクし、握手をして去っていた。 「バラの花束でもくださったんでしょうか」 「そうだな」 部屋に戻った二人は室内を見わたしたが、先ほどと変わりは無かった。オビ=ワンはいつもの様に洗面所やバスルームを見に行ったが変化はなかった。その時ノックがし、オビ=ワンが出ると客室係が立っていた。 係が去った後、扉を閉めて師の側に寄ってきた弟子は、何ともいえない表情を浮かべている。 「どうした?」 「――庭師が、バスタブに入れるようにバラの花びらを集めてくれたんです。それも支配人がわざわざ貴賓室の広いバスルームを使えるよう計らってくれ、用意が出来たと知らせてくれました。場所は、あちらです」 「!……」 「どうします?マスター」 「――せっかくの贈物だ。又とない豪華で贅沢な経験になりそうだな。パダワン」 イエス、マスターと小さく答えた弟子は、部屋を出ようとする師に言う。 「もしも、とは思いますが、そのバスルームも事前にカメラや盗聴器をチェックしますね」 ああ、と振り向いたクワイ=ガンは、オビ=ワンのブレイドを持ち上げ軽く引きながら囁いた。 「では、バラ風呂に入るお前の姿は、私の記憶の中でだけしっかり留めておくとしよう」 「マスター……」 オビ=ワンの頬はうっすらとバラ色に染まっていった。 End バラ園好きで、けっこうあちこち行きました。マスターでもオビでも、バラを抱えて現われて、はい、どうぞってプレゼントしてくれたらもう…… |
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