The First Snow | ― 初 雪 ― |
オビ=ワンは不思議な静けさの中で目を覚ました。何か、慣れない妙な感じだった。早朝の生き物の気配や自然の物音がしない。隣りのベッドでは、クワイ=ガンが身体を横向きにして寝ている姿が見えた。寝顔は穏やかだった。 オビ=ワンは愛しそうな眼差しを師に注ぐと、音を立てないように寝床を抜け出し、窓辺に寄った。たっぷり襞が寄った古風な二重のカーテンを開けたオビ=ワンは、思わず息を呑んだ。 あたり一面、純白の世界が広がっていた。昨日までの緑の木々や赤茶けた地面はことごとく白一色だった。建物も、そして少しどんよりした空さえも白だった。 夜の間に雪が降ったんだ この惑星にはもう任務で一月余り滞在している。 これまで雪を見なかったから、これは初雪だ 顔をめぐらして辺り見ると、屋根に積もった雪の厚さは大したことは無かった。せいぜい10cmぐらいか。深くは無い。 まあ、普通に歩けるな。 泊まったホテルの中庭はまだ何の跡もないまっさらな雪原だった。 あの上を歩いて足跡を付けてみようか。ここは2階だから、窓からでもいけそうだ――。 オビ=ワンは目を輝かせ、しばし空想にふけった。 「面白いものでも見えるのか?」 起き抜けの、幾分眠気を含んだクワイ=ガンの声がした。 「えっ、あっ、マスター。雪です。初雪ですよ!」 「ああ、夕べ予報でも言っていたな」 「そうでしたっけ。でも朝になったら一面真っ白ですよ」 「いまさら雪が珍しいわけでもなかろう」 そうですけど、とオビ=ワンが少し興奮しすぎかなと決り悪げに振り返った。 「昨日までの景色が雪ですっかり変わるのを見たのは、多分、初めてですので」 「寝巻きのままでいつまでも外を見ているかと思ったら」 クワイ=ガンはいかにも可笑しそうにくっくっと笑った。 「窓から抜け出て、雪の上に跡をつけるプランを練っているとは。いくつになった。マイパダワン」 「マスターっ!」 起き抜けで何のシールドも張らない思考を読まれていたのがわかり、オビ=ワンは思わず声を上げた。 「思っただけで、実行するわけじゃありません」 「そうか。もう少し私が寝たままだったら、どうだったかな」 「しませんよ。そんな、子供じゃあるまいし」 クワイ=ガンは頬を上気させむきになって言い訳するオビ=ワンを見ながら、自分も窓辺に寄って外を見渡した。 「美しい眺めだ」 「はい……」 「間一髪だったな。オビ=ワン」 「え?」 「条約締結の前に雪が振っていれば、締結は春に延期ということになり、我々の任務は達成できなかったかも知れないぞ」 「そうでした」 この惑星は、資源に恵まれ産業は進んでいるが寒さが厳しい北部地方と、温暖で資源のない南部地方に別れ、開発や労働力の不均衡で、長年小競り合いが続いていた。条約がまとまらなかったのは、冬になると北部は雪解けまで話合いを休む為ためだった。長年その状態が続き、業を煮やした南部地方の代表団がジェダイに速やかな締結を依頼したためだった。 条約を先送りにしていた北部代表団の露骨な引き伸ばし策にのらず、ジェダイの師弟は睡眠を削って条約案をまとめ上げた。細部にわたって練られたその案に、ついに北部の代表団も締結を承認せざるを得なかった。昨日、10数時間に渡る会談の末、ジェダイ立会いの末、遂に条約は締結した。任務は終了し、師弟は数日ぶりに十分な睡眠をとることが可能になった。 「ともあれ、終了した。後は帰るだけか」 「初雪も見られたし、ラッキーでしたね。――このぐらいの雪では、スノーマンは作れませんか?あれは、どこでしたっけ。惑星ノーザンかスオミだったと思うんですけど」 さて、とクワイ=ガンは記憶を辿るように眉を寄せた。 「よく覚えていないが、スノーマンを作ったのか?」 「マスターが教えてくださって二人で作ったんですよ。私はまだ14ぐらいだったかな」 「そんなこともあったか」 オビ=ワンは小さく肩を竦めた。 「雪玉を段々大きくしていって胴を作り、その上に小さめに頭を作って乗せるんだって教えてもらいました。その後、木の葉などで顔をつけたんでしたね」 「思い出した」 再び、クワイ=ガンはいかにも愉快そうな眼差しになった。 「お前はジェダイだからとローブを着せたんだったな」 「あれは……、確かスノーマンに手足を着けようとしたら、マスターがスノーマンにはいらないって言われて。どこかの惑星ではスノーマンのことを"ユキダルマ"と言って、悟った聖人は手足が必要ないんだとか、訳の解らない、いえ、不思議なことを――」 「大した記憶力だ」 今度はクワイ=ガンが肩を竦めた。 「ローブを着せれば、手足がなくても変じゃないからと思ったんでしょうね。あの時は」 オビ=ワンも記憶を辿りながら言う。 「お前、木の枝でライトセーバーを付けただろう」 「それはジェダイですから」 間髪をいれずに返った弟子の言葉に、クワイ=ガンの顔が綻ぶ。 「確かに。オビ=ワン」 クワイ=ガンは弟子の肩に優しく手を掛けた。 「あと少ししたら、私のパダワンは正式なジェダイナイトになる」 「マスター」 二人の目が合い、吸い寄せられるように互いの顔が近づく。 その時、オビ=ワンの通信機が鳴った。 通信は今日の昼に出発する予定の宇宙港からだった。 「マスター、除雪作業のせいで出発時刻が夕方に変更になるそうです」 「雪の影響か。仕方なかろう」 「時間があきましたね。どうしましょう」 オビ=ワンはいくぶん無精髭が伸びたクワイ=ガンの顎に、労わるようにそっと手を触れた。 「――もう一眠りされては」 そうだな、とクワイ=ガンは弟子のブレイドを手にとって軽く引く。 「お前はどうする?」 「――ええ、と。報告書用の資料整理でも」 「雪遊びは?」 「マスタッー。まだそんなこと」 「私も付き合うといったら」 「――冗談でしょう?」 「楽しいじゃないか」 半信半疑で見上げる弟子の眼差しをすました顔で受け止め、クワイ=ガンは窓辺へ歩み寄った。そうして白銀の広い中庭を見ていたが、ふと何か見つけたように目を細めた。 『オビ=ワン』 声に出さずに弟子を呼ぶ。 オビ=ワンは何事かと側に歩み寄った。 クワイ=ガンが指差す方向の遠くに、動く生き物の姿があった。 「うさぎ、真っ白ですね。2匹も」 小さな獣は木の下であたりを窺うように顔を動かしていたが、やがて、1匹が走り出し、もう1匹も後に続く。 誰も手を染めていない雪原は、横切って行った2匹の小さな足跡がはっきりと残った。間も無くうさぎは森の中に姿を消した。 「先を越されました」 オビ=ワンが大げさに溜息をつく。 「さて、どうする?残るはスノーマン作りか」 「もう、いいです。それより食事にしませんか」 「それもいいが、この時間ではまだ早いんじゃないか」 「――そうですね」 クワイ=ガンを見上げて返事をしたオビ=ワンは、いつの間にか、師が回した腕の中に包まれているのに気付いた。 「マスター――?」 「こうしていると暖かいな」 「あ、あの、シャワーを使おうと思うんですが」 「ああ」 クワイ=ガンは身じろぎするオビ=ワンが逃れられないように長い腕を回し、弟子の金褐色の短い髪に頬を寄せた。 「バスルームは広いので、二人でも――」 「魅力的な申し出だが」 クワイ=ガンが低く囁きながら、オビ=ワンのこめかみにそっと唇を這わす。 「順序から言えば、もう一度ベッドに戻るほうが先じゃないか?」 「マスター……」 「で、そのあとシャワー。最後はゆっくりブランチというのはどうだ。もちろん、好きなだけデザートを取ってもいいぞ」 オビ=ワンが少し口惜しそうな眼でクワイ=ガンを見上げる。 師の提案に弟子が逆らえないのはわかっている。そのくせ、小さな子供を誘うように好物まで持ち出してくる。 さっきはもうすぐナイトだと言ってくれたのに――。 再び下を向いて黙っている弟子に、少し焦れてクワイ=ガンは問う。 「返事は、パダワン。いや、マイスィートハート?」 オビ=ワンは小さな吐息をひとつ漏らす。が、次いで顔を上げ、魅力的な湖水色の瞳でにっこりと師を見上げた。 「イエス、マスター」 End この話を書いている途中、二人で雪ダルマを作る姿を想像。14歳くらいの少年オビと何の邪心(?)もないお父さんしてるマスター。そっちのほうが楽しそうで、ほほえましくなってしまいました。 |
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