Dance With You ― あなたとダンスを ― クワ&オビ 編   ※ 恋愛未満

 オビ=ワンが師のクワイ=ガンに告げられたその部屋に入ったのは、この惑星の任務が終了した数時間後のことだった。

 長年帝政を敷いて周辺の惑星を支配下においた惑星シェーンブルグは、勢力の衰えとともに幾多の独立運動が起こっていた。武力で抑えることももはや適わず、暗殺やテロが多発し、泥沼の様相を見せていた。

 旧知のシェーンブルグの高官から、名指しで平和調停を依頼されたクワイ=ガンは弟子のオビ=ワンとともに乗り込み、わずかの間に調停を成立させた。

 表向きはこの星系の平和と将来の為と説得したが、クワイ=ガンはコンサルトを出発する前に、共和国議会やコンサルトの有力者と、シェーンブルグ及び紛争中の惑星には武器や物資の支援をしないという約束を取り付けていた。

 外部の援助なしでは戦いもできず、シェーンブルグの皇帝は独立を求める惑星の自治を認めることを承諾した。今後は緩い連邦制とすることで双方とも合意に達したのだった。
クワイ=ガンの弟子になって数年。今度の交渉の進め方から又もオビ=ワンは師から多くを学んだ。正攻法や武力ばかりでなく、政治的根回しで経済的にも圧力を掛けるという熟練のジェダイのなせる技だった。
 

 無事に調印が済み、明日には出発することになっていた。が、高官に呼ばれた師は中々戻らず、外からオビ=ワンにこの場所に来るよう連絡を寄越したのだった。

 広大な宮殿の一室、元は貴族達の控え室だったというその部屋にオビ=ワンが入っていくと、やや照明を抑えたシャンデリアの下に長身の師の姿があった。

「マスター、何かあったのですか?」
「まず、出発は明後日になった。明日の晩、舞踏会に出席するよう頼まれた」
「ブトウカイ?」
「和平調停を祝って急遽、まあ、宮廷風のダンスパーティを開くわけだ」
怪訝な顔で見上げてくる若い弟子にクワイ=ガンは苦笑を漏らす。
「帝政華やかなりし頃のなごりだ。お前も18だし、出席して経験を積んでもいいかと思ってな」
「私は宮廷風のダンスなど踊れませんが」
「だからこれから練習する」

 クワイ=ガンが手を振ると、部屋に配置されていたいくつかの家具が僅かに床から浮き、音も無く壁際に移動して、再び床に着いた。
「このぐらいのスペースがあればいいだろう」

 継いで、クワイ=ガンが手に持ったホロプロジェクターを操作すると、音楽と共に二人の人物の姿が浮かぶ。
ヒューマノイドの男女が向き合って伸ばした腕を組み合い、時おり回転しながら踊っていた。二人とも正装で女性は裾を引く長いドレス姿だった。
「これがそのダンスですか?」
オビ=ワンは目を凝らしてホロ映像の動きを見つめた。

「簡単なダンスだ、すぐ覚えられる。ではレッスンを始めよう」
「マスターはこのダンスをご存知なのですか?」
クワイ=ガンは鷹揚に肯いた。
「ずいぶん前に覚えたきりだが、多分踊れるだろう。さ、始めはステップからだ」

 ダンス自体は単純だし、足さばき等、オビ=ワンはすぐ覚えた。
「姿勢が肝心だ。そうだな、踊りながらやってみようか。私がパートナーになろう」
師ははるかに背の低い弟子を前に立たせて言う。
「私が女性役をやろう」
オビ=ワンが目が丸くして呟く。
「恐れ多いようです」
「レッスンだ。気にするな。では、腕を伸ばして私の腰に。もう片方は、そう」

 身長差のある師弟は身体を密着させ互いの顔を見返した。とたんに、オビ=ワンが堪え切れず吹き出した。
クワイ=ガンの片眉が上げる。

「すみません、マスター。その、こんな体勢は始めてですので」
弟子は照れながら言い訳する。
「任務の訓練だと思えばいい。さ、始めるぞ」
「マスター、ええと、最初はマスターが男性役の手本を見せていただけませんか?」
「そうだな。女性は男性が踏み出したとき、足を引くだけだ。あとは男性のリードにあわせればいい」
クワイ=ガンは大きな手でオビ=ワンの腰を抱き、もう一方の手で弟子の手を取った。
曲が流れ出す。
 

 クワイ=ガンのリードは実に巧みだった。それ以上にオビ=ワンが驚いたのは、大きな身体にかかわらず、師は優雅とさえいえる、流れるような動きでステップを踏む。オビ=ワンは、ただ導かれるまま動いてさえいればよかった。

 クワイ=ガンは驚きを隠そうともしない弟子の表情を見ながら、楽しそうに笑いかける。
「なかなかうまいぞ。オビ=ワン」
「それは、マスターがリードしてくださるから」
オビ=ワンも師を見上げながら微笑んだ。


 継いで、今度はオビ=ワンが男性役をする。オビ=ワンが覚えたとおりに足を踏み出すと、クワイ=ガンが動きに合わせて引く。女性役を務めても、クワイ=ガンの動きは優雅で軽い。始めはぎごちなく、女性役のクワイ=ガンにさり気なくリードされていたオビ=ワンも、次第に慣れ、すぐ自ら動けるようになった。
「その調子だ」
頭の上から褒められ、オビ=ワンの動きはより軽快になり、師弟は部屋の中を縦横に踊りまわった。
 

「これだけ出切れば大丈夫だろう。仕上げに、そうだな。ドレスの変わりにローブを着てみようか」
クワイ=ガンは、ほとんどのご婦人は長いドレス姿なので、踏まないよう注意が必要だと言う。
再び踊りだしたが、なるほど、先ほどとは勝手が違う。教えられるまま、やや腰を落とし足を大きく踏み出す。
「大げさに見えるかもしれんが、元々宮廷舞踏会というのは格式ばったものだ。まあ、優雅ともいえるが」


慣れると動きも素早くなり、オビ=ワンも女性役の師をリードしながら軽やかに踊る。二人のローブの裾が回転のたびに大きく弧を描いて広がった。
曲が終わると、オビ=ワンは先ほど師がしたように、恭しく礼をした。

「ありがとうございました。マスター」
クワイ=ガンは深く腰をかがめ、オビ=ワンより頭を低くして礼を返す。
「どういたしまして。パダワン」
眼が合い、又も二人は噴出しながら、クワイ=ガンはオビ=ワンの肩に手を置いた。

「レッスン終了だ。これだけ踊れれば、お前も壁のしみにならずにすむだろう」
「壁のしみ?」
「どのご婦人にも踊ってもらえない男性のことだ。女性の場合は壁の花と言う」
「ずいぶんな差ですね」
「女性は敬わねばな。そうだ、大切はことを教えておこう」
「何でしょう」
「普通、ダンスは男性が女性に申し込むんだが、稀には積極的はご婦人が誘ってくることもある。女性は気が進まなければ男性の申込みを断ってもいいが、男性は女性の誘いを断ってはいかん。つまり、女性に絶対恥をかかせてはいけない」
「はい。マスター」
オビ=ワンは真面目に肯いた。

「もしお前が、世慣れたあまり若くないご婦人にそれとなく誘われたら――。私が側にいればいいが、気がすすまなければ、手近にいる若い女性に素早く申し込む、というのも手だぞ」
「――はあ」
「世慣れたあまり若くないご婦人というのは話好きが多いから、高官夫人や貴族の場合は、踊りの相手をしながら役立つ話を聞きだせる事もあるが、それは、私の役目だ」
「わかりました」

 クワイ=ガンは畏まった弟子の顔を見下ろして、笑みを浮かべた。
「元々、ダンスは楽しむものだし、コミュニケーションのひとつだ。最後にもう一回踊ろうか。ラストダンスだ。オビ=ワン」
「はい。マスター」
「私が男性役だ。少し楽しもう」

 曲が流れ出す。
クワイ=ガンは手を差し伸べてオビ=ワンをいざなった。
ラストダンスに相応しい、少しスローテンポの甘い美しいメロディーだった。
クワイ=ガンはほとんど互いの腰が触れ合うほどオビ=ワンの背を抱き寄せ、始めの一歩を踏み出した。オビ=ワンがいくぶん背を反り気味にしてその動きに合わせる。

 踊るにつれて師弟の息はピタリと合い、クワイ=ガンの腕の中でオビ=ワンは軽々と舞う。
「お前は宙を飛んでいるんじゃないか。オビ=ワン」
肩に触れる長い亜麻色の髪を揺らしながらクワイ=ガンが言う。
「え?!」
「羽の様に軽い」
「それはマスターのリードが素晴らしいから」
オビ=ワンは湖水色の瞳を輝かせ、うれしそうに応えた。

「今までで最高のパートナーだ」
「――マスターはいつもダンスの相手をそんな風に誉めるんですか?」
「私のパダワンは、手強いな」
クワイ=ガンは微かに苦笑を浮かべ、腕を高く掲げて、オビ=ワンを回転させた。

 オビ=ワンの細いしなやかな身体が大きく回転し、ブレイドが空を舞う。オビ=ワンはローブの裾を大きく広げてターンしながら、差し伸べられた師の腕の中に再び舞い戻った。口を僅かに開けて息を弾ませ、その頬はばら色に染まっている。
「宙を飛んで戻って来たな。オビ=ワン」
「マスター……」
オビ=ワンは師の濃い青色の瞳を見つめた。何て深いまなざし。

 何かが、オビ=ワンの胸の奥で小さくコトリと動いた。
かつてマスターはこんな眼で見つめてくれたことがあっただろうか?
マスターがこんな眼で見つめていたのは、今はもういない女性。それともオビ=ワンが知らない過去の誰かだろうか。

 そんな一瞬の意識がクワイ=ガンにはわかるはずもない。が、クワイ=ガンは再びオビ=ワンの耳元でやさしく囁いた。
「お前は最高だ」
オビ=ワンの胸にうれしさが込み上げてくる。クワイ=ガンの大きな胸の中に身をゆだね、オビ=ワンは何も考えず、夢心地で踊っていた。


 曲が終わった。余韻を残して静かに動きが止まり、二人の眼が合う。
息を弾ませ、目を輝かせて見上げてくる若々しい弟子の顔を見たクワイ=ガンの瞳に、ごく微かに戸惑った表情が過ぎった。

 何か声を掛けられるのを待っている弟子の期待に満ちたまなざし。無意識には違いないが、口づけを誘うかのように薄く開かれた唇。己の弟子は、あの小さかった子供はとうに少年期を脱し青年になった。いつ誰と恋をしてもおかしくない。クワイ=ガンの心の奥底に、一瞬微かな喪失感と寂しさが漂う。
「マスター……?」
声を掛けてこない師に、オビ=ワンが不思議そうに眼で問う。

 クワイ=ガンは片手でそっとオビ=ワンの頬を包んだ。そうして長い指をこめかみに這わせ青年の目を見つめる。そのまま身を屈めた。
近づいてくる!?オビ=ワンは思いがけない出来事に反射的に目を瞑った。クワイ=ガンの長い髪の先がオビ=ワンの頬をなでる。

 が、クワイ=ガンの唇はオビ=ワンの顔のどこにも落ちる事無く、いつの間にか指先で持ち上げた弟子のブレイドの先に口づけた。
「ご婦人なら手の甲か、もっと親密なら額か頬に口づけするところだが」
驚きに目を丸くして声もだせないでいる弟子に笑みを含んで言う。
「からかってらっしゃるんですね」
拗ねたようなオビ=ワンの口調に、クワイ=ガンは穏やかに微笑んだ。

「あとは実践と経験を積むことだ。お前ももう大人だからな」
「マスターのようになるには何十年かかることやら……」
オビ=ワンが小さく溜息を漏らす。
「そう謙遜しなくてもいい。お前ならすぐだ」
「――そんな、無理です」
「ダンスなぞ数回も経験すれば大丈夫だ」
「って、マスター!」
「何の実践と経験と思ったんだ。パダワン?」
「マスター!」
オビ=ワンが大きな声を揚げ、赤い顔でクワイ=ガンを見上げる。

「さ、レッスンは終りだ。部屋に戻ろう」
室内を元に戻し、クワイ=ガンは大またで出口に向かう。
オビ=ワンは無言で後に続いた。
 

 滞在している部屋に向かう長い回廊を歩むと、外に面した窓から淡く月の光が射しこんでいる。
「久しぶりに――楽しかった」
クワイ=ガンは歩みを緩め、黙ったまま側を歩いている弟子に声を掛けた。
「――わたしもです。マスター」
ややためらいがちにオビ=ワンは応えた。
「それに、訓練並みの運動になりましたね」
「いい気分転換になるぞ。又、やるか」
「構いませんけど。あの、やはり私が女性役ですか?」
「不服か?」
「いえ、そういう訳では」
「時々交代してもいいぞ」
「結構です。どうぞあのままで。私は現場で実践と経験を積みますから」
「オビ=ワン!」

 弟子のささやかな逆襲に、つい声を揚げたクワイ=ガンだが、すぐその顔が愉快そうに綻ぶ。
オビ=ワンも又、師の笑顔を見ながら屈託なく笑い出した。



End


 あの長身、脚の長さ。マスタークワイはぜ〜ったい、ダンスが上手だと思います。で、オビはやっぱり女性役ですよね。

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