Dance With You ― あなたとダンスを ― 

 アナキンが師のオビ=ワンに告げられた訓練室に入ったのは、任務に出発する前の晩だった。二人共に何かと忙しく、テンプルを離れる前日だというのに夕食さえ別々にとり、ようやくすべての用事を片付け終え、この部屋で落ち合う事にしたのだった。

 中に入っていくと、常より抑えられた照明の中に師のオビ=ワンの姿があった。
「すみません、マスター、少し遅れましたけど、これでも大急ぎでシティから帰ってきたんですよ。ところで、何の訓練ですか?」

 オビ=ワンは大急ぎといったわりには、その様子も見せずに入ってきた弟子をじろりと一瞥し、口を開いた。
「――まあ、いい。互いにこの時間しか空いてなかったのだから仕方がない。さっそくレッスンにかかろう」
「レッスン?」
「ダンスのレッスンをする」
「ダンス、出発前の忙しい時に何で?」
「今度の任務の為に、お前が覚えておいたほうがいいと私が判断したからだ」
「だって今度の任務は――」
 

 アナキンがいぶかしがるのも無理はない。今度の師弟の任務は惑星シェーンブルグで5年ごとに調印される周辺惑星との平和条約の立会いだった。ジェダイはいわば来賓のようなもので、格別の仕事も危険もない。もっとも、一旦テンプルを出ればこの任務の後には、おそらく、別の過酷な任務が言い渡されることは充分予想できた。
「調印式典のあとに舞踏会がある。私達も形だけでも出ねばならん。お前もダンスを覚えといたほうがいいだろう」
「マスターは前に出たんですか?」
オビ=ワンが肯く。

「えーとたしか5年前、その頃は僕は12か。マスターの単独任務で僕は留守番でしたっけ?舞踏会に出たなんて、一言もいわなかったじゃないですか」
「本来の任務の後だったしな。言う必要もないだろう」
だって、と言いかけた弟子をオビ=ワンがさえぎるように言う。
「さ、時間がないんだ。始めるぞ」
オビ=ワンが手に持ったコントローラを操作すると、スクリーン代わりの壁に映像が映し出された。
 

 アナキンが下調べで見た惑星シェーンブルグの、元は王宮だったという壮麗な建物が映る。そしてその内部らしい、シャンデリアのある豪華なホールが現れた。
続いて、ホールの中で多数の、ほとんどはヒューマノイドが動いている。いや、あれが踊っている様子なのか。やや古風なメロディーに合わせ、男女がペアになって腕を組み、笑顔で回っていた。女性は長い裾を引くドレスで着飾っている。身に着けた宝石がまばゆく煌めく。

「マスター、聞いたことはありますが、今だにこんな事あるんですか?」
「帝政時代のなごりだ。ここは民主制になるまでは長い間ハプス家が皇位を継承していた。今でも肩書きだけだが貴族もいるし、社交界もある」
「僕の知らない世界ですね。興味もない」

 砂漠の惑星、タトゥイーン生れで元は奴隷出身のアナキンは愛想なく言い切った。
が、生粋のジェダイテンプル育ちのオビ=ワンもこれまた弟子のそんな態度は承知とばかり、弟子におとらず素っ気なく言う。
「お前も間も無く18だし、何事も経験だから出席してもおかしくないと思ったんだが、止めとくか」

「マスターがでるんなら、僕もでますよ」
冗談ではなく踵を返しかけたオビ=ワンを見てアナキンはあわてて言った。
「パダワンはマスターと行動を共にしなきゃならないですからね」
「それならダンスを覚えねばならない。いいかアナキン・スカイウォーカー。舞踏会では普通男性が女性にダンスを申し込むんだが、稀に女性が誘う場合もある。女性は男性の申込みを断れるが、その逆は出来ない。つまり、女性には絶対恥をかかせてはならん。わかったか」

 つまり、あなたはさんざん女性から誘われて、いやでも任務の為踊ったんですね。ジェダイらしく逃げ出さずに、とアナキンが思ったことを、シールドを張っていても師はちゃんと見抜いたらしく、声がかかる。
「では無駄口をたたかないで始めよう。時間がない。私の横に立ってアナキン」
「――こうですか?」
「まず、ステップの練習からだ」


 ダンス自体は単純だし、足さばき等、弟子はたちまち覚えてしまう。
「ダンスは姿勢が肝心だ。背筋を伸ばして、そう。もっと胸を張って。男性は腕をこう上げる」
オビ=ワンはいつもそうだが、新しい事を教える時は自分もやって見せ、ごく丁寧に指導する。つまり、男性二人が同じ姿勢で女性のパートナーなしに、部屋中をぐるぐる回って踊ることになった。これもすぐにマスターしたアナキンは、それが不自然はことに気付いた。

「マスター、相手がいないんじゃ感じが出ません」
弟子の言葉に、オビ=ワンはああと声を出した。
「ではヒューマノイド型のドロイドをパートナー代わりにするか」
「マスター、ぼく達二人なんだから組んで練習すればいいじゃないですか」
「だが、女性のパートはホールドが逆になるんだぞ」
「出来ないんですか?」
「出来ないことはないが。普通は男性がリードするんだ」
「じゃあ、最初はマスターが男性役でリードしてくれますか」
 

 身長がほぼ互角の師弟は、腕を組んで向き合うとちょうど目の高さが同じくらいになる。もっとも最近はアナキンがオビ=ワンを少し追い越し、まだ伸び続けているので、これから先差がつくことは充分予測ができた。
オビ=ワンは片手をアナキンの腰に回し、アナキンは言われるままにオビ=ワンの背に腕を置いた。残ったもう片方の手を互いに軽く握り合う。
「これが、最初のポーズだ。男性が足を踏み出し、女性は引く。方向を変える時は男性が腰に当てた手で方向を示す。では始めよう」

 曲が流れ出す。
オビ=ワンのリードは巧みだった。なるほど、女性のパートなど知らないアナキンでも、オビ=ワンに合わせてさえいれば、音楽にのって踊れることがわかった。そして、驚いたことにオビ=ワンはアナキンをみて、時々にっこりと笑いかけさえした。

――オビ=ワンの営業スマイルだ――
それを察したかどうか、オビ=ワンはこんどは軽く片眉を上げて可笑しそうに微笑んだ。
訓練や任務中はマスターらしく堅い表情のオビ=ワンも、リラックスしているときやプライベートには時おりこんな笑顔を見せる。明るいブルーグレーの瞳が悪戯っぽく輝き、口を開けて笑うととても若く、少年のような表情になる。

 マスターはもっと笑ったほうがいいのにな。いつも難しい顔してばかりじゃ眉間に皺が固定しそうだ。オビ=ワンは笑ったほうがずっといい。もっとも難しい顔は僕のせいもあるけど。


 曲が終わった。
オビ=ワンは貴婦人を前にした時のように少し腰をかがめ、いとも優雅に礼をした。

「さて、これがダンスの時の一連の所作だ。わかったか。パダワン」
「イエス、マスター」
「よし、では今度はお前が男性役だ」
先ほどと体勢を入れ替え、再び曲が流れ出す。

オビ=ワンは今度は足を引いて、アナキンの動きを促した。始めはぎごちなく、女性役のオビ=ワンにリードされていたアナキンも、慣れるとすぐ自ら動けるようになった。
「その調子だ。いいぞ、アナキン」
オビ=ワンに褒められた弟子は気を良くし、音楽にのってより軽やかに踊れるようになった。オビ=ワンは時おりさりげなくリードしたが、やがてそれもアナキンにはいらなくなった。
二人は曲にのって部屋の中を軽快に踊りまわった。


 曲が終わった。
アナキンはさきほどオビ=ワンがしたように腰をかがめて礼をし、オビ=ワンも膝を曲げ、女性の動作でレディのように礼をした。
「OKだ。パダワン。これだけできれば大丈夫だろう。レッスン終了」
「マスター、もう少し、練習させてもらえません?」
「なんだお前、めずらしいな」
「一夜漬けですからね。ちゃんと覚えておかないとすぐ忘れそうです」
「では、もう少しつきあうか。そうだな――」

 オビ=ワンは何か思いついたように、部屋の隅に行くと脱いでおいたローブを手にとって戻って来た。
不思議がる弟子の前でオビ=ワンはローブを見に纏った。いつもアナキンが思っているように師の大き目のローブの裾が床をこする。

「きっきの映像で見たように御婦人方のドレスは長いものが多い。裾を踏んだりしないよう注意が必要だ」
「なるほど」
「さ、始めよう」
曲が始まり、アナキンが一歩足を踏み出しかけた、が、オビ=ワンのローブの長い裾を踏み掛けた。オビ=ワンがとっさに後ろに下がり、素早くローブを引いたので踏まずにすんだ。アナキンが前にのめりそうになった姿勢を危うく立てなおす。

「今度は勝手が違うぞ。アナキン」
「気をつけます」
「そうだな。腰を落として歩幅を広げ、大きくぐっと踏み込んだほうがいい。では最初から」
再開すると、アナキンは言われた通り足を踏み出し、オビ=ワンも長いローブの裾を器用にさばいて大きく後ろに下がった。なるほど今度は只踊るのと違い、長い裾に注意を払いながら相手をリードせねばならない。

「さっきとは動きが違いますね」
「宮廷から始まったダンスだからな、形式ばった、まあ優雅とでもいうか」
「よくそんな長いローブでうまく回れますね」
「実践と経験あるのみだ」
回転するにつれ弧を描いて広がる長い裾を苦もなくさばきながら、オビ=ワンはすまして言う。
アナキンも次第に慣れてきた。オビ=ワンにさりげなく促されなくても、ちゃんとリードして踊れるようになった。
 

「よくできた。パダワン」
曲が終わると、オビ=ワンが言った。
「ほぼ完璧だ。これでご婦人方に恥をかかせずにすむし、お前も壁のしみにならないだろう」
「なんですか。壁のしみって」
「舞踏会で誰とも踊れないさみしい男性。女性は壁の花という」
「しみと花ですか。すごい差ですね」
「社交界では女性を敬わなければならんからな」
「あなたと、多分僕も壁のしみの心配はないと思うけど」
オビ=ワンは、当たり前のように言い切る己の弟子に目をやる。


 丈高く、引き締まった体躯と整った顔立ち、濃い青い瞳。なによりも輝くような若さ。不遜な態度が目に付くこともあるが、自分の弟子は確かに女性を引き付ける魅力に溢れている。
「別に積極的にご婦人を誘って踊らなくてもいいが。さ、レッスンは終りだ」
イエス、マスターと言いかけたアナキンは、思いついたように言った。

「ところで、マスターはいつ頃このダンスを覚えたんですか?」
「――ちょうど、お前と同じぐらいの頃だったかな。惑星シェーンブルグの最初の調停が締結した時だ」
「クワイ=ガン。え、と、マスター・ジンに習ったんですか?」
「ああ」
「あの人、そんな事出来たんですか?」
アナキンは長身で厳しい風貌のジェダイマスターを思い出した。

「マスターはとてもダンスが上手だった」
ふうん、と言ったアナキンはある事に思い当たった。
「女性のパートを習ったんですか。やけにうまいですけど」
「男性のパートに決ってるだろ。マスターの相手をした時についでにやっただけだ」
「そりゃ、マスター・ジンのほうがずっと背が高かったから」
「さ、かたづけて行くぞ」
「けっこう楽しかったな。最後にもう一回、仕上げに踊ってもらえません?」
「ラストダンスか。いいだろう」


 師弟は向き合って見詰め合う。
「では、僕は麗しい御婦人にダンスを申し込んだ気分で」
アナキンがおどけて言い、継いで口調を変えた。
「レディ、僕と踊っていただけますか?」
もったいぶった弟子の態度に、オビ=ワンも眼で笑いながら貴婦人のように応じる。
「喜んで。ミスター」

 アナキンは背筋を伸ばし、片腕を差し伸べてオビ=ワンの腰を抱き、もう一方の出てオビ=ワンの手を取る。
オビ=ワンも少し腰を落とし、やや相手の顔を見上げるような姿勢でアナキンの背に腕を回した。
オビ=ワンの頬にかかる金色の髪がふわりと揺れる。

 曲が流れ出す。
ラストダンスに相応しい、少しスローテンポの甘い美しいメロディーだった。
ダンスを自分の物にしたアナキンは腕にオビ=ワンを抱き、楽しそうにステップを踏む。オビ=ワンもレッスンでなく、久しぶりにリードされて踊るダンスに身をゆだねた。

 アナキンは実に魅力的は表情でオビ=ワンを見つめる。オビ=ワンも眼を見返して微笑んだ。
二人の息はぴったりと合い、何も考えなくても自然に身体が動く。
部屋の中を大きく回りながら流れるように動く。誰も見るものもない二人きりのダンス。

 オビ=ワンのローブが空気をはらんで大輪の花のように大きく広がる。アナキンの腕の中でオビ=ワンの金髪が波紋のように広がっている。いつもは白い頬がばら色に染まり、笑みを浮かべた口元も微かに開き、瞳はブルーとグリーンの微妙な色合いに染まっている。楽しそうな表情で、踊りながらまるで本当のレディのようにやや瞼を伏せ、時おりアナキンを見上げてくる。

 アナキンは一瞬どきりとし、思わず眼を見張った。そんな眼でみられたら男はいちころだ。
魅力的すぎる。

 筋金入りのジェダイで普段は充分男らしいのに、オビ=ワンが何かの拍子に垣間見せる表情は、はっとするほど美しい。性別を超えた人を引き付ける魅力がある。しかし本人は絶対自覚がないから、他人の前でやられた日には、弟子は気が気で無くなってしまう。


頼むよマスター。あなたの崇拝者これ以上増やさなくていいから、とっとと任務終わらせて、テンプルに帰りましょう――。

 今日は二人きりなので、そんな心配はない。が、弟子になって数年経つアナキンは気付いている。オビ=ワンがこんな顔――心底うれしそうな――をするときは、きっとクワイ=ガンを想っている時だ。

 僕と踊りながら、ダンスがうまかったというあの人を、二人で踊ったことを思い出しているんですか。でもまあ、いいですよ。僕の腕の中で他の人を想っていても。僕は出来た弟子ですからね。ましてクワイ=ガンじゃね。
 

 曲が終わった。余韻を残して静かに動きが止まり、二人の眼が合う。アナキンの顔を見たオビ=ワンの瞳に、ごく微かに戸惑った表情が過ぎった。
「素晴らしいラストダンスでした。オビ=ワン」
アナキンはレディの手を取るように、オビ=ワンの手を恭しくそっと持ち上げた。

「あ、あぁ。よかった。アナキン」
「手に口づけしてもいいですか。あなたをレディだと思って」
「――そこまではいいだろう」
「せっかくのラストダンスですから最後もきちんと締めたいんですよ。それとも、頬、唇――、っつ、てっ!」
アナキンの声が裏返る。
オビ=ワンが思いっきりアナキンの足を踏んづけたのだ。

「図にのるな」
「ひどい、マスター!せっかく最後きめようと思ったのに」
「余計なことだ。さあ、終りにするぞ」
オビ=ワンはてきぱきと後始末をし、終えると足早で出口に向かう。
足をさすっていた弟子もあわてて後を追った。
 

 さっさとリフトに乗り込もうとする師に追いつき、アナキンも中に滑り込んだ。
無言でリフトに乗りながらオビ=ワンは透明の壁から見えるコンサルトの夜景を見ている。
「――出発は早朝でしたね」
「ああ」
オビ=ワンはすでにいつもの冷静な口調に戻っている。
「ダンスといっても訓練並みの運動になりました」
「そうだな」
「それに思ったよりけっこう楽しかったし。マスターは?」

 僅かな沈黙の後、オビ=ワンはちらと弟子をみて視線を外に戻し、小声で言った。
「久しぶりに――楽しかった」
日頃、あまり素直に気持ちを表さない師が照れているのだと、アナキンは気付いた。意地っ張りな師が、そんな時は可愛く見える。

「また、やりませんか?」
「これから先は、お前が自分で経験を積んでくれ」
「では、あれが僕達のラストダンスですか?」
オビ=ワンは答えず、口元に笑みを浮かべて黙って弟子を見ている。
「そんなこといわず、またやりましょう」
「――気が向いたらな」
「運動になるし、いい気分転換になりますよ」
「お前が女性役をやるなら」
「えーっ!!じゃあ、交代にしましょう」
「考えておこう……」
オビ=ワンはアナキンを上目遣いに見て艶然と微笑んだ。


 いつの間にかリフトが止まっていた。
その表情に魅せられ唖然とする弟子を尻目に、オビ=ワンは背を翻して出て行った。



End


 久々にアナキン登場。図体はでかくなってきました。あれれ、ちょっと雰囲気が……。でもオビはいつまでもマスターオンリーです。

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