Blue Dream ― 二人で見る夢 ― 
 
 オビ=ワンは水の中にいるようだ、とクワイ=ガンは感じた。
空色より少し濃い目の、青色に近いアクアブルーのシーツとカバーは上質の光沢のあるリネンで、たわんだ所は流れるようなドレープが波打っている。

 オビ=ワンは身体を横向きにして手を伸ばし、―猫か子犬のようだとクワイ=ガンは思ったが―、あまり寝息も立てずに寝ていた。熟睡ではない。横顔が青ざめてみえるのはシーツの色のせいだけではなかった。

 クワイ=ガンは注意深く、オビ=ワンが寝ている大き目のシングルベットに体を横たえ、弟子の背中に添うように長い体を寄せた。片肘を突いて、ちょうど脇の下にオビ=ワンの後頭部が納まるようにし、もう一方の手をそっと、前に横たわる暖かい身体に回した。

 オビ=ワンが小さくうめいて身じろぎした。クワイ=ガンは弟子のうなじに顔を擦り寄せるようにして囁く。
「まだ、寝ていなさい」
「ん…」
 師のやや籠った低い声が耳元でする。夢だろうか。それでも、首筋や背中に触れる暖かい肌のぬくもり、やさしく回される力強い腕。夢ならこのままで…。オビ=ワンは吐息を漏らし、再び眠りに引き込まれていった。


 オビ=ワンが目覚めた時は一人だった。目で寝室を見渡しても師はいない。夕べ別々に使った二つのベットが目に入る。もう、昼頃だろうか。胸を抑えて身体を起こし、ベットから出てバスルームに向かった。

 シャワーを使おうと腕を伸ばした時、ふいに吐き気がこみ上げ、蹲った。昨日から続いている吐き気、何回も戻して、もう胃はからっぱだった。それでも苦いものが込み上げてくる。そのままの姿で症状が収まるのを待った。

「オビ=ワン?」
心配そうな声が聞こえてきた。
「大丈夫です」
吐き気は収まっていた。立ち上がり、ドアの外に声を掛けた。
「すみません。すぐシャワーを浴びます」

オビ=ワンが髪を拭きながらスウィートルームのリビングに出て行くと、クワイ=ガンが眉を寄せてこちらを向いた。
「すみません。お騒がせしました」
「そんなことはいい。治らないんだな」

クワイ=ガンが手を差し伸べる。オビ=ワンはすまなそうな顔でソファに腰を下ろした。
「そうですね。胸のつかえと、しつこい吐き気。他はどこも悪くないんですが」
「食べ物のせいか」
「ではないと思うんですが。同じ物を食べたマスターは何ともないし、思い当たることもありません」
「持っていた薬が効かないなら、原因を考えなくてはならんな」
「たいしたことはないと思います」
「食欲はあるか」

 オビ=ワンは胃の辺りに手を当てた。
「そうですね。食べたいような、食べたくないような」
「任務明けなのに、お前に食欲がなかったら一大事だ。パダワン」
弟子は苦笑する。
「まあ、めったにないことですから。何か、さっぱりしたものが食べたいですね」


 ルームサービスが届いた。お茶とパンの他は、サラダ、チーズ、ボイルドエッグ、フルーツの盛り合わせ。
オビ=ワンはまずお茶をすすりながら、目の前の皿を見渡した。が、食欲がわかなかった。師の案じるような視線を感じて、パンに手を伸ばす。暖かいロールパンを取ってこんがり焼けた皮を指で割る。香ばしい匂いが立ち昇った。と、吐き気がこみ上げ、口を手で覆った。

「オビ=ワン!」
クワイ=ガンが素早く横に来て弟子の背に腕を回した。
「すみません。大丈夫です」
「そうは見えない」
 固い表情のまま、オビ=ワンを覗き込んでいる。
「その、匂いがぐっときて。こんなことは初めてです」
「病院に行った方がいい」
「マスター、そんな大袈裟にしなくても。吐き気だけですから」
「怪我なら心配しないが、お前が胃をこわすとはな」
「それって…」

 すぐに病院に連れて行きかねない師の様子に、オビ=ワンは果物に手を伸ばした。皮をむいてスライスした柑橘類を口に入れた。噛んで飲み込む。同じようにもう一切れ。
「これは、食べられます」
クワイ=ガンを見て微笑んだ。

 結局、食べられたのは果物だけだった。
幸い、その後は吐き気もないので、新たに果物を頼んで、少しづつでも食べられるようにした。


 クワイ=ガンはオビ=ワンの血液を採取して、データをテンプルに送った。
「ウィルス性かも知れん」
「そんなことより、私の所為でテンプルに戻る予定が遅れてしまいます」
「気にするな。怪我も体調を崩すのも同じだ。それに少しここに滞在してもいいだろう」
「ここは、いいところですね」

 この惑星最大の都市ではないが、商業で賑わう港街だった。ホテルのバルコニーから遠くに青い海が見えた。見下ろすと緑の多い旧市街と、新たな建物が建て並ぶ商業地域に分かれているのがわかる。

 オビ=ワンはレモンに煮た果物を少しずつかじりながら、バルコニーから街を眺めていた。
「マスター、あの青い屋根の建物は寺院でしょうか」
クワイ=ガンが側に来て、弟子が指す方を見る。
「そうだな。この惑星は多神教だから、航海の守り神かもしれん」
「おとといの晩立ち寄ったのは、あそこだったと思います。一人でスラム街へ行った帰りですが」
「聞いてないが、何かあったのか」
「いえ、追跡ドロイドを撒くため、庭に隠れたんですが、ほんの短時間です。奥まった所に小さな泉があって、そういえば咽がかわいたので泉の水を飲みました」
「泉の水を飲んだ?」
「水にあたったのなら、すぐ腹をこわすはずです。戻したのは昨日からですし。それにあんな大寺院で水に何かあれば、すぐ話題になるでしょう」
「ふむ」
「この果物はうまいです。さっきから吐き気もないし、良くなってきたかもしれない」
クワイ=ガンはオビ=ワンの顔を見、弟子の手から果物をとって一口齧り、とたんに顔をしかめた。
「ひどく、酸っぱいな」
「そうですか。甘いよりはいいです」

 その日オビ=ワンの胃に収まったのは、お茶と果物だけだった。
クワイ=ガンが夕食をとるのを側で見ていて、料理の匂いをかいだだけで口元をおさえて横を向いた。


 夜は、早めに寝室に入った。クワイ=ガンは優しくオビ=ワンに口付けし、身体を離して隣りのベッドに行こうとすると、袖をつかまれた。
マスター、と掴んだままオビ=ワンは上目遣いで聞いてくる。
「その、夢だったかも知れないんですが、夕べマスターが同じベッドにいたような…」
「お前が心配だったんでな」
オビ=ワンは小さな声で言う。
「今日も、いていただけますか」
クワイ=ガンは少しやつれたオビ=ワンの頬をそっとなでた。
「いいとも、パダワン」


 横に向き合うような姿勢で、オビ=ワンは師の広い胸に頭を埋め、クワイ=ガンは弟子の背を抱いている。
「マスターの心臓の音が聞こえます」
「そうか」
「すごく、懐かしくて安心できます」
「小さな子供のようだな」
「もしかして、産まれる前に聞いていた音かもしれない」
「その頃は、水の中にいたんだろう。このベッドの色のような」
「そうかも…しれません」
オビ=ワンは静かに寝入った。
昨晩よりは安らかな弟子の寝顔を見ながら、クワイ=ガンも眠りに付いた。


 朝、目を覚ますとオビ=ワンは一人だった。身を起こすと、やはり胸のつかえと吐き気がする。それでも、昨日より少しましかもしれない。シャワーを浴びてリビングに行くと、クワイ=ガンの姿が見えない。早朝とはいえないが、この時間にどこへと思っていると、ドアが開き、師が入ってきた。

「おはようございます。出かけてらしたんですか」
「近くまでな」
クワイ=ガンはオビ=ワンを引き寄せて額に口づけした。
「具合はどうだ」
「昨日より良くなりました」
良かったなと言いながら、クワイ=ガンは服から錠剤を取り出した。
「吐き気止めだ」
「ありがとうございます。でもどこから」
「朝食を食べながら話そうか。パダワン」


 オビ=ワンはやはりまだお茶と果物しか食べられなかったが、その後錠剤を飲んだ。効いてくれば吐き気もなくなり、食欲も出るとクワイ=ガンは言う。
まず、とクワイ=ガンは話し出した。
「今朝、テンプルから血液検査の結果が届いた」
やはり、胃や消化機能に障害をおこす成分が含まれていた。だが影響は持続せず、数日で自然に無くなるという。

「それで安心したんだが、あの寺院が気になってな」
「先ほどは、そこに行かれたんですか」
「神官に話を聞いたら、航海の守護と、大漁祈願、それに、安産の神ということだ」
「安産って、子供を産むことですか?」
「この惑星の出産は今でも自然分娩が多いらしくて、妊娠した夫婦が揃って安産祈願に来るそうだ。あそこのユニークなところは夫が妻の苦労を味わえるということだ」
「どういうことですか」
「つわり、を知っているか」
「は、えと、主にヒューマノイドの女性の妊娠初期に起こる症状ですか。具体的には知りませんが」
「私もさすがに知識でしか知らなかった。聞いたら、個人差はあるが、一般的に吐き気、めまい、疲労、精神不安定…。とくに食べ物の好みが変わり、あっさりした物が食べたくなるようだ」
「……」
「あの寺院の泉の水にはつわりに似た症状をおこす成分があり、希望する男性に飲ませてくれるそうだ」
オビ=ワンは頭痛がしてきた。
「擬似つわりは数日でなおるが、ほとんどの男性はそれまで我慢できず、1日もしたら寺院でくれる吐き気止めの薬を飲むらしい。本当のつわりは半月から一月は続くそうだから女性は偉大なものだな。パダワン」
オビ=ワンは今度は声も泣くソファに身体を預けた。

 クワイ=ガンが隣りに来てオビ=ワンを抱き起こした。抵抗はしないが、オビ=ワンは顔が上げられなかった。
「具合が悪いか」
「いえ、吐き気はもう大丈夫です」
「落ち込んだな」
師の声には既におもしろがっている気配が伺える。
 わかってるくせにと、オビ=ワンは頭痛のする額を手で抑えながら、ようやく師を見上げた。
「当分立ち直れないくらい、どっと」
「運が悪かっただけだ」
「もう決して、外で水は飲みません」
「オビ=ワン」
クワイ=ガンはオビ=ワンの額に自分の額をそっとあてた。
暖かいフォースが流れてくる。

「お前が女性だったら、私の子供を生んでくれるか」
「マスター…?」
深い青い瞳が静かに見つめている。
オビ=ワンはブルーグレーの目を上げて応えた。
「あなたの子供なら、1年くらいつわりが続いても構いません」
「ヒューマノイドは10ヶ月で子供が生まれるんだぞ」
「それなら、お安い御用です」
オビ=ワンはクワイ=ガンの首に腕を回して抱きついた。
勢いをつけて飛びつかれ、クワイ=ガンの身体はソファに倒れこみながら、オビ=ワンを抱きしめた。
二人は顔を見合わせながら笑い出し、そのまま横たわりながら、しばらく笑い合っていた。


 その夜、ようやく普通の食事を食べ終え顔色が戻ったオビ=ワンは、満足そうに息を付いた。
「久しぶりにまともに物を食べたような気がします」
「まったくだ。食欲のないお前など続いた日には、空から隕石でも降ってきそうだ」
「そこまで言いますか」
抗議しながら拳をつきつけるまねをすると、その手首をとられた。
「オビ=ワン」
師は、ひどく穏やかな目をしている。
「寝ている時、赤ん坊のように手を握っていたな」
「マスター私は―」
オビ=ワンはクワイ=ガンの手にもう片方の自分の手を重ねた。

「男ですから、子供を産むことはできませんが、ああしていると、心臓の音が聞こえ、本当に自分が赤ん坊になったような気がしました」
クワイ=ガンは空いている手で弟子のブレイドを持ち上げた。
「お前は私の子ではないし、私達は子供を持つことは出来ないが、愛し合うことはできるだろう」
「はい」
クワイ=ガンがオビ=ワンの目を見て悪戯っぽく囁いた。
「それも今すぐに」
 一瞬、口を薄く開けたままのオビ=ワンの動きが止まる。
が、すぐにその口元から笑みが広がっていき、恥ずかしそうに頷くと、師は弟子の手を取って立ち上がった。
そうして二人は、肩を寄せながら寝室に入っていった。



End


  なんと言うかその…、ギャグか、ラブコメか、アホらしいというか。もう、勝手にやってくれという感じですが。
"Our Little Angles天使の微笑み"の姉妹編?!赤ちゃんと夢つながり、ほんとこんなネタどっから降ってくるんだろう…。

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