Hungry  ― はらぺこ ―
 
 クワイ=ガンとオビ=ワンはコンサルトから程近い犯罪者の収容施設に降り立った。半年前に師弟が壊滅に漕ぎつけた大掛かりな犯罪組織の囚人が収容されていた。

 がっしりした体形の署長が二人を出迎えた。
「グリズが冬眠から起きたのは3日前と聞いたが」
「起きた当座はぼんやりしておとなしかったんだが、半日もしてから暴れ出してな」

 多くの惑星間の窃盗や、貨物船の強盗組織のデータ処理を担当していた男だった。ベアード族はウーキー族に似た大柄な体形で全身毛に覆われている。特徴は銀河標準時間で数ヶ月は冬眠状態になるということだ。

「逮捕された時は冬眠直前で何も聞き出せなかったので、起きたらと思っていたが、こんなに凶暴だったとは。暴れてドロイドをいくつか吹っ飛ばした」
「今はどんな状態だ」
「何とか取り押さえて拘束している」

 師弟が案内された独房にグリズは繋がれていた。手足と鋭い歯が並ぶ口は拘束具で止められていた。近づいた人の姿を見て、血走った眼をあげて低く唸った。
クワイ=ガンは穏やかに話し掛ける。
「眼が覚めたか。グリズ」
名前を呼ばれ、ぴくりと耳が動く。
「機嫌が悪そうだな。おとなしくしていれば、ここだってそう悪い所じゃない。不満があるなら聞こう。私の言うことがわかるか?」

 口調は穏やかだが、クワイ=ガンの鋭い視線に射竦められ、グリズは身構えるように肯いた。
ジェダイを見返して低く唸る。
「何だ?」
「…減った」
拘束されて不自由な手を、身体の前に持ってこようともがく。
手を腹にあてる仕草をする。
「腹が減っているのか」
今度は、大きな身体が頭を振って肯いた。
「署長、食事は与えたのか」
「始めは与えたはずだが。記録では―、起きたときはおとなしく、半日たって食事を与えたら急に暴れ出したとある」
「とりあえず、今食事を出してみてくれ」

 食事用の差し入れ口からトレーが差し入れられた。囚人用食事は質素だが、悪いわけではない。体形に合わせて量も加減されている。

 リモートで拘束を緩められ、グリズはマグの水を飲み、次に食べ物の匂いを嗅いでいたが、手で払いのけるなり、ネットの檻に飛びついて、身体を打ちつけ吼えた。

「腹が減ってるんだろう。食べ物が気に入らないのか」
クワイ=ガンの声に、それまで師と共に見ていたオビ=ワンが何か思いついたように署長に尋ねた。
「彼の出身惑星はどこですか?」
「さあ、データを見ればわかるが」

 檻を揺らしながら吼え続けるグリズは、再び拘束具をきつく締められおとなしくなった。二人は案内されたコントロール室で囚人のデータを見た。
「グリズの出身惑星は、山や森が多いところですね」
「そうだな、ここは自然は豊かだが、開発はさほどされていない」
オビ=ワンは署長に向き直った。
「彼は食べ物が気に入らないかも知れません。試に私に用意させていただけませんか」

 オビ=ワンは許可を得て食料庫に入り、1時間ほどしてグリズ用の食事をかかえて現れた。大きなボウルに山のような緑の野菜が溢れている。署長は眼を見張った。
「あいつがそれを食うのかね」
「ベアード族はヒューマノイドと同じ雑食ですが、今は冬眠明けですからね。故郷では新芽や野菜を食べていたんじゃないでしょうか」

 ボウルは檻の中に入れられ、グリズの拘束具は緩められた。蹲っていたグリズは匂いに気付いて顔を食事に向けた。目が輝き、ボウルに飛びついた。がつがつと食べ続ける囚人を目にして、唖然と見ていた署長が呟く。
「ジェダイっていうのは、何でもわかるのかね」
「ジェダイもそれぞれ得意分野があってな」
クワイ=ガンが目配せする。
「私の弟子は、腹をすかせた生き物の気持ちがわかるらしい」
オビ=ワンは師の言葉を聞きながら、苦笑いしてグリズの様子を見る。どうやら満腹になったらしいその生き物は、すっかり落ち着いた眼でオビ=ワンを見た。



「で、データのアクセスコードを聞き出せたのはいいが、中身の解読はちょっとやそっとでは片付かないぞ」
「そのようですね…」
収容施設からの帰りの乗り物の中、署長から渡されたディスクを見ながら二人は話していた。
「グリズも暗号化されているデータの中身は知らないことだし、とにかく出切る限りの解読プログラムを試してみるしかないだろう」
「時間は掛かりそうですが、とにかくやってみます」
オビ=ワンは小さく溜息を付いた。



 目を覚ますととっくに日は昇っていた。寝不足で重い頭を抱えながらオビ=ワンはベッドから身体を起こした。漸くデータの解読を終えて寝たのが、明け方近くだった。


 夕べ約束があって出かけたクワイ=ガンが遅く戻った時も、オビ=ワンは一心にデータパッドに向かっていた。
「まだ、やっていたのか」
「もう少しで何とか解読出来そうなんです」
最後まで辛抱強くやりぬく弟子の気性を知っているクワイ=ガンは、仕方ないといったふうに首を振る。が、ある事に気付く。
「食事はしたのか」
「食事?」
眼をモニターに注いだままの弟子は呟いた。

「そういえば、忘れてました」
「私の事を何かに入れ込むと寝食が後回しになると言うくせに、自分でも同じことをしているな」
「マスターのパダワンなもので…」
ばつが悪そうに小声で返すが、指はキーボードを離れない。
「有効なコマンドを見つけました。これで、いけそうです!」

 それまで、記号の羅列だったモニターが、文字や数字を打ち出してきた。
クワイ=ガンも画面を覗き込む。
「そうだな。よくやったパダワン」
師に肩をたたかれて、オビ=ワンがうれしそうに微笑む。
「後は処理が終わるのを待つだけだろう。寝たらどうだ」
オビ=ワンはそうですね、と言って小さく欠伸をした。
クワイ=ガンは弟子の髪に軽く口づけて、自室に引き上げていった。

 オビ=ワンはその後眠ても良かったのだが、結局、処理が済むのを見届けたので、さらに寝るのが遅くなってしまった。

 
 起きてはみたものの、まだ眠い目をこすりながらベッドから出て着替える。
「マスター」
リビングには師の姿は見えない。が、キッチンから気配がする。
ドアを開けると立っていたクワイ=ガンがこちらを見た。
「起きたか。夕べはご苦労だったな」
「何をなさってるんですか」
「何って、料理をしている」
甘いおいしそうな匂いがしている。
 オビ=ワンの顔がぱっと輝いた。
「パンケーキですか」
「この頃はお前にキッチンを占領されてしまったが、私だってたまには作ってみたくなる」
「マスターが天使に見えます」
「天使の手料理が食べたかったら、顔を洗ってお茶を入れてくれ」
 クワイ=ガンはフライパンを振って片面焼けたパンケーキを宙に放つ。それは弧を描いてきれいに半転し、見事に元のフライパンに収まった。

 ほどなくして、オビ=ワンは満面の笑みを浮かべ、ふっくらと焼けたパンケーキを口いっぱいにほおばっていた。山ほど用意したからいくらでもあると言われ、バターやシロップをたっぷりとつけ、お茶を飲みながら焼きあがりを次々と口に運ぶ。
「こんなうまいパンケーキは始めてです」
「私の腕も、まだ落ちてないらしいな」

 ようやく、フォークが止まったオビ=ワンの満足そうな表情に、クワイ=ガンもキッチンから出てテーブルに付いた。
「もっとも、夕べ食べ損ねて腹ぺこだから、何でもうまいだろうが」
「とんでもない。味も焼き加減も申し分ありません」
クワイ=ガンはこの上なく満足そうな弟子の様子に目を細めた。
「そんなに喜んでくれると、作り甲斐が有るというものだ。この前のグリズの気持ちがわかった」
「は?」
「空腹なときに食べたいものを出されたら、感謝のあまり何でもいうことをきく」
「そういうことですか」
「私の頼みを聞いてくれるか」
クワイ=ガンが手を伸ばして、オビ=ワンのブレイドを持ち上げた。

 見つめられ、オビ=ワンの声が上擦る。
「―何ですか?」
「久しぶりに料理をしたら、作るのはいいんだが、キッチンが悲惨な有様になってしまってな。片付けてくれるか」
「マスター…」
弟子の何ともいえない表情を見て、にやりと笑う。
「さて、貴重なデータも手に入れたし、片付けが終わったらゆっくりできそうだな」


 オビ=ワンが後片付けを終えてキッチンから出てくると、クワイ=ガンはテーブルの上のデータパッドを見せた。
「署長から礼を言ってきたぞ」
オビ=ワンは椅子に座ったクワイ=ガンの背後から手を師の肩に掛け、覗き込むようにしてそれを見た。
「あの後グリズはごくおとなしくなって問題ないようだ」
オビ=ワンは腕をクワイ=ガンの首に回し、師の長い髪に自分の顔を擦り寄せた。
「マスター、動物が冬眠から起きてまず腹を満たしたら、その後、どうするかご存知ですか」
「いや」
「仲間を探しにいくんですよ」
頬を寄せ、顔をクワイ=ガンの長い髪に埋めるようにしながら、師の髪に口づける。

 なるほど、とクワイ=ガンは片手を伸ばし、オビ=ワンの短い髪に指を差し入れた。大きな手の指先がオビ=ワンの敏感なうなじや耳元をまさぐる。
「食べ物の効目は絶大だな。まだ感謝したりないのか」
「ごちそうしてくれる人は皆恩人ですね。パダワンになりたての頃は食べ盛りでしたから、いつも腹をすかせていたような気がします」

 心当たりがあるのか、クワイ=ガンは苦笑しながら、横に回ったオビ=ワンの腰に手を伸ばして引き寄せた。
「そういえば、お前は料理の覚えは早かったな」
「必要に迫られて。自分で作るのが一番確かですから」
「料理の腕は私を超えたぞ」
「それは、お褒めに預ったと思っていいんですか」
うれしそうに上目遣いで師を見上げる。
「ああ、だが、まだ教えたいことはいろいろある」
「何でしょう」
期待に満ちた弟子のブルーグレーの瞳を見ながら、顎に手を掛ける。
「パダワン、こういう時は口をつぐむものだというのもその一つだな」
イエス、マスターと言いかけた口はクワイ=ガンによって塞がれた。



End


  季節物ネタ、はらぺこ熊さんにごちそうするオビ。おなかが空いた気持ちはよくわかるオビです。めずらしくマスターが料理してます。ホットケーキをくるっと返すって、あれ難しいですよね〜。
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